強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百六話「致命的失敗」

「バイキルト」

 

 走りながら小声で呪文を唱え、通路の先にあった部屋へ飛び出す。

 

「な」

 

 驚きの声を上げて固まったのは、目視出来る距離まで近寄ったはずだというのにシルエットのままの存在。

 

(やっぱりこいつか)

 

 魔物の名を「あやしいかげ」と言う。何らかの魔物が化けているという設定で、特定の魔物を除く魔物達の内からランダムで正体の選ばれる魔物なのだが、この時何が化けているかに先頭のキャラのレベルが影響する。ランダムではあるものの、出てくる魔物の強さの上限がこちらのレベルで決まるのだ。

 

(くそっ、よりによって――)

 

 俺の憑依先はレベル99、つまり大魔王の城を闊歩してるような魔物が正体でも不思議はなく、実際この魔物は大魔王の名を口にしていた。もし俺の想像通りなら、クシナタさん達では狩られる獲物になりかねない。

 

「でやあっ」

 

「がっ」

 

 念のために攻撃力を倍加した一撃を振り抜き、漏れた声に一瞬遅れて影の胴から上が滑り落ちる。

 

「ふぅ……ちょっ」

 

 一撃で仕留められたと言うことは、最悪の部類では無かったという事なのだろう。俺は安堵の息をついて視線を骸にやると、紫色のローブに包まれた上半身を見て思わず声を上げた。

 

(えーと、アークマージだっけ……)

 

 明らかに魔法を使いますよと言わんがばかりの格好で横たわるソレは俺の記憶が確かならイオナズンの呪文を使ってきたきた気がする。

 

(単体で良かったぁ)

 

 高威力の範囲呪文を覚えていても唱える前に斬り捨ててしまえばいいだけなのだが、こいつは蘇生呪文のザオリクも使うのだ。数が多ければ、倒した端から蘇生されて数が減らないなんて状況に陥っていたかもしれない。

 

(けどどうしようなぁ、この先……)

 

 桁外れに強い魔物が化けている理由は、足下に横たわるアークマージの口ぶりからして自分の強さが相応な強者の存在を知覚し探していたからなのだろう。

 

(一応桁外れに強い敵が出てくる説明はつくけど、となると「あやしいかげ」の出る地域ってのは大魔王が情報収集の為地上に張っている網って事だよな)

 

 せっかくここまでバラモスの目を誤魔化してきたというのに、ここで大魔王に注目されるようなことになったら意味がない。

 

(ゲームの仕様通りならレベルが一定以下の場合は脅威無しと見てスルーするんだろうけど、この辺りに派遣するには強すぎる部下が未帰還の状態なら普通は原因を調べるだろうし)

 

 地面に横たわる骸を無かったことにするのは、不可能だ。

 

(早まったかな、これは)

 

 声を耳にした時点では、まだ見つかっていなかったのだから、引き返すのが正解だったのだと今更ながらに思う。

 

(それで、クシナタさん達だけで突入して貰えば、こういう強敵は取るに足りない相手と見てスルーしただろうし)

 

 転職の出来るレベルまで強くなっているお姉さん達ならカンダタ不在の一味とであれば戦って勝つことだって難しくない気がする。

 

(ともあれ、こうなってしまったら選択肢は他にないよな)

 

 俺はしゃがみこんでアークマージの死体からローブと覆面をはぎ取ると、荷物から針と糸を取り出す。

 

(裁縫はあんまり得意じゃないんだけどなぁ)

 

 胸中でぼやくが、ローブごと両断してしまったのは、俺だ。何とか見られる姿に戻す為、一人布地と格闘を始め。

 

(よし、だいたいこんなとこ――)

 

「スー様?」

 

「っ」

 

 不意にかけられた声へ俺が振り返ったのは、応急処置レベルの修復がいくらか済んだ後のことだった。

 

「下がれと手で指示しただろうに」

 

 などと言う訳にもいかない。縫い物に気をとられてクシナタさん達と合流することを忘れていたのだから。

 

「この洞窟には『あやしいかげ』が出没する」

 

「えっ」

 

「あ、あやしいかげと言うとスー様が一番警戒するように言っていた、あの魔物でありまするか?」

 

 とんでもない強敵といきなり遭遇しかねないと言うことで、事情を打ち明けた時クシナタ隊のお姉さん達には、要注意モンスターとして、その特性は説明しておいた。

 

「ああ。その結果がこれと……あれだ。本来なら大魔王の城で遭遇する魔物なのだがな」

 

「ひっ」

 

「うっ」

 

 頷きつつアークマージの死体を示せば、クシナタさん達は息を呑み、内の一人が口元を抑えてしゃがみこむ。

 

「――だいたい、そう言う訳だ。俺の強さをどうやってか朧気ながらでも察知して、探していたようだな」

 

 酸っぱい匂いのし始めた殺害現場から隣の部屋に移動した俺は、アークマージのローブを着込みながら、見聞きしたこととそこから推測したことをお姉さん達に語った。

 

「故に、このまま俺が同行するとかえって救出は難しくなるだろう。それにあのアークマージの仲間がうろついている可能性も高い」

 

 だからと続けた俺は一つの提案をする、ここで一旦別れようと。

 

「スー様、それはどういうことです?」

 

「このままでは救出に支障が出ると言うことだ。お前達はバハラタに一旦戻って仲間を増やし、準備をしてから戻ってきてくれ」

 

 ゲームではあやしいかげの正体に影響するのは先頭のキャラのレベルだけだったと思うが、俺がアークマージを倒してしまったこの状況でも通用するかは解らない。

 

「分散すれば、実力的に格下のお前達はスルーするはずだ。そのうちに俺はこの格好でアークマージ達の方をなんとかする」

 

 この洞窟に至るまでにマホトラの魔法で精神力を魔物から拝借し、いくらかの呪文は使えるレベルにまで俺の精神力も回復している。

 

「ついでにこの大荷物も処分しないとな」

 

 言いつつ布の服で巻いた死体を示す。

 

「しかし、スレ様それでは――」

 

「問題ない、俺には忍び歩きがある。こっちが仲間のアークマージを先に見つけ、モシャスで強さを偽装して偽の報告をすればそれで終わりだ。それらしい奴を見つけたから追いかけて外に行くとでも言っておけば、しばらくは誤魔化せるだろう」

 

 一時しのぎに過ぎないし、報告を受けた先方が予想外の反応をしてくる可能性もあるが、他に方法も思いつかなかった。ついでにこの格好でカンダタ子分を襲撃することぐらいしか。

 

(アークマージをカンダタ一味が敵と認識すれば、あいつらもこちらの探索だけに構っていられなくなるはず)

 

 一味の人間には踏んだり蹴ったりだろうが、これまでの行いが行いである。

 

「本当に危なくなったらリレミトで脱出も出来るからな、俺のことは気にしなくていい」

 

「ですが」

 

「スー様っ」

 

「大丈夫だ、心配するな」

 

 異論はありそうだったが、押し切った。

 

(そもそもアークマージのふりをして誤魔化すなら一人じゃないと都合が悪いもんなぁ)

 

 そして上手く騙せるかは、俺次第。

 

「ではな、このローブを脱いだ時にまた会おう」

 

 別れを済ませ、引き返す先は洞窟の中。俺の長い一日が始まろうとしていた。

 

 




想定外の事態に一人洞窟へ残る主人公。

果たして偽装報告の策はうまくゆくのか?

次回、第百七話「アークマージな潜入生活一日目」


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