強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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番外編9「任務、託されて<前編>(クシナタ視点)」

「っ」

 

 スー様、と喉まで出かかった声を私は飲み込みました。覆面とローブで姿をお隠しでも間違う筈がございませぬ。そも魔物なればあれ程急いで洞窟を飛び出してくる理由も無きことにて。

 

「えっ」

 

「あ」

 

「皆様、お静かに」

 

 一緒にバハラタで見た人攫いが居ることのみ気になりましたが、ここで魔物達に気づかれては身を挺して魔物を誘き出して下さったスー様に申し訳が立ちませぬ。私は自分を律して皆に注意し、身を伏せまする。

 

(スー様、未熟な我が身でスー様を案じるなど烏滸がましいこととは思いまするが、どうぞご無事で)

 

 まずは魔物が去りし姿を見届けること。スー様の背を見送ることも出来ませぬが、掠われた方々を救うことこそ私達の役目。

 

(一体どのような魔物が――)

 

 スー様を追ってこれから出てくるのは、託して下されたお手紙にある私達ではかなわぬと記された魔物達。以前お教え頂いた「あやしいかげ」なる魔物の特徴からすると、見た目はただの影法師聞き及んでおりまするが。

 

「グルォォォ」

 

「ひっ」

 

「ひぃ」

 

「あ、あぁ……」

 

 ただ一つの咆吼だけで、私達には充分でございました。腰を抜かす娘、放心した娘、地に伏せて震え出す娘。

 

(やまたの……おろち)

 

 隊の皆が一瞬にして震えるだけの無力な女子に戻ったことを責めることなど出来ませぬ。それは、私達にとって恐怖の象徴。

 

(ジパング以外にも居たなんて……し、しかしスー様ならば)

 

 スー様が私を喰らおうとしたおろちを追いつめたのは、つい先日のことでありまする。

 

(スー様が負ける訳はありませぬ。ならば、私達は為すべき事を為すのみ)

 

 己が両の頬を叩いて気合いを入れ直すべきかも知れませぬが、洞窟の入り口から未だ魔物が吐き出される中、音を立てるのは下策。

 

(あの魔物達が出払ったらなら……)

 

 魔物がまだ溢れてくるからこそ、まだ動けませぬ。

 

「追えっ、まだ遠くには行っていないはずだ」

 

「待てっ、お前達は行くな、戻ってまだ息のある者の治療を」

 

(あれは……)

 

 息を殺して洞窟の入り口を観察し続けるうち、魔物に指示を出す影法師の姿を見つけ足るも、指示を出すと言うことは相応の強さを持ち合わせていることでありましょう。

 

(ああ、もし今スー様の横に並び立てる程の実力があれば、飛び出していって切り伏せまするのに)

 

 力のなさが口惜しい。

 

『あなたは力を望んでいるのですか?』

 

「え」

 

 その時でありまする、あやし声がしたるは。

 

『私の声が聞こえますね? 私はすべてをつかさどる者。あなたが、何故力を求めるのか、この私におしえてはくれませんか?』

 

「あ、あなたは」

 

『あぁ、声に出す必要はありません。心の中で語ってくれるだけでよいのです』

 

 あやし声に敵意は感じませぬ、されど、今は――。

 

(私は為さねばあらぬ役目のある身。今、長々と語る時間はございませぬ)

 

 そう、洞窟の前の魔物達が去れば、私達は洞窟に突入することになっておりまする。掠われた人々と、スー様に内応を約束してくださった方の命にも関わること。他のことを考える余裕など無く。

 

『わかりました。取り込み中のところごめんなさいね。では、また後ほどお話を聞かせてください』

 

(え? あ、はい。後ほど)

 

 ただ、あっさり引き下がった声に少し拍子抜けしつつも答え。

 

(……っ、呆けてる場合ではありませぬ! あ)

 

 頭を振って我に返れば、洞窟の前にはむ魔物の姿もなく。

 

「皆様っ」

 

「た、隊長」

 

「す、すみません醜態を」

 

「いえ」

 

 呼びかけにすぐさま応じた隊の方々に向かって首を横に振った私が最初にしたことは――。

 

「しっかりなさいませ」

 

「ぶっ」

 

 未だ放心した方々の頬を叩いて正気に戻すことでございまする。

 

「おろちは私達がいつかは乗り越えねばならぬ壁、それにこんなことではスー様に受けた恩も返せませぬ」

 

「っ」

 

「スー様が私達に指導をしてくださったのは、逆にそれだけの実力がなければならない程の危険が待ち受けていると言うことでもありまする。もう無理だというのであれば、それはそれで構いませぬ。スー様にお伝えして、除隊の許可を頂いてきましょう」

 

 スー様の協力者としての務めは過酷なモノになると思われまする。故に耐えきれぬなら、ここで身を引くのがおそらくは最善。

 

「このままバハラタに戻ったとてとがめ立てはしませぬ」

 

 私に無理強いするつもりはありませぬ。

 

「クシナタさん……」

 

「隊長」

 

「この状況で帰るなんて言い出す子がいる訳無いでしょ」

 

 呆れたように言い返してきたのは、盗賊になった私より一つ年上の方。

 

「先行するわ。斥候は任せておいて」

 

「あ……宜しくお願」

 

「そう言うのもナシで良いわ、隊長様。年上なんだから少しぐらいは出しゃばらせて頂戴」

 

 私の言葉に被せる形でうむを言わさず主張したその方は、言うが早いか洞窟に向けて歩き出し。

 

「そう仰るなら隊長も引き受けてくだ」

 

「ふふっ、それじゃお先に行かせてもらうわねっ」

 

 逃げるように洞窟の中へ消えていったのでありまする。

 




すべてをつかさどるものだって?!

いったいなにものなんだ?


次回、番外編9「任務、託されて<中編>(クシナタ隊女盗賊視点)」

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