強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第九十三話「おじいちゃんについて行くだけの簡単なお仕事です」

「さてと、一つ問題は片づいたとして、次はあれじゃな」

 

「スレ様っ」

 

 まだ何か言いたげなクシナタさんから視線を逸らし、目を向けた先に居たのは男と女が一人ずつ。

 

「ううっ、空から姉ちゃんが……」

 

「ああ、しっかりしてくださいまし! ホイミっ」

 

 横たわって譫言を漏らすライアスとそのライアスをお尻に敷いてしまったクシナタ隊所属のお姉さんである。

 

「まだ、目を覚まさん様じゃな」

 

「スレ様、このお方が……」

 

「あぁ、解っておる。あまり精神力を無駄遣いしたくはないのじゃが、仕方あるまい」

 

 クシナタ隊の皆は俺の身体が元賢者で僧侶の呪文も扱えることは明かしている。よって、呪文を使えることを隠す必要もない。

 

(ライアスさんはご覧の有様だからなぁ)

 

 ダメージは加害者のお姉さんがホイミの呪文で回復済みだが、眠った者を起こすザメハの呪文はある程度経験を積んだ僧侶でなければ覚えない。

 

(呪文を覚えるまで放置しておく訳にはいかないもんな)

 

 だいたい、ここに放置していてアリアハンに帰っていった魔法使い達が戻ってきたら、第三の事件が起きてしまう。

 

「ジパングにルーラで飛んできたら地面に寝っ転がった戦士がパンツを覗こうとスタンバイしていました事件」

 

 名前を付けるなら、きっとそんな感じだ。それは防がねばならない。

 

「ザメハっ」

 

「……ううっ、ん? 俺は、どうし」

 

 謎の使命感から呪文を唱えると、効果はてきめんだった。横たわっていたライアスは呻きつつゆっくり目を開け、身体を起こそうとしかけた体勢で硬直する。

 

(まぁ、あの状況じゃあなぁ)

 

 不機嫌そうなクシナタさんと目が合ってしまったのだ。もっともクシナタさんの機嫌が悪い理由は、隊の名前の件で自分以外に押し切られたからなのだが、気絶していたライアスが知る筈もない。

 

「すみませんでしたぁっ」

 

「え?」

 

 いきなり地面へ突かんばかりに頭を下げたライアスにクシナタさんが面を食らい。

 

「え?」

 

 想定外の反応にライアスが声を上げる。

 

(先日の下着を見たことぐらいしか思い至らないよなぁ、普通)

 

 だが、それは墓穴以外の何者でもない。まだクシナタさんは自分が下着を見られていたことなど知らないのだから。

 

「どうやら目が覚めたようじゃな」

 

「爺さん……」

 

 二人の為にも黙っておくのも手かと思っていた。

 

(クシナタさんに謝らなかったら、だけど)

 

 謝ってしまっては知らぬが仏と言う訳にも行かない、だから俺は良い笑顔で言った。

 

「説明不足はいかんのぅ。クシナタの嬢ちゃんはお前さんがキメラの翼で舞い上がった時に下着を覗いたことなど知らなかったと言うのに」

 

 と。

 

「なっ」

 

「え、あ? ちょっ、爺さん」

 

 二人が揃って別の音で驚きを表現し、ライアスがこっちに目を剥くが、俺としては当然被害者の味方である。

 

「す、スレ様……それは真でございまするか?」

 

「うむ……残念じゃがな」

 

 俺とライアスの双方に視線を往復させ、顔を真っ赤にして尋ねてきたクシナタさんに俺は頷く。

 

「ライアス様?」

 

「うぉっ?! ちょ、ちょっと待って、あれは事故だったんだ! 俺は――」

 

 刺し貫くようなクシナタさんの視線にライアスが慌てて弁解するが、さもありなん。やまたのおろち戦で俺と一緒に居た分、クシナタさんの方がライアスより強いのだ、レベル的に。

 

(何か、こう……処刑用BGMとか聞こえてきそうだよなぁ。あ)

 

 暢気に見物していると、クシナタさんが腰に差していたくさなぎのけんを抜いた。

 

「剣よっ」

 

「待っ、うおっ?!」

 

 刀身に青い光を帯びた剣は所有者の声に応え、備え持った力を解放する。

 

「何だ……こりゃ? 痛くはねぇが……一体」

 

(うわぁ)

 

 当然である。俺は思わず心の中で呻いた。くさなぎのけんは道具として使うと敵の守備力を下げる効果を持つのだ。つまり、ここから本命が来る。

 

「って、そうじゃねぇ。すまねぇ、本当に。な、さっきだって謝っ、ちょ、ちょまぶべっ」

 

 ワンテンポ遅くそれに気づいたライアスだったが、弁解の途中で綺麗に宙を舞っていた。

 

「南無」

 

 思わず口に出してしまうほど痛そうな平手打ちを受けた戦士の身体は、土の上で二回くらいバウンドしたと思う。

 

「……もう一回ぐらいホイミが必要そうじゃの」

 

「す、すみませぬ。これから洞窟に行くというのに余計な手間を」

 

 我に返ったクシナタさんは恐縮していたが、責める気などもうとう無い。

 

「傷が癒えたら、出発じゃ。そうそう、途中で熊を狩るぞ? クシナタ隊の他の嬢ちゃん達はまだ慣れておらんじゃろうからのぅ」

 

 この後、洞窟に至るまでについては、特筆することは何もない。

 

「ベギラゴンっ」

 

「ゴアァァァァァ」

 

 殆ど前回の再現のようなモノだった、驚いたのが駆け出しの魔法使いから俺の戦闘自体は初めて見るクシナタ隊のお姉さん達に変わったぐらいで。

 

「なんつーか、やっぱ納得いかねぇ」

 

 二度目になるライアスだけは、前回と違って遠い目をしていたが。

 

「さ、このまま洞窟に突入じゃ。ワシについてくるだけの簡単な仕事じゃぞ」

 

 一回目の竜変身中、ようがんまじんまで炎で倒せていたらしく、駆け出し魔法使いの一人から話を聞いていた俺は補助の要請を省いて、洞窟の入り口をくぐる。

 

「ぜってぇ簡単じゃねぇだろ」

 

 後ろの方からツッコミが聞こえたが、気にしない。

 

「ほっほっほ、さーて何が出てくるかのぅ」

 

 口の端をつり上げた俺は指をくわえると、獲物を呼び出すべく口笛を周囲に響き渡らせたのだった。

 

 




いかん、ライアスのお仕置きに時間と行数を割きすぎたっ。

次回、第九十四話「爺さん自重」

そんなの無理に決まってるのに

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