「では、スレ様行って参りまする」
「うむ、気をつけてのぅ」
ジパングの入り口が見えたところで、俺はクシナタさんを送り出した。
「アリアハンへ」
「うおっ」
声と共に放り投げたキメラの翼へ引っ張られる様に舞い上がって行くクシナタさんを目で追っていたライアスが、いきなり声を上げて顔を背ける。
「どうされた、ライアス殿?」
「白……い、いや、なんでもねぇ」
元駆け出し魔法使いの爺さんに問われてぶるぶる頭を振るが、最初の発言で既に語るに落ちていた。
「有罪でありますな」
「だねっ」
「……のようじゃのぅ」
突き刺さる女性陣の視線に同調し、責めるような視線を向ける。ルーラで浮かび上がった女性の下着を見るとか本当にけしからん行いである。
(ルーラに慣れない男女混合パーティーなら起こりうる事故ではあるけどね)
だからといって、放置しては示しがつかない。
「ちょっと待てお前ら、あれは事、やめろ! 近寄るな! や、やめ……アーッ!」
響き渡る絶叫の下、ライアスに何があったかは敢えて伏せておこう。
(うん、あれはなぁ)
同性として自分があんな事をされたなど吹聴されるのは勘弁して欲しかったから。せめてもの慈悲だった。
「……虚しいものでありますな、仲間を裁かねばならぬと言うのは」
「そうじゃのぅ」
同意する俺の視線が遠かったのには、別の意味も含まれていたが、それはいい。
「ともあれ、中に入るとしようかのぅ」
「そ、そうであったな」
同じ男としてきっと俺の気持ちが分かったのだろう、魔法使いの爺さんは提案に頷き、歩き出す。
「ライアス殿、貴殿の事は忘れぬ」
「うむ」
短い時間ではあったが、共に過ごした仲間なのだ。弱々しい声で「勝手に殺すな」とか聞こえた気もするが、この手のやりとりはお約束である。
「さて、到着じゃ」
数分後、先頭を歩いていた俺は足を止め、仲間の方を振り返った。
「ここがジパングでありますか」
「これはこれは、ようこそジパングにお越しくださいました」
物珍しげに周囲を見回す女魔法使いの一人に、気がついたのだろう。入り口の側にいた女性はこちらへぺこりと頭を下げ、歓迎の意を表す。
「こんにちはっ、ヒミコ様に会いに来たんだよっ」
「あ」
言っていることは間違っていないが、開口一番にそう言うのはどうなのか。
「ま、まぁちょっとした用があってのぅ……」
苦笑しつつも話してよい部分だけ抜粋して、俺はもう一人の女魔法使いをフォローする。
(案内して貰うつもりだったのかも知れないけど、ヒミコの屋敷は人に尋ねるまでもないからなぁ)
一軒だけの他の民家とは比べものにならない大きさの建物が門の様に聳える鳥居の先にある。
(うん、間違えようもない)
ついでに周囲を見回す、と前にここを訪れた時と比べて感じる印象もだいぶ違う。
(おろちが約束を守っているからかな?)
かって国を荒らし回ったやまたのおろちは暴れることなく、沈める為にと差し出されていた生け贄ももう必要ない。おろちが健在であるから仮初めの平和とも言えるが、状況は改善されているのだ、その雰囲気も頷けた。
「では、ワシらはこれで失礼させてもらおう」
「はい、さようなら」
挨拶をし、女性と別れて鳥居をくぐれば、ヒミコの屋敷まではあと少し。
「随分でけぇ家だな」
「国主じゃからのぅ。あれは、城の様なものじゃよ」
ただ、冒険の書に記録してくれる人は居なかったけれど。
(もしゲームでヒミコが生きて屋敷にいたら、セーブくらいはして貰えたのかなぁ)
生け贄にされたお姉さん達と違い、遺体が何処にあるかも解らないヒミコは、流石に俺のザオリクでも生き返らせようがない。
(まあ、生き返らせたらそれはそれで問題になりそうだけど)
元生け贄の娘さん達は連れ出せたが、同じ事をヒミコにするのは、不可能。
(普通なら自分の国を取り戻したいと思うはずだもんな)
それに女王となると扱いも困る。
(なんて、ありもしない仮定の話をしててもしかたないか)
やるべき事をさっさと済ませてしまおう。
「交易の担当はお前さん達じゃからのぅ。ワシは今回、後ろで控えさせて貰うぞ?」
スーザンとしておろちとは何度か会っている。変装がバレるとは思わないが、人前で接触する危険を冒す必要もないだろう。俺は、三人へヒミコと謁見する前にそう言い含め。
「了解でありますっ、自分達はもともとそちらが得意分野、戦闘は管轄外でありましたが」
「些少なりとも戦える様になったのは、スレッジ殿のお陰。感謝に堪えぬ」
「ありがとうございましたっ」
「ほっほっほ、大したことはしとらんよ。年甲斐もなくちょっとはっちゃけてしまったがのぅ」
頭を下げられ、笑いながら視線を背けた。
「あれでちょっとかよ」
背後から何か聞こえた気もするが、心霊現象だろうか。
「いや、精神力はそれなりにくったかもしれんが。では、ゆくとしようかの」
ライアスが成仏してくれるように、一応補足しつつ、俺は三人を促すのだった。
ライアス、無茶しやがって。
次回、第九十一話「交渉は人任せ」
起こりうるって、ひょっとして主人公サン、過去に……いや、なんでもないです。