(ずいぶんと広いな……。まるでひとつの街みたいだ)
高度育成高等学校は、校舎や学生寮といった学校関連の施設以外にもコンビニから映画館まで様々な施設が揃っていて、竜治が思ったように一つの街のようであった。その事に彼は驚きよりも戸惑いを感じながらも自分のクラスへと向かって行った。
竜治が自分がこれから三年間通うDクラスの教室に着くとまだ他の生徒の姿はなく、彼は窓際にある自分の席に座って外の景色を見る。窓の向こう側には先月造られたばかりのオブジェクトの整備基地が小さく見えて、そこでは今頃、彼が乗るオブジェクトのかみなりぐもが整備されているのだろう。
(Dクラスか……。せっかくなら『アイツ』とおなじAクラスがよかったんだけどな)
竜治がこの高校に入学する前の任務でオブジェクトの通信装置越しに会話をしていた女性のことを考えていると、他の生徒達も次々教室に入ってきて、最後にはスーツを着て髪型をポニーテールにしている女性教師が姿を現した。
「新入生諸君、私はDクラス担当の茶柱佐枝だ。普段は日本史を担当している。この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前達全員の面倒をみることになるだろう。よろしく」
茶柱と名乗った女性教師は教室に生徒が全員いるのを確認すると自己紹介をしたのだが、竜治は茶柱が自分達に向けてくる視線に違和感を感じた。
それは戦場でたまに感じる視線。
人を人として見ず、自分の「駒」として役に立つか立たないかを見定める無機質な視線。
(なんで学校のせんせいがあんな目をしているんだ?)
内心で首を傾げる竜治を余所に茶柱は話を進めていく。
「今から一時間後に入学式が行われるが、その前にこの学校の特殊なルールについて説明させてもらう。まずは全員机の引き出しを開いてくれ。それぞれ中に携帯端末が入っているはずだ」
茶柱に言われて竜治達が机の引き出しを開くと、中にはスマートフォンタイプの携帯端末が入っていた。
「その携帯端末は学生証であると同時にキャッシュカードのようなものでもある。携帯端末にはプライベートポイントというポイントが記録されていて、それを使用することで学園内の施設を利用できたり売店の商品が購入できる。基本的に学園内にあるものでプライベートポイントで買えないものはない」
(プライベートポイントでかえないものはない、か……)
竜治は茶柱の言葉を聞いて心の中でどこか納得したように頷いた。
日本が所属している資本企業は企業が軍事と政治を司る勢力で、貯金の残高がその個人の価値に直結している。だから今の茶柱の言葉はまさに資本企業「らしい」と言えた。
「プライベートポイントは毎月一日に支給されて一ポイントで一円の価値があり、すでに全員の携帯端末には十万ポイントが与えられている」
「十万ポイントって……つまり十万円!?」
茶柱の説明に男子生徒の誰かが大声を出し、教室全体がざわめきだす。生徒のほとんどが動揺する中、竜治もまた顔には出さないものの少なからず驚いていた。
(全校生徒にまいつき10万円のかちがあるプライベートポイントを与えるだなんてほんきか? そんなことをしたらこのクラスだけで……たしか、生徒数はちょうど40人だったから、ひとつきで400万円。1ねんで4800万円に……いや、まてよ?)
そこまで考えたところで竜治は一つの疑問に思い至り、それによって冷静になると手を上げて茶柱に質問をすることにした。
「どうした、雨田?」
「せんせいはさっき、プライベートポイントはまいつき1日にしきゅうされるといいました。それはまいつき10万ポイントがしきゅうされると考えていいのですか?」
『『……?』』
「……」
雨田の質問に教室にいる生徒のほとんどは何を言っているんだ、と言いたげな表情を浮かべ、質問をされた茶柱は周りに気づかれないように小さな笑みを浮かべてから口を開く。
「もう一度言うが、プライベートポイントは毎月一日に支給される。……以上だ。理解したか、雨田?」
「……ええ。わかりました」
実際には茶柱は雨田の質問に答えていないのだが、彼はそれに納得したように頷く。
(まずまちがいない。プライベートポイントはまいつきしきゅうされるけど、それは必ず10万とはかぎらない。もし10万のプライベートポイントがしはらわれるなら、はっきりとそうこたえてくれたはずだ)
雨田は心の中で呟くと、この学校がどんな場所なのか少しだけ分かった気がした。
ここではプライベートポイントが最も重要な要素であり、今の茶柱の肝心な点をあえて言わない口振りから察するに、生徒達に知らせていないルールが数多くあるにだろう。
隠されたルールを調べ上げ、自分や他人の力を使って実績を上げ、それによってプライベートポイントという「資産」を増やして自分の価値を証明する。
この高度育成高等学校はまさに資本企業の社会の縮図と言えた。
(『アイツ』やまわりが、オレをこのがっこうに入学させたのは、これがもくてきか)
竜治がこれからもオブジェクトに乗って経済の関係と切っても切れない資本企業の戦場で戦うには、戦い以外の知識と技術を得る必要があり、ここはまさにそれを学ぶのに最適な場所と言えた。そこまで考えた彼は最初はやる気はなかったのだが、次第にこれからの学生生活にやる気を持ち始めたのだった。