特別試験開始から一時間が経過した頃、ベースゾーンの建物で、恐らく指揮官クラスの人間が使うと思われる最も高級な部屋で坂柳は、一人椅子に座って目の前のテーブルの上にあるチェス盤を眺めていた。チェス盤には黒と白の駒が自分達の陣地で綺麗に整列しているが、彼女側の黒の駒の陣地は「女王」の駒だけが盤の外に置かれていた。
「坂柳さん、失礼します。ベースゾーンに十人くらいの生徒がこっちに向かって来ているそうです。恐らくは雨田さん達かと」
「あら、ようやく来たのですね。それではお出迎えをしてあげましょうか」
部屋に入ってきた橋本の言葉に坂柳は立ち上がり、黒の「女王」の駒をチェス盤の黒の陣地に置いた。
「こんにちわ、竜治君。後ろにいるのが貴方の『お友達』ですか?」
「……たぶんだけど、アリスの思ってるような『おともだち』じゃないと思うぞ?」
ベースゾーンの手前で橋本達を引き連れた坂柳は、竜治と彼の後ろにいる十人のDクラスの生徒達を見て言うと、竜治はそれに表情を変えずに答える。
綾小路清隆。櫛田桔梗。佐倉愛里。堀北鈴音。須藤健。池寛治。平田洋介。三宅明人。長谷部波瑠加。松下千秋。
この十人が竜治が選んだ、あるいは自ら立候補した特別試験にリタイアせず参加するDクラスの生徒達だった。
「それで他のDクラスの生徒達はどうしました? やはりサバイバルの場所探しですか?」
「いいや。ほかの皆にはこのしけんをリタイアしてもらった」
「あら?」
坂柳の言葉に竜治が短く答えると彼女は意外そうな表情となり、そのまま彼はDクラスの生徒達に持ちかけた賭けのことを話した。
ここにいないDクラスの生徒二十九人に仮病でリタイアしてもらったこと、もしDクラスがこの試験で一番ポイントを獲得できなければ生徒全員に五万のプライベートポイントを渡すこと、そしてここにいる十人と一緒にスポットの占有をしたり他のクラスのリーダーの調査をする予定のこと。
話を聞いて橋本を始めとする十人のAクラスの生徒達は驚いた顔となり、坂柳は面白そうに笑う。
「それは……中々思い切ったことをしますね、竜治君?」
「雨田君? いくらなんでも話しすぎじゃないかしら」
竜治と坂柳の会話を聞いていた堀北が責めるような目で竜治を見ながら話しかける。Dクラスの生徒二十九人がリタイアしたことはともかく、スポットの占有や他のクラスのリーダーの調査については話すべきではないと言いたいのだろう。
「いいや、大丈夫だよ。……なあ、アリス」
だが竜治は堀北の言葉に首を横に振って答えてから坂柳を見ると、坂柳は笑みを更に濃くして返事をする。
「はい。なんでしょうか、竜治君?」
「1つ、アリス達に『ていあん』があるんだけど?」
「奇遇ですね。私も竜治に提案があるのですけど?」
オブジェクトの操縦士と戦術オペレーター。
二年以上同じ戦場で戦ってきた竜治と坂柳の二人は、まるで事前に打ち合わせたようなような流れで言葉を交わした後、全くの同時に口を開いた。
『『オレたち(私達)と手をくまないか(組みませんか)?』』
竜治と坂柳、二人の口から出た同じ内容の言葉。それが何よりもの了承の証だった。