強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第九話「勇者失格」

 

「ちぃっ」

 

 舌打ちしつつも俺がすぐさま動けたのは、最悪のケースとして想定していたからだ。

 

「あ、あぁぁ……」

 

 投げ出された銅の剣。

 

(なんでこう――)

 

 ひっ、と短く悲鳴をあげて身体を縮こまらせた少女は体当たりしてきたスライムによって尻餅をつかされ、恐怖の表情を浮かべて固まってしまっている。

 

「ピキ」

 

「はぁぁぁぁぁぁッ」

 

 尚も追加の体当たりを試みようとした最弱モンスターは鳴き声すら最後まであげられず木に激突して潰れた果実モドキと化した、俺の蹴りでだ。

 

(可能性はあったが、あれがトラウマになってたとはなぁ)

 

 これでは魔物を倒せる倒せないという以前の問題だった。

 

(あんな目に遭えば無理もないとはいえ……)

 

 戦闘力がほぼ皆無な街の人間でさえ魔物に襲われれば逃げ出そうとするだろうが、勇者は怯えてしまって逃げることすら出来なかったのだ。

 

(今回は俺が居たから何とかなったけど)

 

 一人だったらろくな抵抗も出来ず、たった一匹のスライムになぶり殺しにされていただろう。

 

(いや、その前に酒場の腕利きが助け出すかな?)

 

「あっ、あ、あぁぁ……」

 

 もっとも、助け出されたとしても今だ放心しっぱなしの少女が勇者として役に立つかと問われたなら答はNO。

 

(ったく)

 

 そして俺は、たまたま助けることがなければ勇者がこんな風になってしまったことさえ知らず暢気に待っていたはずだ、魔王が倒されるのを。

 

(いい気なモンだよな。何様なんだろうな、俺って)

 

 強く拳を握りすぎて、掌に爪が食い込んだ。気づけば俺は自分自身に激しい怒りを感じていたのだ。

 

「シャル、シャルロット」

 

 ようやく聞くことが出来た少女の名を呼んで、へたり込んでいた勇者の前に膝をつく。何と声をかけるべきだろうか。

 

(「もう大丈夫だ」か、それとも――)

 

 出来る限り安心させてやりたくて、だが言葉がなかなか定まらない歯がゆさともどかしさに焦燥した俺は。

 

「ごっ、ごめんなさい」

 

「うみゃぁぁぁっ」

 

「ぶっ」

 

 ばにーさんがお尻を触ったことで悲鳴をあげ、立ち上がろうとした勇者のヘッドバッド(かいしんのいちげき)をモロに喰らったのだった。

 

「釈明を……聞かせて貰おうか」

 

 当然ながら俺はおかんむりである。

 

「その、すみませんすみませんっ。無防備なお尻があると、つい」

 

 バニーさん、マジ厳粛破壊者(シリアスブレイカー)。と言うか、意思に反して痴漢行為してしまうとか、何それ怖い。

 

(あそびにんってのろわれてるんだろうか)

 

 じゃなくて。

 

「シャル」

 

 今は勇者のケアが第一だ。頭を振った俺はシャルロットに向き直るともう一度名を呼んで。

 

「う……あ……お、お師匠ざまぁぁ」

 

「まったく」

 

 ボロボロ泣きながら胸に飛び込んできた少女を受け止める。

 

(師匠を引き受けたんだから、相応のことはしないとな)

 

 魔王のような強者との戦いになれば俺は足手まといでしかないが、この段階なら出来ることはいくらでもある。

 

(最低でも勇者のトラウマは克服させる)

 

 それはけじめであり償いだ。

 

(トラウマの治し方なんて知っている訳じゃないけど)

 

 このままで良い筈がない。

 

「まず、修行内容を変えねばな」

 

「お師匠……様?」

 

 顔を上げ、きょとんとした表情をするシャルの頭に俺は手を置き逆に問うた。

 

「諦めるつもりか?」

 

「で、でもボク……」

 

「今すぐ戦えとは言わん。だがお前はまだ俺の弟子だろう?」

 

 まさかこんな事を自発的に言うようになるとは思わなかった、だが。

 

(そもそも今更見捨てられないもんな)

 

 言い訳は逃げだろうか。だとしたら俺はたいして変わってない、気づいたらルイーダの酒場に居た時から何も。

 




はい、主人公覚醒(成長)回でした。
勢いで書いてたらうっかり打ち切りエンドしちゃうところだった。
危ない危ない。

勇者として致命的なトラウマを抱えてしまったことが発覚、果たしてシャルロットはトラウマを克服出来るのか?

そして、変更される修行の内容とは?
主人公の逃げる気どこ行った?

そんな感じで続きます。

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