ソードアート・オンライン 跳躍の黒騎士 作:Senya
仄暗い迷宮区の回廊に轟音が鳴り響く。斬り上げられた
「ふっ……!」
短い気合の声と共に、両の手で握ったハルバードがシステムアシストに導かれるままに走り出した。がら空きの背中を右下方から斬り上げ、間髪入れずに左下方から斬り上げる。鮮血のように赤く迸るダメージエフェクトが鱗状の背中にバツ印を刻み、その交点目掛けてさらに真一文字に薙ぎ払い一閃。そこでようやく正面に向き直ったリザードマンだったが、技はこれで終わらない。二メートル以上はあろうかという長槍を頭上で器用に振り回し、その慣性力のままにもう一度横薙ぎを繰り出すと、遠心力に引っ張られるようにして自身のアバターを回転させ、一周したところで三度目の横薙ぎがリザードマンの横っ腹を襲う。槍カテゴリの上位ソードスキル、《ダンシング・スピア》。踊るような五連撃を無抵抗で浴び続けたリザードマンの
数刻、無音が回廊を支配する。
「おいおい、一人で戦うなよな」
静寂を破るように発せられた呆れた風の声に振り向くと、鞘から抜いた長剣を肩に担いだ黒髪の少年と目が合った。ところどころに金属パーツがあしらわれた黒革のロングコートを身に纏い、やや長めの前髪から心なしか不満げな目を覗かせる彼、プレイヤーネーム《
──ゲーム内でのプレイヤーのヒットポイントが全損したとき、その脳はSAOのゲームハード《ナーヴギア》の放出する高出力マイクロウェーブによって破壊され、現実世界における生命活動を停止させる。『SAO正式サービスのチュートリアル』にて、元凶である天才プログラマー茅場晶彦が語った内容を信ずるならばつまり、この世界における死は現実の死を意味するのだ。これがSAOにおける大原則であり、故にプレイヤーが第一に考えなければならないのは“生き残ること”。示された生還への唯一の道、すなわちゲームのクリアが果たされるまで、身の安全を第一に行動することだった。
だから、今私に向けられている視線が意味するところは「Mobの独り占めに対する文句」などではなく「死の危険を顧みず一人で戦ったことに対する叱責」であり、反論の余地なしと悟った私は苦笑交じりにせめてもの言い訳を並べた。
「ごめんごめん。一人でもやれそうだと思って、ついね」
「ついね、じゃないよ。万が一があったらどうするんだ」
「…………」
普段なら心配性が過ぎると茶化したところだったが、ほんの少し、キリトの声音が強張るのを感じ取って思わず押し黙る。かつての仲間たちが目の前で命を散らしたあの瞬間を想起し、胸の奥深くに刺さった棘が古傷を抉る不快感に私はわずかながら顔をしかめた。
「……ほんと、ごめん。頼りにしてないわけじゃないのよ。次からは気を付けるから、ね?」
「ならいいんだけどな……」
宥めるようにそう言ってやると、一応は納得してくれたようでそれ以上のお小言を頂戴するには至らなかった。
「「…………」」
微妙な気まずさに顔を見合わせて苦笑する。この相棒とはもうかれこれ二年以上の付き合いになるが、普段から馬鹿な会話を繰り広げているせいか、この空気感にはどうにも慣れない。
おそらくは同じ気持ちだったのだろう、気まずさを振り払うように長剣を鞘に納めたキリトが口を開いた。
「さ、帰ろうぜ。もういい時間だ」
視界の右下に表示された時刻は午後三時。迷宮区のダンジョン内部からは当然外の様子は見えないが、空色には俄かに朱が差している頃だろうか。
苦笑を微笑へと移行させつつ、私は努めて明るい声で平和的な会話を持ち出した。
「そうだね。夕飯どうしようか?」
「うーん、ここはアルゲード名物《アルゲートそば》で……」
「アレは却下。57層に美味しいNPCレストランがあったでしょう。そこでどう?」
「了解。じゃ、アルゲードそばはまた今度だな」
「今度も食べないよ」
謎のラーメンもどきの誘いをすげなく断ると、私は右手に握っていたハルバードを背中のホルスターに納めた。アルゲードそばを拒絶されてなんだかちょっとだけ残念そうにしているキリトの隣に並び立つと、足並みを揃えて回廊の出口を目指す。今ではすっかり当たり前のように必ず隣り合って歩いているが、そんな関係も二年前に始まったのだと思うと感慨深い。
前方に見える出口の光に目を細めながら、私は隣を歩く少年との出会いを思い起こした。ゲーム開始から一か月ほどが経過した──第一層攻略会議の日のことを。
読了ありがとうございます。槍とか斧とかハンマーとかが背中にくっついてるアレ、原理がよくわかんなくてとりあえずホルスターってことにしたんですけど、実際のとこどうなんでしょうか? 気になります。
さて、次回は内容の通り第一層攻略会議です。始まりの日は完全にスキップしますが、原作通りに1ヶ月が経ったんだと思っていただければ。
見切り発車の向こう見ずでつい書き連ねてしまった拙作ですので、不定期更新の亀更新と悪い所づくしになろうかと思いますが、応援していただければこの上ない幸いです。感想評価等いつでも受け付けておりますので、ぜひぜひよろしくお願いいたします。作者でした。