「……暇だ」
ポツリと漏れてきた声に足を止めたのは、それが自分の発言では無いからだった。
(人の言葉、かぁ……ま、ないな)
一瞬だけアークマージの可能性を考えて早々に遺棄する。強者の気配を察知して探しているなら、罠でもない限りそんな気の抜けた発言は漏らさないだろう。
(罠だとすれば声の主が囮で、気づいたら包囲されてましたってパターンが妥当だろうなぁ)
耳を澄ましてみても物音がするのは声の方向からだけ。
(まだ気づいていないなら、何者かだけでも確認しておくか)
この洞窟には、魔物の他にカンダタ一味も居るのだ。
(と言うか、どんなモンスターが出てくるか覚えてればなぁ……)
たらればは禁物だと思うが、あやしいかげが出てくると分かればやりようはいくらでもあったのだ。俺は同行せず、代わりに装備をクシナタ隊のお姉さん達に貸し出し、装備の性能によるごり押しで解決して貰う、など。
(なら、せめてこの洞窟に生息する魔物の種類ぐらいは調べておかないと)
これは今洞窟にいる俺にしかやれないことだ。汚名返上にはほど遠いが、あやしいかげ探しのついでに出来ることでもある。
(声からして人型の魔物か人間の可能性が高いとして……この世界だとどんな魔物が居たかな? ドルイド、バンパイア、げんじゅつし……)
頭が無くて胴体に顔のある魔物を人型にカウントしてるのはご容赦願いたい。と言うか、思い出そうとすると意外と少なくて驚いた。
(あんまり強すぎる奴は出て来な……い訳でもないな。あやしいかげだったら)
油断と思いこみは禁物だろう。
(何が来てもいいようにしておかないとな)
正体が判明してから咄嗟に動いたのではアークマージの時のように判断を間違える恐れもある。
(そーっと、そーっと……は?)
抜き足、差し足。音を立てずに通路を進んで、俺が目にしたのは、壁にもたれかかってぼーっとしている覆面マント姿の男だった。
(カンダタ? 帰ってきてたのか?)
少なくともシャルロットのおやじさんでは無いと思う。アークマージを追っかけてアレフガルドから戻ってきたなんて超展開があったとしても、こんな所でぼーっとはしていないだろう。
(と言うか、カンダタだとしても変だよな? こんなところで親分が手持ちぶさたに立ってるなんてのは)
むしろ見張りに立たされてる下っ端の行動っぽいが、カンダタのこぶんは甲冑姿だった気がする。
(となると、さつじんきかな?)
消去法であり得なさそうなモノから消して行くと残ったのは、カンダタの色違いなモンスターだけなのだが。
(あれってもっと後の方で出た気がするんだけどなぁ)
どうやら記憶違いをしていたらしい。
(実際に存在するんだから、俺の記憶違いだったって事だよな)
原作知識がうろ覚えだとこういう時、厄介だと思う。
(ましてや、記憶なんて時間が経つに連れて劣化するもんな。クシナタ隊のお姉さん達にあったら幾つかの情報を訂正しておかないと)
そしてもう一つ、この洞窟のアークマージではないが、今後はクシナタ隊の中から斥候部隊を編成して先行して貰った方がいいかもしれない。
(もうここは手遅れかも知れないけど、あやしいかげが出るのはここだけじゃないし)
呪文の使えなくなる地下を使って狩りをしたりしたから、ピラミッドに出没するのだけは覚えてるのだが、こことあわせて二カ所だけとも思えず。
(うーん。ま、それは追々考えるとして――)
かといってすぐに思い出せるとも思えなかったので、俺は意識を切り替える。
「しっかし、本当に暇だな。ネズミでも忍びこんでくりゃ楽しめるのによぉ」
(まずはこっちだよなぁ)
独り言を呟いた覆面の変態は、そのネズミに気づいた様子がない。
(さつじんきって事は既に人を殺してると見て良いよな)
変態で人殺しとかつくづく救えない存在であると思う。
(更なる犠牲者を防ぐなら、ここで倒しておくべきかもしれないけど)
まだクシナタさん達が戻るのにも時間がかかる段階でやるのは危険すぎる。
(誰かが目の前で殺されそうにならない限りは保留するしかないかぁ)
ラリホーの呪文を試して見るのも考えたが失敗して騒がれたら不味い。
(とりあえずここに見張りが居ることだけ覚えて、次に行こう)
重要なのは、背中に背負った死体のお仲間に俺の存在を悟られぬよう誤魔化すことである。手にした地図に印を付けると、俺はその場を静かに立ち去ったのだった。
次回、第百九話「アークマージな潜入生活二日目」