ザムスと併走した日から更に二か月が経過した。この間もトレーニングを続け、なんとか走りが様になってきたライオンハートとハルウララ。そして、来たるメイクデビューに備え、いよいよ具体的な作戦会議を開く事となった…のだが。
「―――納得できません!!」
椅子から立ち上がり大声で怒鳴るライオンハート。その両隣には困惑するハルウララと、トレーナーが作戦会議をするという事で様子を見に来ていたオグリキャップが難しい顔をしている。そして、ライオンハートの正面にいるトレーナーも表情は険しい。
「メイクデビューを様子見って事は勝つ必要はないって事ですか?」
攻めるような口調のライオンハートに、しかしトレーナーはただ黙って頷く。
「前にも言いましたが、私はサイフェロス達を始めとした奴らを見返すためにここに来たんです。そして、その為には勝たなきゃいけないんだ!!」
「…ハッキリ言おう。まだレースで勝てるような走りにはなっていない。それは、これまで何度も同期の子たちと併走してきた君自身が一番わかっているんじゃないか?」
真剣な…悲痛ともとれるライオンハートの魂の叫び。だが、トレーナーから発せられた無情なる現実にライオンハートは悔しそうに呻きながらも口をつぐまざるを得ない。
そう、この二か月間ザムスをはじめその友達という娘達とも何度も併走をしてもらったのだが、残念ながらライオンハートは一度も一着を取れたことがないのだ。確かに、これではメイクデビューで勝利を飾るのは難しいだろう。
「………それでも! それでも勝ちたいんです!! 顔がいいだけで碌に走れもしないウマ娘なんて陰で笑われるのはもう嫌なんです! トレーナー! 何とかなりませんか!?」
しかし、それでもなお少し間を置いてから勝ちにこだわるライオンハート。と同時に、彼女の心の闇を感じる言葉を口にする。
「勝ちに惑わされるな、ライオンハート」
そんなライオンハートに、トレーナーは射貫くようなまっすぐな視線と共に言葉を返した。
「勿論、最終的には勝利を目指すよ。しかしながら、今はその勝ち筋や道程すら見えていないんだ。そんな状態で勝ちという幻覚に惑わされては、勝機など一生訪れない」
淡々と説明するトレーナーに、ライオンハートは歯を噛みしめながら俯く。時々、何かを言いかけては再び俯くを繰り返すあたり、なんとか反論しようとしているのだがうまく言葉が出てこないのだろう。
「…申し訳ありません。今日は早上がりしていいですか?」
「構わないよ。一日じっくり考えて、答えを聞かせてくれ」
結局、ライオンハートの口から出たのは早上がりの申請。そして、それにトレーナーが即座に許可を出すと、ライオンハートは足早に部屋を出て行ってしまった。
「…いいのか、トレーナー?」
「仕方がないよ。方針に納得してくれないと、トレーニングにも精が出ないだろうし」
その後姿を見送りながら問うオグリキャップに、トレーナーもコクリと頷きながら答える。時間は確かにおしいが、トレーナーの言う通り納得できないトレーニングなど敢行しても効果は薄いだろう。
「しかし、相変わらず優しそうな外見に違い手厳しいなトレーナーは…。メイクデビューは一生に一度の晴れ舞台だ。それを様子見で終わらせろとは…」
「最終的に勝つためには必要な事だと僕は判断したからね。今のままでは、その一生に一度の晴れ舞台で微妙な結果を出した後に埋もれてしまうだろう。それだけは避けなければならない」
「だが、競バに絶対はない。それはメイクデビューとて例外ではない。つまり、能力不足の彼女とて絶対に負けるとは言い切れないと思うのだが…」
「確かにそうだ。けど、勝ったなら勝ったで新たな弊害が起こる可能性があるんだ。あの勝ちへの貪欲さとその理由を見る限り、この弊害にはまる可能性はかなり高い」
「弊害…?」
と、メイクデビューを様子見で終わらせることについての是非を話し合っていたトレーナーとオグリキャップだったのだが、
「ねえトレーナー! 私もめーくでびゅーをようす、み…? するの?」
ここでこれまで静観していたハルウララが割り込んでくる。
「そうだね。まずは本場のレースがどんなものかを学んでみて、それから勝つための作戦を練ろう」
「うん、わかった!!」
そのハルウララの言葉に答えるトレーナーだったが、ライオンハートと違いハルウララはトレーナーの言葉に素直に元気よく首を縦に振る。
「…ウララは勝てなくても良いのか?」
「うん! いーよ! だってレースだけでも楽しいし!!」
その素直さが気になったのだろう。思わずといった感じで質問してしまった様子のオグリキャップに、ハルウララはやはり相好を崩さすに答える。
「しかし、ウララは故郷を救うためにここに来たのだろう? 勝たなければ有名にはなれないぞ」
「あ、そうだった! でも…勝つ…勝つ…? うーん…?」
更なるオグリキャップの質問に、ハルウララは思い出したように焦った後、頭を抱えて考え込んでしまった。どうやら、勝利して有名になる…という目標自体はあるものの、そもそも勝つとはどういう事かをあまり理解できていない様子だ。
「―――トレーナー。ハートもそうだが、ウララも往く道は険しそうだぞ」
「勿論覚悟の上さ。むしろ、その方が燃えてくるというものだよ」
その様子に苦笑いをしてしまうオグリキャップに、しかしトレーナーは逆にやる気を刺激されたのか、言葉通りに瞳を燃やして答えるのだった。