「ええ……? ウィンチェルって、すごい名家じゃないか?」
自身のオブジェクト「かみなりぐも」のコックピットで調べ物をしていた竜治は、調べた結果に思わず呟いた。
竜治が調べていたのは昨日レストランで会話をしたアズライフィアのウィンチェル家のことで、調べてみればウィンチェル家は「正統王国」の基盤となった王家が復古した頃から付き従ってきた、正統王国でも指折りの大貴族であった。
「アズライフィアさんがいいひとでよかった……」
正統王国の貴族には、王族や貴族でない者を人として扱わない者も少なくない。昨日は一応は敬語だったが、特に態度を咎められなかったことに竜治は内心で胸を撫で下ろした。
そして竜治がウィンチェル家について調べていたのは好奇心もあるが、実際の理由は「現実逃避」であった。
「……」
調べ物が終わり、いい加減現実に帰ってきた竜治が右側のモニターを見ると、そこには豪華客船ではなくどこかの島で「かみなりぐも」の前に整列している高度育成高等学校の一年生徒の姿があった。
生徒達の前にはそれぞれのクラスを担当する教師四人が横に並んで立っていて、その隣には坂柳も立っていた。
『……』
竜治がモニターを見ていると坂柳が「かみなりぐも」に振り返り、楽しそうな笑みを浮かべた。まず間違いなく彼女はオブジェクトの中にいる彼が今どんな表情を浮かべているか予想がついているのだろう。
「アリス……あとでおぼえてろよ……」
モニターの中で自分を笑ってくるパートナーに、竜治はそう言うことしかできなかった。
話は少し遡り、豪華客船の旅を楽しんでいた学校の生徒達は突然の放送で集められると小型艇でこの島まで運ばれて、「かみなりぐも」も生徒達の護衛という名目で一機だけで同行したのだった。
そして島の港に横向きで着けているオブジェクトを背にして、四人の教師の一人が拡声器を使って生徒達の話しかける。
「Aクラス担任の真嶋だ。今日、この場所に無事につけたことをまずは嬉しく思う。それではこれより、本年度最初の特別試験を開始する」
「と、特別試験!?」
真嶋の言葉に生徒達から戸惑いの声が上がるが、真嶋はそれに構うことなく僅かに間を置いてから特別試験の説明をする。
「期間はこれより一週間。八月七日の正午に終了となる。君達にはこれから一週間、この無人島で集団生活して貰う。また、この島はオブジェクトのベースゾーンとして利用するために複数の企業が合同で開発した島であるので安全であることは保証しよう」
「無人島で生活って……この島で、寝泊まりするってことですか?」
生徒の一人から出た意見に真嶋は一つ頷いてから答える。
「その通りだ。その間君たちは寝泊まりする場所はもちろん、食料や飲料水に至るまで、全て自分たちで確保することが必要になる。試験実施中、正当な理由がない限り乗船は許されない。試験開始時点で、各クラスにテントを初めとする最低限の生活用品を支給する。受け取りは各クラスの担任に願い出るように」
『『………』』
真嶋の説明に生徒達が再びざわめき出すが、それを予測していた真嶋は付け加えるように生徒達に話しかける。
「特別試験と言っても深く考えなくていい。この試験のテーマは『自由』。君達はこの一週間、何をしようと自由だ。海で泳いだり、バーベキューをしたり。キャンプファイヤーで友と語り合うのもいいだろう」
「試験なのに……自由? 一体どういうこと?」
突然「自由」と言われて、試験だと身構えていた生徒達が混乱し始める。
「この無人島における特別試験では、まず試験専用のポイントを全クラスに300ポイント支給する。そして今から配布するマニュアルには、そのポイントで購入できる物のリストが載っている。食料や水のみならず、バーベキュー用の機材や無数の遊び道具なども取り揃えている」
「つまりその300ポイントで欲しいものがなんでも買えるってことですか?」
「そうだ」
生徒の一人の質問に真嶋が答えると、生徒達の顔に安堵の色が見え始めるが、そこに真嶋が新たな情報を与えてきた。
「またこの特別試験終了時、各クラスに残ったポイントをそのままクラスポイントに加算されて夏休み明け以降に反映する」
『『………!?』』
真嶋の言葉に生徒達に緊張が走る。クラスポイントがこれから学校生活に大きく影響されるこの学校で今の発言は無視できる物ではなかった。
「今からマニュアルを配布する。紛失の際は再発行も可能だが、ポイントを消費するので確実に保管しておくように。そして試験中に体調不良などでリタイアした生徒がいるクラスは30ポイントのペナルティを受ける。それで最後に……」
「ま、待ってください!」
真嶋が説明している途中で、何かに気づいた生徒の一人が手を挙げて意見をするが、その生徒の顔を心なしか青ざめていた。
「先生はさっき、この島はオブジェクトのベースゾーンだって言いましたよね? それってつまり、この島って戦場に近いってことなんじゃないですか?」
『『………!?』』
生徒の言葉に、他の生徒達が試験とは別に緊張した表情となり真嶋の方を見る。しかし真嶋は特に慌てた様子もなく返答をする。
「確かに君の言う通りだ。ここから数十キロと進めば、そこはもう戦闘区域で『安全国』の戦闘禁止のルールは適用されない。もしかしたら無断で武装勢力がここへ侵入してくる危険もあるかもしれない。……だがこの島にはオブジェクトがある。このオブジェクトが守ってくれる限り、武装勢力が近づくはずはない」
真嶋が背後にあるオブジェクト「かみなりぐも」を振り返って言うと、生徒達もオブジェクトの巨体を見て安心する。戦争の代名詞であるオブジェクトが守る島に、ライフルや携行型ミサイルで武装した程度の海賊がやって来ても単なる自殺行為でしかないと言うことは、戦争を知らない学校の生徒達も充分に理解しているからだ。
「加えて言えば、このオブジェクトを操縦しているエリートは君達と同じ、高度育成高等学校の一年だ。同じ学校の生徒を守るために尽力をしてくれるだろう」
『『……………………!?!?!?』』
オブジェクトの操縦士が、自分達と同じ学校の、しかも同じ学年の生徒。
真嶋からもたらされた情報に、生徒達は今日一番の驚きを覚えた。
「出て来なさい」
オブジェクト「かみなりぐも」の出入口は球体の本体の右側にあり、現在教師と生徒達に見える位置にある。
真嶋が言うと出入口を塞ぐシャッターが開き、操縦者であるエリートが乗った操縦席が出てきた。そしてエリートは、操縦席から機体のすぐ側にあるタラップに移り、タラップのエレベーターを使って地面に降りると教師達の隣に立つ坂柳の横に立つ。
オブジェクト「かみなりぐも」のエリートは、黒を基調としたライダースーツのような特殊スーツを着ており、生徒達の前に立つとヘルメットを取ってみせた。ヘルメットの下には一年Dクラスの生徒がほとんど毎日見ている男子生徒の顔があった。
「一年Dクラスの雨田竜治君。彼はオブジェクト『かみなりぐも』の操縦士をしている」
竜治を紹介する真嶋の声が真夏の空に響き渡った。