──いつの日かの夢を見た。
まだスペルカードルールもなくて、
ただただ実力と経験だけがものをいう時代。
その頃の私は巫女としてはまだ未熟で。
私は強くなるために、必死で泣きながら
先代からの修行をこと如くこなしてきた。
博麗の巫女になるために。
幻想郷というひとつの世界を護る巫女になるために。
その当時の妖怪退治や異変解決、
博麗の巫女の生業としているものは全て
何かしら戦うことが多かった。
もちろんこの時、美しさで競う“スペルカード“
なんてものはなくて、負けはつまり“死“だった。
幼かった頃は、修行をするのが嫌だった。
痛い思いをするのが、辛くて嫌いだった。
だけど日に日に、歳を重ねるごとに
私がしなければならないことがどんなものなのか、
次第に理解していくようになった。
だから、必死に先代からの修行に取り組んだ。
一人前になれば一緒に妖怪退治へと赴いたこともあった。
その時に知った──私が、目指そうとしているものは
例え妖怪でも……1人の命を奪うことなのだと。
初めは、抵抗はもちろんあった。
だけど、これが巫女としての仕事だと思い始めれば
もう何も、思わなくなった。
ただ、悪さを働く妖怪を“殺し“。
悪影響を及ぼす異変を解決する。
全ては幻想郷に生きる人間の為だった。
だけど、彼らが
畏れ、疎ましい、恐ろしい、怖い……。
そう言った同じ“人間“として見ていない、
『怪物』だと思われていたのだ。
もちろんそれは私だけじゃない、
先代にだってその目線は向けられていた。
だけど先代はそんなことを気にする素振りはなかった
気にしないこと、それが普通なのだと思った。
だから私は、その日から他人の目線など気にしなくなった。
──そんないつも通りの日常を過ごしていたある日、
夜遅くに紫が神社へとやってきて、私にこう告げた。
「先代が、死んだわ。」
そう言われたとき、頭が真っ白になった。
あの人はそう簡単に死ぬ人じゃない…そう思って
紫の目を見ても、その目が事実だと語っていた。
私はしばらく放心状態になっていた。
いつも傍にいてくれたあの人が、
今日の夕方までは傍らで微笑んでいたあの人か、
──母さんが、死んだ。
それを頭で理解しても、心は理解してくれなかった。
だけど何故か、不思議と涙は出なかった。
幼かった頃からお世話してもらい、
何十年と一緒にいたはずの母さんがいなくなったのに。
私は何故だか、悲しいと思えなかった。
もちろんそれからは、私が博麗の巫女として
仕事を、役目を継がなければならなかった。
私自身、物心がついた頃からそうなるよう、
教えられてきたから別に何の特別感も高揚感も湧かなかった。
私がするのは今までと同じようなこと。
特に何の変哲もない、日常なのだ。
新しい巫女に代わったからなのか、
妖怪たちは私を『弱い者』だと断定して、
遊ぶためだけに悪さを働くようになった。
それはそうなのかもしれない。
先代と比べれば私は圧倒的に接近戦が強い
わけでもなかったし、何でもかんでも
拳ひとつだけでやりくりできるような力もなかった
だけど、私が継いだ以上、
ここまで馬鹿にされるのも甚だしい。
だからこそ分からせることにした。
毎日のように起きるようになってしまった
妖怪が起こす悪さ。
私はその度に針や札、大幣を持ち込んで
その妖怪を殺していった。
それはもう、どれほどの数になるのかなんてもう分からない。
そうしていくうちに妖怪達は次第に逃げるようになった。
だけど、古参の妖怪はそう簡単に降伏してくれず
手間取ってしまった時もあった。
何年もそんなことを繰り返して、繰り返して、
私は妖怪を殺すことに何も感じなくなってしまった
幼い頃にはあったはずの人を想う気持ちも、
笑うことも泣くことも、悲しむことも
何もかも、温かな心は何処かへいってしまった。
だけどそれで良い、と思ってしまった。
汚れきった役割なのだから必要ないだろうと。
そんな時に魔理沙に会った。
魔理沙は人里の『霧雨武具店』という店の
主人の一人娘で、魔法が使えるようになりたい、
という夢を持っていた。
だけど、親からは反対されたのだそう。
諦めきれなかった魔理沙は、次第に人里の
外へと行くようになりこの日は初めて遠くまで
行こうと思い、思いのままに歩いていると
迷ってしまったのだと言う。
「お前はこんなところで何をしてるんだ?」
興味深げに尋ねてくる魔理沙の瞳は、
キラキラと輝いていて、何もかもに興味がある
希望がある暖かで、眩しい光を灯していた。
「ここは博麗神社。私はここの巫女よ」
私は掃除のために手に持っていた箒の動きを止め、
魔理沙のいる鳥居の方へと身体ごと
向きを変えながら、そう言った。
「お前があの博麗の巫女なのか?!
なんだよ、私と同い年じゃねーか!!」
そう告げた瞬間に魔理沙が私の方へと
ズカズカと歩み寄ってきて、
「私は霧雨魔理沙!お前の名前は?」
「博麗霊夢。
だけど、皆は私のことを博麗の巫女と呼ぶわ。」
「そうか、霊夢かっ!!よろしくな!」
間近まで迫っていた魔理沙は、
私の両手を手に取り、ぶんぶんっと上下に
勢いよく振りながらそう言った。
両手を手に取られたときに反動で箒は、
境内の砂利道へと転げ落ちてしまった。
だけど、魔理沙に私を博麗の巫女としてではなく
私個人としての名を呼ばれたのは
私の中でどこか、暖かい気持ちにさせてくれた。
その日は私が人里まで飛べない魔理沙を抱えて
一直線に帰らせることにした。
生身で飛べる私のことを魔理沙は
「すげーっ!!」と喜んでいたが、
私としてはいつも通りなのでどうして
こんな反応をするのか分からなかった。
それからは「もう来ないように」と釘を刺して
置いたはずなのに、魔理沙は毎日飽きもせず
私の所へと遊びに来た。
初めのうちは「空の飛び方を教えて欲しい!」
だとか「魔法ってどうやって使うんだ?」だとか
自分がやってみたいことを私に聞いてきていた。
私にも分かるものと分からないものがある。
魔理沙の目指す『魔法使い』だけは
私にはまったく分からなかったのだ。
ただ、彼女の内側に秘められていた魔力を
解き放つ方法だけは教えることができた。
家にいる時はこんなことをしては
怒鳴り散らされるから、と神社に来ては
新しい魔法を試したり、扱えるようになった魔法を
私に見せに来てくれたりした。
私はいつの間にか、魔理沙と共に過ごす時間が
何よりの“幸せ“だと感じていた。
魔理沙といればいつの日かできなくなっていた
笑うことがいつの間にか自然とできるようになっていた
だけど、現実はそう甘くはない。
夕方になれば、私は妖怪退治へと出向くことが多かった。
その度に昼間までは暖かかった心は
急激に冷えていくような感触をいつの日か覚えてしまった。
次第に妖怪退治へと出向くことが
辛く感じるようになってきた。
今まで感じたことなんてなかったのに。
私は確実に魔理沙と出会ってから、
変わってしまったのだ。
そんなことがあってから数ヶ月後。
夜も深くなってきた頃、紫に屋根の上へと
呼び出されたことがあった。
「霊夢、あなた最近妖怪退治が辛くなってきたんでしょう?」
口元を扇で隠しながら、にこやかと笑みを浮かべる
紫は、月明かりに照らされて妖美に見えた。
「そう……ね。」
私はぎこちなく返事をした。
巫女である私がこのようなことになっているのは
おかしいことなのだから。
「──ねぇ霊夢。
このままが辛ければ変えてしまえばいいのよ。」
紫は口元を隠していた扇を横へとずらし
私の方へ顔を向けて真剣な眼差しでそう告げた。
「変える?」
「そうよ。時代は移り変わるものだもの。
変えてしまえばいいのよ。」
私が投げかけた疑問に、
紫は優しく微笑みながらそう言ってきた。
正直なところ、意味がわからなかった。
変えてしまえば良いと言われても
具体的には何を変えるのか、それが分からなかった。
だけど、その日に私のこの
消えることがあるんじゃないかと、思った。
全ては私の自己満足でしかないけど。
その日から私は紫と共に『スペルカードルール』
というものを作成することにした。
それから、何年か経った。
今までは妖怪と人間は対立関係にあったけど、
いつの間にか共存し、
お互いが協力し合うようになった。
幼かった頃の私には夢にも思わなかった
平和で、平等な世界。
これが私の描いた夢───だったのだろうか。
「おーい!霊夢、起きろって!」
ん……と誰かの声が聞こえて、
目を擦りながら瞳を開けてみれば魔理沙がいた。
「なんだ〜?寝てたのか?
ほら、宴会始まるぜー!!」
魔理沙がクスクスと笑いながら、
行こうぜ!と言わんばかりに手を差し出してくる
そんな時間だったのね…と思いながら、
差し出された手に自分の手を重ねた───。