「あたしは牢のある方にゆくわよ?」
人質を解放する側は、誘き出される甲冑の男達をやり過ごす必要がある。足音や気配を殺すのが得意なあたしとしてはこちらに回るべきだろう。隊の皆合流し、先程のやりとり説明するなり、そう主張した。
(流石にこれは声を出さずにどうこう出来る話じゃないものね)
幸いにもこの階の混乱はまだ収まる様子を見せない。短いやりとりなら大丈夫だろう。
「私も牢の方に参りまする」
「あら、隊長様も来て下さるの?」
「掠われた人の確保が最優先ですし。私はバイキルトで隊長を補助しますね」
「一気に殲滅って流れなら、魔法使いは牢屋側のほうが良いもんねー? じゃ、私もそっちかなぁ」
「じゃあ、わたしはもう一方に回ります。誘き出す小部屋って宝物庫でしたよね?」
着々と人員の割り振りは決まって行く。商人のあの子は宝物庫というかお宝に釣られてる様にも見えるけど、隊長様を除けば、この中で一番打たれ強いから釣り出された相手の抑え役としての立候補ってところかしらね。
(回復役も多めに回るみたいだし)
さっきの協力者とフォローしあえば時間稼ぎぐらいは出来ると思う。
(そもそも、ここまで来たらもう行くしかないわよね。下の階にいる幹部が少ないのは今だけだもの)
今はまだ人攫いと魔物があちこちで戦っている様だけれど、魔物の中でも特に強い個体はスーザン様が連れ出して洞窟内には残っていない上、下の階から上がってきた甲冑姿の男達が覆面男達の加勢に加わっている筈なのだから。
「混乱が収まって、この階にいる幹部が戻ってくる前に下階を制圧しないといけませんね」
「そうね、急ぎましょ」
あたしは仲間に頷き返すとさっき戻ってきた道を引き返す。
「来たか」
「ええ、連れてきたわよ。皆も」
距離にすれば通路一つと一部屋分、再会までにあまり時間はかからず。
「お初にお目にかかりまする、わた」
「いや、挨拶は後でいい。今この時も人質を取られたままの奴が居る」
時間が惜しいということか。
(そりゃそうよね、もしこの中の誰かが捕まってたりしたらあたしだって居ても立ってもいられないし)
さっさと為すべきことを澄ませてしまおうというのであれば、賛成だった。
「なら、急」
「少し待て」
「何?」
その割には呼び止めてきたから訝しんだのだけど、呼び止めた覆面の人には理由があったみたいで。
「これを渡しておこう」
「これは?」
差し出されて思わず受け取ってしまってから問えば、ジーンと名乗っていたその人は短く告げた、毒針だと。
(けど、物騒なモノ持ってたのね、あの覆面男って)
布にくるまれた鋭い針をマジマジと見ながら、倒した男の懐も漁ってくるべきだったかと思ってしまったのは、これがどういうモノであるかを別の人からも教わっていたから。
(急所にさせば一撃で、ね……)
これがあると、あの溶岩洞窟での『れべるあげ』の効率が上がるとスーザン様は言っていた。
(とは言っても、長居して死体を漁る時間はきっとなさそうね)
洞窟から連れ出された魔物はあの方に任せておけば間違いないとは思うが、ひょっとしたらはぐれて戻ってくる魔物がいるかもしれない。
「どういう物か知っていたようだな。おそらく俺よりお前の方が上手く扱えるだろう」
こちらの反応を見て察したらしくジーンはそれだけ告げると歩き出し、あたしもすぐに後を追う。
「ここで少し待て」
と言っても、進めたのは階段までだったけれど。
「お前達と一緒だと見つかった時言い訳ができん。下階には幹部しかいないが上階はこの騒ぎだ」
「警戒してる可能性があるってことね」
上で起こった騒ぎの元凶がやって来ることを警戒して階段の見える場所で待機でもされていたなら、いくらあたしでもアウトだ。スーザン様のように姿が消せるなら別だが、隊の魔法使いの子もスーザン様が使っていたあの呪文はまだ覚えていないと思う。
「それじゃ心苦しいけど、一番手はお任せするしかないわね」
「気にすることはない、下心あってこちらも手を貸している」
「下心?」
「手紙には書いていなかったか、力を貸す理由は?」
「細かくはかいてなかったけど、それで納得はいったわ」
一つのキーワードに引っかかりを覚えはしたけれど、そう言えば人質を取られてやむを得ず従っている人がいるとこの人は言っていた、ならこの人もまた何らかの理由であの人攫い達から解放されたいのだろう。
(身の上について詳しく聞かれたらあたしだって説明に困るものね)
詮索する気はなかった。
「すまん。問題ないようなら一度、戻ってくる」
「んで、釣り出したあいつらに対処するって嬢ちゃんは俺らと一緒に来てくれ。入り口から影になるところに隠れて襲いかかるからよ」
「あ、はいっ」
「宜しくお願いします、お気をつけて」
階段を下りだした覆面の男達を見送る仲間の横で、あたしは肩をすくめた。
(……地形を熟知してる協力者がいると本当にありがたいわね)
この調子ならきっと救出も上手く行く。
「いい人達みたいね」
「本当に」
「ただ、玉石混淆の可能性もあるけれど、何て言うか……」
「ええ」
覆面の男達は協力してくれた人達も途中で倒してきた男もあまり強くはない。
「私もそう思いまする」
「まぁ、あの甲冑着込んだ幹部やスーザン様が連れてった魔物と比べたらだけど」
あの方のお陰であたし達もそれなりに強くなったとは思うが、甲冑男が相手だと楽勝とはいかないと思う。
(そこは隊長様の剣、それにあの子達の呪文へ期待するしかないわね)
重要な方に来ておいて何だが、一撃の威力には自信がない。
(あたしが為すべきは……)
そう、別のことだ。
「待たせたな」
「チャンスだ、あいつら何か話し込んでやがる。今なら通っても気づかねぇだろうぜ。準備は良いか?」
「「はい」」
階段から顔を見せたジーンともう一人の問いに頷いた隊の仲間は、くるりとこちらを振り返り、もう一度頷いて。
「そろそろ良いんじゃない?」
あたしが口を開いたのは、仲間の約半分が覆面の二人と階段の下に消えしばらくした後のこと。
「では皆様、こちらも参りまする」
「ええ」
「じゃ、あたしが先行するわ」
当然ながら斥候は、口を開いたあたしの役目だ。
「火事場泥棒だぁ? ふざけやがって、このド畜……ん? 誰も居ねがっ」
「うおおおおおっ」
階段を下りたとたん通路の奥から聞こえてきた訝しげな声は雄叫びにかき消され。
「お覚悟をっ」
「な、ぎゃぁぁぁっ」
聞き覚えのある声の後に悲鳴が響き渡る。
(……上手くやってる見たいね、なら)
そしてあたしは通路を突き進む。
「くそっ、何だ今のは? 上の騒ぎを起こした奴らと同じ奴か?」
「どうする、加勢に行くか?」
想定外の事態に浮き足立って居るようで、左側に合流する通路の奥から聞こえる声には焦りが滲んでいた。
(今ね、賭けになるけど)
あたしは足音を消したまま声のした通路に入ると、誘き出された甲冑の男達が開け放ったままにしておいたらしき扉の向こうに顔をつきあわせる二人の甲冑男を確認する。
(まだ、気づいてない……いける)
一、二、三、四、一歩踏み出すごとに男達との距離が縮み。
「っ、なんだ貴様は?」
弾む視界の中で、こちらに気づいた甲冑男の片方が抜剣するが、あたしは構わない。
(あたしがすべきは――)
狙いを悟らせないこと。
(あと、少し)
あの二人が連れ出してくれたからこそ、誰も座っていない椅子を飛び越え。
「てめぇ、まさか……」
「ふふっ」
ようやくこちらの意図に気づいたもう一人から大きく迂回してようやく辿り着く、居住空間と牢とを繋ぐ通路に。
(聞いてた限りなら幹部の人数はこれで全てよね)
振り返れば、あたしの後ろにあるのは牢と囚われた人のみ。
(分断成功よ。後は)
あたしが耐えるだけ。
「はん、たかだか女一人、まして自分からそっちに行ってくれるなんてなぁ、好都合」
「どうかしらね、そう上手く行くと思う?」
数の優位もあるから、強気な男達へあたしは首を傾げてみせると、走りやすいように束ねていたはがねのむちを再び解いて対峙する。
「へっ、強がりを」
「面白ぇ……どう上手くいか」
もう勝った気で居る甲冑男達は、気づかなかったらしい。
「行きませんわよ、メラミ!」
「「メラミ」」
すぐ後ろまで来ていた隊の皆が声に出さず詠唱をしていたことに。
「「ぎゃぁぁぁぁっ」」
「はぁ、あたしの見せ場はなくなっちゃいそうね……」
あの子達の呪文に耐えたとしても、追い打つ準備の調った隊長様がくさなぎのけんを構えている。
「一応、投降を勧めておくわ。牢屋もあるし丁度良いでしょ」
人攫い達にあたしの言ったことを理解する余裕があったかは解らない。
「おどぉざざぁぁぁん」
「すまん、辛い思いをさせたな」
全てが終わった後には、焼けこげた甲冑男達の骸と泣きじゃくる子供を抱きしめる父親。
「あの、何てお礼を言ったらいいのやら」
「あたしたち、帰れるの?」
頭話下げてくる女の人、まだ事態をのみこめていない娘さんの前で、あたし達の隊長様は頷いたのだった。
「もちろんでする」
と。
次回、第百十九話「かげさんこちら」
クシナタ隊が洞窟の地下二階を制圧していた頃、主人公は――。