竜治が綾小路を連れてオブジェクトの整備基地へと行くと、そこには坂柳がいて二人を出迎えてくれた。
「ようこそ、綾小路君。一応は初めまして、になりますね。竜治君も綾小路君を連れてきてくれて、ご苦労様です」
「え? えー……綾小路清隆です。初めまして?」
「たいしたことはしていない」
坂柳の言葉に綾小路は戸惑いながら自己紹介をして、竜治は何でもないように返事をする。
「早速、綾小路と話をしたいのですが、その前に今日のお仕事を終わらせましょう。竜治君、皆さんがお待ちですよ」
「わかっている」
竜治は短く坂柳に返事をすると整備基地の奥へと進んでいき、坂柳は綾小路に話しかける。
「今からオブジェクトの調整をするところなんです。綾小路君も良かったら見学しませんか?」
「……そうだな」
綾小路はそう言うと、竜治と坂柳の後に続いて整備基地の通路を進んでいった。
それから一時間後、オブジェクトの調整作業を終えた竜治は整備基地内の休憩所で、坂柳と綾小路と一緒にいた。
「……雨田、本当にオブジェクトのエリートだったんだな」
綾小路が竜治に話しかける。最初はオブジェクトの操縦士だなんて、単なる冗談だと思っていたが、オブジェクトのコックピットで機器を操作して調整作業を行っていた竜治の姿を見た以上、疑いようがなかった。
「これでしんじてくれたか? それで、オブジェクトの整備士になってくれるか?」
「……その前に何で雨田は俺を整備士にしようとしているんだ?」
「簡単に言えば、貴方のお父様への嫌がらせ……というより、綾小路財閥にこれ以上力をつけさせないためですね」
竜治への綾小路の質問に答えたのは坂柳だった。
「……あの男への嫌がらせ? 綾小路財閥に力をつけさせない?」
自分の父親を「あの男」呼ばわりする綾小路に坂柳は頷いてみせると説明をする。
「綾小路財閥は確かに三機のオブジェクトを保有している大企業で、その戦力は日本の防衛に大きく貢献しています。ですがそのことで綾小路財閥のトップ、綾小路清武は増長して、自分のことを『日本の守護神』と自称するだけならまだしも、オブジェクトを持っていない企業に圧力をかけて強引に自分の傘下としているのです」
「あの男ならやりそうなことだ」
坂柳の説明に綾小路は無表情のまま吐き捨てるように言う。それを聞いて竜治は、事前に聞いた綾小路に関する情報が正しかったことを確信する。
綾小路清隆は確かに綾小路財閥のトップ、綾小路清武の実の息子であるのだが、二人の間に親子の情は存在していなかった。そして親は子供を自身の道具として扱おうとし、子供は親と関わりのない場所を求めてこの学校にとやって来たそうだ。
「綾小路財閥がこれ以上力をつければ日本を中心とする経済バランスが崩れる危険があり、資本企業としてもそれは望ましくありません。そしてそれを防ぐ確実かつ簡単な方法が、綾小路財閥が新たなオブジェクト、もしくはエリートを手に入れるのを妨害すること。……ここまで言えばもうお分かりでしょう? ホワイトルーム唯一の四期生、綾小路君」
「………!」
坂柳の言葉に綾小路は表情を強張らせる。
ホワイトルーム。
それは綾小路清武が作ったオブジェクトを操縦するエリートを育成するための教育施設である。そこで日本の全国から「集められた」子供達がエリートになるための教育と訓練を受け、無事に教育と訓練を終えた者は綾小路財閥が保有するオブジェクトの操縦士、あるいはその予備となる。
綾小路は昔、そのホワイトルームで大勢の同年代の子供達と一緒にエリートになるための教育と訓練を受けていた。しかし彼がいた時期は過去最高の難度の教育と訓練を行っていて、それが原因で綾小路以外の子供達は全員脱落した上にホワイトルームも一時的に閉鎖されたのだった。
「坂柳……お前は何者だ。何であそこの事を知っている」
「私のお父様は綾小路君のお父様の知り合いでして、八年前にホワイトルームに連れて行ってもらった時に、訓練を受けていた貴方を見ていたのです」
綾小路の視線を向けられた坂柳は彼の疑問に答えると説明を続ける。
「お父様の話によると綾小路君はホワイトルームの最高傑作らしく、綾小路清武は綾小路財閥の力を結集させた最高のオブジェクトに乗せるつもりだそうです。ですからその前に、私達は貴方をスカウトして綾小路財閥から引き離すことにしたのです。貴方もその方がいいでしょう?」
「……確かにそれは俺にとっても助かるがいいのか? あの男は目的のためならどんな手も使う男だぞ? きっと俺を連れ戻すためにこの会社に手を出すに決まっている」
「その点についてなら大丈夫です」
坂柳の話に綾小路は少し考えてから聞くと、彼女はそれに笑顔を浮かべて返事をする。
「大丈夫?」
「はい。綾小路君をスカウトする話を事前に周りに相談したら、この雨田電機だけでなく他の企業、最後には軍の方々まで賛成してくれました。特に資本企業軍のバッファ=プランターズ少将なんてノリノリで『素晴らしい! その調子でもっとあの無礼者を挑発してやれ!』と言っていましたから」
(バッファ=プランターズ少将か……)
坂柳と綾小路の会話を聞き、竜治は資本企業軍の軍人の顔を思い出す。バッファ=プランターズ少将は宇宙開発計画にも関係している上に、以前からレーザー式軌道エレベーターを推奨していたこともあって、現在では雨田電機のお得意様となりつつあった。
「ですから綾小路君が竜治君のオブジェクトの整備士となれば、雨田電機だけでなく他の企業や軍も、貴方を貴方のお父様から守ってくれます。どうです? 悪い話ではないでしょう?」
「………そうだな」
坂柳の話を最後まで聞いた綾小路は少しの間、目を閉じて考えた後、竜治と坂柳を見る。
「オブジェクトの整備士、やらせてもらう。これからよろしく頼む」
※綾小路の父親の名前は作者が勝手につけました。