「見えた、あそこがバハラタじゃ」
距離がそれ程離れていないこともあって飛翔時間は短めだが、徐々に大きくなる町を指をさして仲間に告げるには充分すぎる。
「あれがバハラタでありまするか?」
「うむ。町の端を聖なる川が流れておってな、身を清めることが出来ると言われておるらしいの……他にも」
クシナタ隊のお姉さん達にとっては初めての町だ。前回の滞在した時間は長くなかったが、俺は覚えていることをガイド宜しく解説しながら、着地の姿勢を作る。
「残りは後じゃ、そろそろ着くぞ。着地の姿勢を」
飛び立つ時のことを鑑みれば、もう注意を促すことだって不要かも知れないが、念の為に俺は声をかけ。
(うん、大丈夫そうだな)
ついでに周囲を見回して密かに安堵する。女性比率が多いと意図しない事故が起きた時、社会的に殺されかねないのはここ二日のライアスを見れば明らかだ。
(まぁ、スレッジに関しては遅すぎる気もするけど)
シャルロットの前へクシナタ隊のお姉さんと一緒に降り立ったことは忘れていない。
(あれはわざとだからなぁ)
説明したからこそクシナタ隊のお姉さん達が俺を白眼視することはないが、理由がなかったりライアスのような第三者が居て弁解出来ない状況では話が異なってくる。
「ほっ……さて、皆大丈夫かの?」
スタンッと軽快に着地を決めた俺は、即座に周囲を見回し確認を取った。
「特にライアス」
「名指しだと?!」
「当然じゃろ、お前さんには前科があるからの」
約一名驚いているようだったが、むしろ何故驚くかが謎である。
「うぐぐ」
「まぁ、何事もなしなら重畳というもの。流石に消耗しておるじゃろうし、既に言ってある通り今日はここで宿をとる」
夕食の時間までは自由行動と説明し、隊を幾つかの班に分け、何人かにお小遣いとしてゴールドも手渡す。
(何というか修学旅行みたいだよなぁ)
シャルロット達の時のお忍び休暇と比べると人数も多いのだ。グループ分けは必須だったと思うのだが、謎のデジャヴを感じてしまう、ただ。
「行きましょう、ライアス様」
「お、おぅ」
班の一つにライアスが誘われて行動を共にするとは思わなかった。両手に花というかどう見ても「ハーレムパーティー」とか言われるモノだった。
(ハゲればいいのに)
班員にライアスの上に落ちてきてしまった娘さんが居たので、それが理由なのだろうが、ここは万国共通であろうお約束に従い、一応呪詛を放っておく。
「はぁ……」
ちなみに俺は一人だ。誘ってくれる班は幾つかあったのだが、どれかに加わると他から不満が出そうと言うのもあってこうなった。
(まぁ、それは表向きの事情なんだけどね)
ゲームではこの町の娘さんが悪人に掠われるというイベントがあったのだ。そんな町にクシナタ隊のお姉さん達が訪れたらどうなるか。
(人攫いなら「カモが集団でやって来た」とでも思うんだろうなぁ、普通は)
ライアスのついてる班は心配ないと思うが、他の班は万が一の事態があるかも知れない。よって、何かあった時の動きやすさを考えたのがこの状態なのだ。
(ぼっちじゃない、俺はぼっちじゃない、ぼっちじゃない、ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない)
口に出したら不審者なので、心の中で繰り返しながら教会を囲む塀を背に俺は佇む。
(ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない)
繰り返している内に悲しくなってきたのはきっと気のせいだと思う。
(ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない、俺じゃないぼっちは、俺はぼっちじゃない、ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない、あれはポチじゃないお隣のペスだ、ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない、俺じゃないぼっちは、ぽっちじゃない俺は俺じゃない、そうだ、俺は――俺がぽっちだっ!)
気がつけば、俺は両手を握りしめ目を見開いていた。
「そう、俺がぽっち――って、誰がぽっ」
思わず素になりつつ、自分にツッコミを入れようとした時、だった。
「うおわっ」
鎧甲冑に身を包んだ男がひっくり返ったのは。
「ぬ」
「痛てて……」
普通、こういう時ラブコメなんかだと可愛い女の子と出会うパターンだと思うのだが、現実は非情すぎた。
(えーと)
俺が遭遇したのは、動く甲冑のモンスター、さまようよろいを彷彿とさせる甲冑の男。
(何で俺だけこういう展開なんですか、やだーっ)
だからと言って、これでこの男が「何ぼーっと見てんのよ、手くらい貸しなさいよね、ばかっ」とかバイザーから微かに見える顔を赤らめさせて言ってきたら俺はきっと殺人事件を起こす自信がある。
(と言うか、あれだよな。このさまようよろいの色違い……どう考えても)
うろ覚えの原作知識でもはっきりと覚えている、この町で誘拐事件を働いた男の部下でおそらく間違いはない。
(けど、このタイミングで誘拐って言うのも謎だよな)
目の前の鎧甲冑を率いている男カンダタは、ロマリアで金の冠を盗み、勇者達に懲らしめられるまでは別の場所で悪事を働いているはずなのだ。
(ひょっとして……いや、こいつを捕まえて吐かせた方が早いか)
想定外の展開であるが、見つけてしまった以上、放置は出来ない。
「ひょひょひょ、不幸な奴じゃ。まぁ、これも運命と諦めるのじゃな」
ついでに言うなら、行き場のなくなっていたフラストレーションをぶつける相手がお越しくださったのだ。丁重に歓迎しなくては沽券に関わるというモノでもある。
「んだぁ、この爺? 何とぼけたこと言ってやがる? 俺を驚かしておいて、ただで済むとは思うなよ?」
眼前の男は、いきり立っているようだったが、知らないというは不幸かそれとも知らぬが仏なのか。
(うーむ、こいつのHPってどれぐらいだったかなぁ? オーバーキルしちゃ不味いし。うん、まずラリホーかな?)
迷ったあげく、俺は密かにラリホーの詠唱を始めるのだった。
カンダタこぶんA、詰む。
次回、第百話「蟷螂の斧」
老人は労わりましょう