すわ顔面にヒップアタックかとも思ったが、予想した場所に衝撃は来なかった。
(っ、は?)
柔らかな感触を感じたのは、額から頭頂部にかけて。
「なっ、ななな」
「ちょっ、スレ様に何してるんですか!」
「頭に跨ったというか、乗ってる?」
そう、耳があった前辺りを両足で締め付けられる形で、竜ニナッタ俺ハ乗ラレテイタ。
「掴まれそうな角があるしー、背中のデコボコも無関係っ。あたしちゃんてば、あったまいー」
マァ、ソノ場所ナラ落ッコトスコトモナイダロウガ、別ノ問題ガ。
「そんなことより、魔物近づいてきてるよ、スレ様?」
「グゥゥゥ」
遊ビ人ノ声ハ、マダ残ッテイタ理性ヲ押シ流スノニ充分ダッタ。
(敵、燃ヤス)
「スレ様、ごーっ!」
頭ノ上五月蠅イ、ケド味方。
「グオオォォォ」
「ゲ」
蛙、向キ変エヨウトシタ、遅イ。
「うわー、一瞬で」
頭ノ上、声スル、気ニナル。ケド味方。
「あぁ、スレ様に何と言うことを」
「う、羨ましい」
「おい、とんでもない事口走った奴が居るぞ」
後ロも五月蠅イ。
「じゃあスレ様、あたしちゃん次の魔物呼ぶね? 出てきたら宜しくー」
「ちょ、ちょっと待って下さい! まだゴールドの回収が」
上ト下、声シタ。頭ノ上カラ音シタノ、スグ後。
「ゴァァァァァ」
「ちっ、次が出てきや」
熊出タ、燃ヤス。
「ゴオッ?!」
「ちょっ」
燃エタ。
「グォォォォン」
「スレ様、さっすがー。じゃー、次いくよー?」
頭ノ上、音響ク。敵出ル、燃ヤス。頭ノ上、音響ク。敵出ル、燃ヤス。頭ノ上、音響ク。敵出ル、燃ヤス。頭ノ上、音響ク。敵出ル、燃ヤ――。
「ムゥ」
ソレモ幾度カ目ニナレバ、自然ト解る。変身が解け始めた感覚だ。
(って、ちょっ)
だが、思い出して欲しい。このまま元に戻るとどうなるか。
(社会的にやばいっ)
「っ、きゃぁっ」
俺は慌てて頭を下げた。もちろん、遊び人のお姉さんを落っことさないように気をつけてだ。
「スレ様っ?」
「あー、変身が解け始めたんだろうよ」
訝しげな声をクシナタ隊のお姉さんがあげていたが、ライアスは何故いきなり頭を低くしようとしたかに気づいたらしい。
「うぐっ」
「きゃ」
竜の時は大きさの比率でそれ程の重量と感じなかったが、人一人分の体重が全部頭にかかっているのだ。俺は思わず声を漏らして、蹌踉めく。
(っ、だがっ)
頭に女の子を跨らせた変態老人の図の完成だけは防がねばならない。
(急げっ、間に合えぇぇっ)
時間との勝負だった。
「っ」
「あ」
本当に、間一髪。足が地面へ着いたのか頭の上から重みが消え、ただし勢いも殺せず俺はそのまま地面へ突っ伏した。
「危ないところじゃったわい」
本当に、本当に危なかった。
(はぁ、良かったぁ)
エロ爺を演じたりしているので今更と言われるかもしれないが、あの演技については、クシナタ隊の皆に説明済みであり、今回とは条件が異なる。
(だいたいクシナタさん達は俺の正体も知ってるもんなぁ)
スレッジの格好でやらかしたとしても、それは俺の評価に直結するのだ。
「スレ様……」
「うむ、ワシはどんな顔をすればいいのかのぅ?」
まあ、顔を上げたまま土下座した様な姿勢になっている現状も大概酷い格好かも知れないが、そこには触れないで頂きたい。
「そうだなぁ、とりあえず怒るべきじゃねぇのか?」
「うーむ」
「そうでありまする、スレ様にあのようなことをするとははしたない」
ライアスの提案を反芻しつつも、声に振り返ると同調したクシナタさんが、しきりに頷いており、瞳にはチラチラ揺れる怒りが見て取れた。
(俺の姿勢はともかく、遊び人って迷惑行動をいくら叱っても意味ない気がするんだよなぁ)
と言うか、良くここまでこれぞ遊び人という性格になったものだとちょっとだけ驚きが隠せない。
(バニーさんの呪いといい、何かあるんだろうか職業訓練所)
ゲームではなかった施設なので、余計に得体の知れなさを感じてしまう。
「えーっ、けどさー、効率的だっ」
「だまらっしゃい! それとこれとは話が別でありまする。いいですか、女子たる者――」
俺が驚いたり感心している裏ではさっきの遊び人さんがクシナタさんにきっちりお説教を食らっていたりする辺り、ライアスの言った怒るべきと言うのも、振り上げた拳の落とし場所に困る。
「とにかく、スレ様の上に乗るのはもう禁止でありまする」
「あー、うむ。そうして貰えるとワシもありがたいのぅ。ライアスじゃったら喜ぶかも知れぬが」
「ちょっ」
とりあえず俺はクシナタさんの言に賛意を示すとちらりとライアスの方を見た。
「ちょ、な、おまっ」
何だか顔を引きつらせていたが、落竜の危険性を考えると、人に乗っていて貰った方が安全なのだ。
「高さの面でもそうじゃな」
我ながら完璧な理論だ。ついでにライアスには前科もある。
「ま、遊び人の嬢ちゃんさえ良きゃじゃがの」
「んー、これー?」
遊び人のお姉さんが微妙そうな顔をしなければ、きっとライアスライダーが誕生していたことだろう。
「これって言うなよっ! と言うか、俺を巻き込むんじゃねぇ!」
「あれをまたやっては危険なのじゃから、代案を出さねば仕方なかろう!」
ライアスは多いに不満だったようだが、俺にも言い分がある。
「あっ……スレ様、また魔物が」
「ぬぅっ、あれだけ騒げば当然じゃの。まったく」
ただ、やはりモンスターは空気が読めなくて。
「ワシが出る。お前さんはクシナタ隊の嬢ちゃん達を頼むぞ、ドラゴラム」
俺は半分逃げるようにして再び竜へと変身するのだった。
とりあえず、8/31はお休みになりそうです。
次回第九十六話「やりすぎちゅうい」