強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百十六話「蹂躙」

 

「ふと思ったのだ、何故このような場所で人間共のお守りをして燻らねばならんのかとな」

 

 地面に伏したままのあやしいかげへ無造作に近寄りながら、周囲に散乱する魔物のパーツをまたぐ。

 

(吸血鬼かその色違いってところか)

 

 猫の前足と一体化したモノ以外のコウモリを思わせる翼とタキシードっぽい衣服へ包まれた身体の一部にあやしいかげの正体を察した俺は、立ち止まると黒いシルエットのままの体躯を殺さないよう加減して、踏みつけた。

 

「ぐふっ」

 

「あの人間共が脅威となるとは思えん。上手く使えば情報を仕入れる助けにくらいは使えるであろうが、それならば連絡役をつけておくぐらいで事足りる。ならばなぜ、私はこんな場所で無為に時を過ごさねばならん?」

 

 普通に考えれば、この洞窟にアークマージを配するなど過剰戦力も良いところだ。

 

「これが私への正当な評価だというなら……ゾーマ様いや、ゾーマへ返す私の答えだ」

 

「うっ、く……」

 

 少々強く踏みつけすぎたのか足下で呻くだけの影法師に足を乗せたまま、俺は言葉を続ける。

 

「伝えておけ。私を軽んじたこと、後悔させてやるとな。その為に貴様は生かしておいたのだ」

 

 フンと鼻を鳴らして足を退け、歩き始めながら何気なくを装って洞窟の壁や天井へ視線をやる。

 

(どうやらこの分だと、派手にやらかし過ぎなきゃ呪文を使っても落盤の危険はなさそうだな)

 

 よくよく考えると攻撃呪文でどうにかなるような構造なら、洞窟に攻撃呪文を使う魔物を配備する奴はただのアホと言うことになる。

 

(ま、気にせず動けるならこっちもその方が都合が良いんだけどね)

 

 アークマージのフリをしている以上、使える呪文は限られている。攻撃呪文のイオナズンが洞窟だから使えないなんてオチになったら、人間の俺に出来るのは物理攻撃だけだからだ。

 

「あひゃひゃひゃひゃばべっ」

 

「ま、物理だけでも何とかなる訳だがなっ」

 

「フシャァァァッ」

 

 たまたま視界に入った笑い狂う顔つきの袋を忍び寄って踏み抜くと、そのわらいぶくろの骸ごと地面を蹴って飛び、空中で威嚇する先程の魔物と色違いである皮膜を持ったオレンジ色の猫目掛けて腕を振り上げる。

 

「はあっ」

 

「ブギャッ」

 

 叩き付けた腕に嫌な感触を残して悲鳴をあげたキャットフライの身体がひしゃげ、洞窟の壁に赤色をぶちまける。

 

(うわぁ……こっそりバイキルトかけたとは言え、素手でこれって)

 

 自分でやったことながらえぐい光景に顔を引きつらせるが、素の攻撃力ではアークマージのような強敵が出てきた時に対応出来ないのだから仕方ない。

 

「何だ、一体何があっ……あ?」

 

「どうし、うげっ」

 

「っ」

 

 魔物の断末魔を聞いたのか、それともさっきのイオナズンの爆音を聞きつけたのか。通路から飛び出してきて凄惨な光景に立ちすくむ覆面マントの変態二名を知覚した俺は我に返って走り出す。

 

「ふはははははっ」

 

 走りながら高笑いし。

 

「あ……なばっ」

 

「がふうっ」

 

 翼のように広げた両腕で、固まった変態二名の首を引っかける。なんちゃってラリアットだ。

 

「ふむ、両腕を攻撃に使えば一度に二人までは距離次第で仕留められるか」

 

「う、うぅ……」

 

 ポツリと呟く俺の足下で呻き声がするのは、猫の魔物でやりすぎを自覚して手加減したからなのだが、どうやら上手くいったらしい。

 

(そもそも、生きてアークマージに襲われたって証言して貰わないといけないからなぁ) 

 

 カンダタ一味のみの編成で出てきたならば、最初から殺すつもりはない。

 

(魔物とセットで出てきた時は口封じしないといけないんだろうけど)

 

 犯罪者とは言え殺人は抵抗がある、だから――。

 

「メダパニ」

 

 再び足音を殺して進み、魔物とカンダタ一味の混合パーティーを見かけた俺が物陰から唱えた呪文は、対象を混乱させる呪文。

 

「ヴヴヴヴヴヴ」

 

「ん? おい、ど」

 

 突然羽根を激しく動かした昆虫が放出した熱に覆面マントの言葉が遮られる。

 

「ぎゃあああっ」

 

「なっ、てめえ!」

 

 ギラの呪文で不意をつかれて顔面を焼かれたさつじんきが地面をのたうち回り、たまたま呪文の範囲から免れていた別の男が瞳に敵意を宿して絶賛混乱中な昆虫の魔物に向き直った。

 

(……計画通り)

 

 たぶん同じ要領で同士討ちさせていけば、カンダタ一味と魔物達の間に亀裂を生じさせるのは簡単だろう。

 

「死ねぇっ」

 

「とち狂いやがって虫けらがぁっ!」

 

「ブブッ」

 

 斧を振り下ろされて、空から落とされたハンターフライが、顔に火傷を負いいきり立つ変態にトドメを刺されて動きを止める。

 

(あとは、この調子で混乱を広げていけば問題ないな)

 

 ジーン達には下階に近い場所へ移動するように言ってあるので、この騒ぎに巻き込まれる可能性は低い。

 

「メダパニっ」

 

 最初の同士討ち演出に手応えを感じた俺はしのびあしで進むと、今度は魔物の脇に立つ覆面マントの男に向けて呪文を唱えた。

 

「ん、今何か聞こえ……待て、人間何をすぎゃぁぁぁっ」

 

 黄緑色の胴に顔のある魔物が覆面マントの男に斧でかち割られて断末魔をあげ。

 

「がっ」

 

(……これでよし。さてと)

 

 別の場所では不意をついて人語を話すあやしいかげに忍び寄って一撃で仕留めてから、声色を出来るだけ真似て叫ぶ。

 

「誤解だ、我々は裏切ってなど……ぎゃああっ」

 

 断末魔はサービスだ。お代は更なるパニックで結構。

 

「消え去るがいい、イオナズン」

 

 次の部屋では問答無用に魔物の群れの中央で呪文による大爆発を引き起こし。

 

「ぐほっ」

 

「貴様等のような雑魚のお守りはうんざりしたのだよ」 

 

 まだ事態に気づかず、ぼーっと立っていた覆面マントにはすれ違いざまに膝蹴りを叩き込んでから通過する。

 

「マホトラっ」

 

「ヴ?」

 

「さらばだ、イオナズンっ」

 

 呪文で精神力を奪われた虫の魔物は振り返った瞬間、仲間達と共に爆発へ飲み込まれ。

 

「何だ、何が起こっている?」

 

「裏切りだ、魔物共が裏切ったぞ!」

 

 何処かで上がる叫び声が、パニックの広がりを伝えてくれていた。

 

(そろそろ仕上げに移るか)

 

 もうそろそろいいだろうと、成功を確信し、足音を殺すのを俺は止め。

 

(魔物達はこっちに引っ張ってこないとな……よしっ)

 

 作戦を第二段階へと進める為、走り出た。

 

 




もう、主人公(アイツ)一人でいいんじゃないかな?

次回、第百十七話「手の込んだ誘引」

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