「嫌ぁぁっ」
「ううっ、ごめんなさいっ」
反射的に後ろを見ず出した勇者の後蹴りを謝りながらバニーさんが半身をずらし紙一重のところで回避する。
(しゅぎょうのせいかがでてきたといえばいいのかなぁ)
どんどん動きが良くなって行くシャルロットのお尻が犠牲になった数は両手の指の数をそろそろ越えようとしていた。
もちろん、数えたくて数えた訳ではない。
「うきゃぁぁぁっ」
そう、勇者が悲鳴をあげるたびにモンスターが乱入したのではと声の方を見ていた結果なのだ。
「ごっ、ごめんなさい」
「はぁはぁはぁ……んうっ」
「あの……」
走り回って息を乱した勇者の身体がビクんとはね、手を放したバニーさんは何か言いたげにこっちを見てくる。
(えーと、まさか確認とか?)
好きにして良いとは確かに言ったが「ここからお子様にはとても見せられない真似を繰り広げちゃうけど約束だからやっちゃっても良いよね」と言うことなのだろうか。
(くっ、バニーさんを甘く見ていた俺のミスか)
などと一通り戦慄した俺は、鷹揚に頷いた。
「そうだな、休憩としよう」
「は、はいっ」
すぐに同意が返ってきたことからするに、さっきの視線は「そろそろ休憩にしませんか」で合っていたらしい。
(はっはっは。おれのめがあるのに、そんなえろてんかいあるわけないじゃないですか、やだー)
おわかりかはと思うが、戦慄辺りから現実逃避のおふざけである。
「念のため薬草を使っておけ」
バニーさんは何度か蹴られていたし、勇者だって逃げる途中で枝に引っかけたりして傷を作っていても不思議はない。
俺は二人に指示すると、休憩時の安全を確保する為、魔物除けの効果がある聖水の瓶を取り出すと中身を周囲に振りまいた。
「これでよし」
時間的な意味でどれぐらい効果があるのかはまだ検証していないが、効果が切れてモンスターが出たとしても蹴散らせば済むだけの話だ。
(なんだか精神的に疲れたからなぁ。MP減ってないと良いけど)
ポーカーフェイスを保ちキャラを作ってるのが、思いの外きつい。自業自得ではあるものの。
(そう言えば勇者達って俺のことをどう思ってるんだろう)
あまり親しくなりすぎてパーティーが俺離れ出来なくては困る。少し距離を開けようと言うのも勇者の嫌がりそうな修行を選択した理由なのだが。
「ままならんな」
嫌われようとすると心が痛むのだ。俺は俺で勇者に情が移ってしまったのかも知れない。
(別れはかならず来るというのになぁ)
パーティーメンバーはゲームなら最大四人。俺が途中で抜けることを踏まえるなら俺の代理ともう一人用意する必要がある。
(正確には俺が代理だよな)
バニーさんには賢者になって貰うとして、問題は残り。
(俺が表立って賢者の呪文を使えないことを考えると呪文の使い手が一人は要る)
回復呪文の使い手である僧侶にするかそれとも攻撃呪文のエキスパートである魔法使いにするか。
(どっちにしてもルイーダの酒場に行くのは確定だけど、顔を出したらルイーダさんにからかわれるよなぁ)
こっちも弱みを握っているので、からかわれる以上のことは無いと思いたいが。
「お師匠様、お師匠様?」
「ん?」
「あの、ご主人様……そろそろ修行の再開を」
考えている間に随分時間が経っていたらしい。
「そうだな、すまん。ルールに変更は無しだ」
「はい。それじゃ、今度は捕まらないからね?」
「は、はい……」
流石にバニーさんも今度はフライングしない。
(そして始まる「セクハラ鬼ごっこ」かぁ)
バニーさんが居たからこそ成立したこの修行方法だが、俺は複雑だった。
(今だからこそ良いけど)
もし勇者がトラウマから立ち直りまともに戦闘出来るようになったなら、バニーさんのセクハラは数少ないレアケースを除いて戦闘の邪魔でしかない。
(うん、バニーさんには一日も早く賢者になって貰おう)
このままだと俺も目と耳のやり場に困る。
「うひゃうっ」
「ごっ、ごめんなさい」
悲鳴を聞きつけて反射的に勇者の方を見た俺が目にしたのは、謝りながらもしっかり両手で勇者のお尻を触っているバニーさんの姿。
(さっきまで片手だけが精一杯だったのに――)
駄目だあいつ、成長してやがる。
(賢者にしないと、早く賢者にしないと……)
俺は呪文のように繰り返すと掌で顔を覆い。
「ふぅ」
思わずため息を洩らしたのだった。
今のところバニーさんのセクハラレベルしか上がってるように見えないまま、まだ終わらない修行回。
この作品、どこに向かっているのか、そもそもこの修行って勇者にも本当に効果があるのか。
酷い光景の中主人公が脳裏に描き始めるのは、未来の勇者ご一行の図。
主人公の考える三人目(主人公の後釜)と四人目とは?
次回「十六回」(予定サブタイトル)にご期待下さい。