強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百五話「バハラタ東の洞窟」

 

「ふぅ……ん?」

 

 何度目になるか解らない襲撃者達を骸に変え、ゴールドを探し始めた商人のお姉さんにバトンタッチした後だった、それの存在に気づいたのは。

 

「やはり魔物を避けないと少々手間がかかったな」

 

「スー様、あれが?」

 

「ああ」

 

 視界の端に見えたのは、森の中にひっそりと口を開けた洞窟で、同じモノを発見したらしいクシナタさんに頷きを返す。

 

(間違いはないよな、たぶん)

 

 外見だけなら自然の洞窟のようにも見えるが、カンダタ一味のアジトであることは原作知識とバハラタで尋問した甲冑男の情報からほぼ確定と見ていい。

 

「ここから先は足音を殺して行く。中の連中に気づかれて人質を取られたら厄介だからな」

 

「「は、はい」」

 

 了承する声を背中に洞窟に足を踏み入れた俺は、宣言通り忍び足で階段を下りると短い通路を進んだ先で立ち止まる。

 

(部屋かぁ、魔物や一味の人間が居ても不思議はないよな)

 

 魔物ならまだいい、だが相手が人間だったらどうするか。

 

(俺に出来るんだろうか、人を手にかけることが)

 

 ここは敵の本拠地なのだ、敵に遭遇したなら出来るだけ早く制圧しなければ侵入者の存在を知らされかねない。

 

(一瞬の躊躇が致命傷にだってなりかねない……せめてラリホーであっさり眠る相手ならなぁ)

 

 甲冑男が対象を眠らせる呪文に抗って見せたことを鑑みるれば、同じように抵抗されて異変を知らされる可能性がある。

 

(シャルロットはとっくに乗り越えた壁なんだし、あんな女の子手を汚させておいて自分だけ何て最低だとは思うけど)

 

 躊躇ってしまうのではないかという不安が消えない。だが、こんな所で立ち止まり続ける訳にもいかなくて。

 

(とりあえず、敵からの襲撃に警戒しつつ、物音にも気をつけ先手をとれることを心がけるしかないか)

 

 耳を澄ませ、物音がしないことを確認してから通路の出口――部屋の中を俺は覗き込む。

 

(うん、敵はいな……うわぁ、いきなり分岐ですか)

 

 最初の部屋はほぼ正方形で正面と左右に通路が延びていた。

 

(と言うか、このパターンのダンジョンで無限ループになるやつが記憶にあるんですが)

 

 ナンバリングが別のドラクエだった気がするので、ここは通路が無限に続く何て展開など無いと思いたいが。

 

(うーん、一応目印でもつけておくべきか。けど、変に細工すると魔物や一味にそれで侵入者の存在を気取られるかも知れないし)

 

 こういう時スパッと決められないのも俺の弱さだろうか。

 

(仕方ない、迷路でお約束のアレをやるに止めよう)

 

 このまま棒立ちしているとクシナタさん達から不審に思われるであろうし、いつまで経っても進めない。心理的には半ば諦めるようにため息をつきつつ、実際にはポーカーフェイスを保って、俺は歩き出す。

 

(とりあえず左側から行ってみよう)

 

 壁に片手を添えたままで。一部の迷路を除いては必ず出口にたどり着けるという攻略法を用いた訳だが、この洞窟が攻略法に対応していないダンジョンではないと信じたい。

 

(さてと、この通路の先は……)

 

 音は立てず、出来るだけ周囲の音は拾い進んだ先は、おそらく部屋。

 

(って、えーと)

 

 ただ、その部屋はもの凄く今し方見た様な形状で。

 

(まさか、無限ループ?)

 

「きゃ」

 

 俺は慌てて後ろを振り返り、視線が思わず声を漏らしてしまったお姉さんのモノとぶつかる。

 

「……すまん」

 

 驚かせてしまったのは、どう見ても俺のせいだ。出来るだけ小さな声で謝ると同時に片手でお姉さんを拝む。

 

(冷静にならないと)

 

 わざわざ忍び足で歩いているのにお姉さんに悲鳴をあげさせていたのでは、意味がない。

 

(そもそもまだループって決まった訳じゃないし、たかだか犯罪者達のアジトに無限ループなんて大がかりそうなしかけがあるとも思えないよな)

 

 これが魔王の城とか妖精の森なんていかにも不思議な力が働いていてもおかしくなさそうなダンジョンだったら、説明もつくが、ここをねぐらにしているのは人間の筈なのだ。

 

(いざとなったらリレミトで脱出だって出来るんだし、まずは調べてみよう。壁に手をついたままなら、さっきの部屋では階段のあった通路からがセオリーだよな?)

 

 もちろん、また急に動いて後続者を驚かせないようにゆっくりと。

 

「……は……な」

 

(ん?)

 

 ただ、部屋に踏み込み二歩ほど進んだところで、どこからか聞こえてきた声に足を止める。

 

(カンダタ一味か?)

 

 この状況下で、調べるつもりだった通路を見に行く気はない。

 

(確認しておこう。殺さず捕まえることが出来れば情報も手にはいるかも知れないし、放置するのは危険すぎる)

 

 覚悟の方はまだ完了していないが、それはこちらの事情である。

 

(方向からすると、こっちの部屋か。……それにしても)

 

 緊張からか手の中に嫌な汗が滲んでくる。

 

(何だろうな、この居心地の悪さのようなモノは)

 

 ただ、敵を蹴散らして進めばいいいつもとは違う状況から来るものだろうか。

 

「……ったく、愚かなものだ、人間共は」

 

(は?)

 

 そんな推測は、声の主が再び呟いた瞬間、吹き飛んで。

 

「しかし、妙だな。あの人間共がゾーマ様の脅威になるとは思えん」

 

(ちょっ)

 

 魔王を飛び越して、大魔王の名前が出てきた時点で引きつった。

 

(うあああっ、何で忘れてたっ)

 

 カンダタ一味とか、はっきり言ってどうでもいい。

 

(くそっ)

 

 俺はあっちへ行けと言うジェスチャーを後ろに送ると全力で前にかけ出していた。

 




主人公が取り乱した理由、そして声の主の正体とは?

次回、第百六話「致命的失敗」



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