「何だか納得いかねぇ」
「そう言われてものぅ」
ライアスの言葉をもっともだったが、伏せるべきところを伏せたまま上手く説明する事が出来ないのだ。結果として、困惑した様子を見せるしかない。
「とりあえず、この薬草を使っておくと良いじゃろう」
薬草を差し出したのも、半分は何とも言えない空気を誤魔化す為のものだった。
「すまねぇ」
「なぁに、お前さんにはか弱い女子や老人の盾になって貰わねばならんからの」
「なっ」
「さて、先に進むとするかのぅ」
頭を下げてきた戦士を茶目っ気混じりの言葉で絶句させ、俺は一人スタスタと歩き出す。
(しかし、レベル上げかぁ)
この世界は経験値を得てレベルが上がると身体能力が上昇する世界である。
(リアルではあり得ないけど、このルールを前提にしないとこの身体のスペックを説明出来ないし)
たぶん、この前提条件は崩せない。
(そう言う意味では、正解だったよな)
洞窟に着くまでに戦闘は二回。いきなり灰色生き物を倒して大量の経験値を得てしまうよりは身体の負担が少ないだろうと敢えて口笛を吹いて呼びだした魔物との戦いであった。
(この辺の敵なら大した手間にはならないし、急激に高まった身体能力に振り回されて怪我をするよりは、なぁ)
ちなみに、戦闘はどちらも呪文一つで殲滅完了の秒殺である。
「しっかし、強すぎだろ、爺さん」
「いやいや、ワシなどまだまだじゃよ。そも、人間一人では限界があるもんじゃ」
ライアスの呆れ混じりの言葉に頭を振りつつ嘆息し、洞窟の入り口をくぐる。
「まして、お前さん達なら協力は必須じゃな。ここに出没する魔物はお前さん達より格上じゃからのぅ」
「ちょっ」
俺の爆弾発言に上擦った声があがり。
「い、いえ……あの熊を見た時点でそんな気はしてたでありますが」
後背から聞こえた震える声の主はきっと顔を引きつらせて居たんじゃないかと思う。
「されど、動じておられぬ様にお見受けするが?」
唯一落ち着いた調子だったのは、駆け出し魔法使いのうち唯一の男性、スレッジとややキャラ被りしているじいさんだった。
「そりゃ、ワシ一人なら敵が出てきても殲滅は容易いからの」
集合前にドラゴラムの呪文を試してみたが、ちゃんと敵味方の識別は出来るようで「うっかり味方を燃やしちゃいました」なんて事になる心配は皆無。
「問題は、ちょっとすばしっこい魔物がここにはおってな。お前さん達を効率よく育てるには、それを狩るのが必須なのじゃが攻撃呪文が効かぬのじゃよ」
「おいおい、それってやばいじゃねぇか」
「心配無用。効かぬのは攻撃呪文じゃ。倒す方法はちゃんと用意しとるわい」
ドラゴンの状態で連続行動出来るかも、水色生き物という貴い犠牲によって検証済みである。
「まぁ、すばしっこいので逃がす可能性だけはどうにもならんかったがの」
ただ、ドラゴラムの呪文で変身すると巨体になった分やはり動きが鈍くなってしまうと言う欠点まで確認できたわけだが。
「駄目じゃねぇか」
「ほっほっほ、まぁその辺りは逃げずに居てくれるよう祈るしかないのぅ」
ライアスのツッコミを誤魔化すように笑いながら、俺は心の中で呪文を詠唱る。
「ヒャダインっ」
「ゴォォォッ」
手を向けた先は、煮え立つ溶岩。それに紛れたつもりだったようがんまじんを呪文は纏めて屠った。
「な」
「え」
「うむ、少しは涼しくなったようじゃな。さて……」
断末魔で初めて魔物の存在に気づいたのだろう。俺は声のした方を振り返ると、駆け出し魔法使い達へ語り出した。
「今の魔物はヒャド系の呪文が良く効く。と言っても一撃とはいかんじゃろうが、お前さん達のヒャドでも牽制にぐらいはなる」
今はまだ戦力としてまだアテには出来ないが、それも現在の話。
「もちろん、腕を上げたなら普通に手伝って貰うがのぅ」
使える戦力を遊ばせておくつもりはない。
「スレ様……」
「あー、お前さんは例外じゃ」
そう、もの言いたげな目をしたクシナタさんを除いて。
(と言うか、まさかこうなるとはぁ)
おろちとの戦いでレベルの上がってしまったクシナタさんは訓練所で職業に就けなかったのだ。
(職業に就くにはダーマで転職するしかないとか)
レベルが上がることで身体能力の上がる法則は適用されているのだが、俺の知っている職業のどれとも違う成長の仕方をしているので、アドバイスも出来ず、現状は様子見と言うことにしている。
(何というか、呪文の使えない賢者が近いのかなぁ)
解ったことは、おろちから奪い取ったくさなぎのけんを装備出来ることと、現状で呪文が使えないことぐらい。
(よくよく考えれば、刀鍛冶とか踊り子とかダーマでは転職出来ない職業の人も世界には居る訳で)
ゲームでは選べなかった職業も、申請したら転職出来るのだろうか。
(って、まだダーマに辿り着いても居ないのにこんな事考えていても仕方ないか)
今すべきは、同行者のレベル上げである。
「どっちにしても、もう少し強くならねば攻撃はさせられぬのぅ。下手に反撃を食らって怪我をしてはことじゃからな」
「あー、そう言やぁ僧侶がいねぇもんなぁ」
俺の言いたいことを察したライアスが周囲を見回すが、まさにその通り。回復呪文の使い手が俺しか居ないのだ。
「ふむ、確かに。薬草は持ってきているが、数に限りがあるのも事実」
「自分もあと三つであります」
道具袋の口を開けて呟いたのは、駆け出し魔法使いのじいさんで、続いて女魔法使いの片方が申告する。
「まぁ、薬草が尽きるかワシの精神力が尽きるかと言った話じゃと思うがな。目当ての魔物を狩るには少々派手な呪文を使うのでのぅ」
「派手な呪文でありますか?」
「うむ、目当ての魔物が来たら見せてやろう」
期待と恐れの混じった視線に頷きを返した俺は右手の指をくわえる。次の瞬間、洞窟に響き渡ったのは口笛の音。
「っ、来たっ」
「爺さん、あれか?」
やがて、現れた魔物の姿に同行者達は身構えた。
いよいよ登場か、メタルスライム?
次回、第八十九話「エンカウント」
ネタバレを避けるにはこんなタイトルにするしか……。