強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百二十二話「とりあえず、帰って寝よう」

 

「はあっ」

 

「グギャオオオッ」

 

 切り下ろしからのすくい上げるような一撃で落ちてきた影法師の欠片が、三つ目の首として地面に転がる。

 

(やっぱり根本は太いけどその分低い位置にあるから当てやすいな)

 

 実感しつつ飛びずされば、それまで居た場所を噴き出した血が汚していった。

 

(はぁ、終わったらよだれだけじゃなく返り血も洗い落とさないと)

 

 斬りつけた後にバックステップしたり盾を傘がわりにして防いではいるのだが、切断した部分が首ともなれば噴き出す血の勢いはかなりのモノになる。

 

(と言うか、おろちとの戦いの時に学習しておくんだった)

 

 あの時は追い込んだところで見逃したのでここまでの惨事になることはなく、見逃した後のこと――現クシナタ隊のお姉さん達を生き返らせたりと色々あったせいで返り血がどうのなんてことはすっかり忘れていた訳だが、装備のメンテナンスは重要事項だ。

 

「グルオアァァァッ」

 

(まぁ、今更言っても仕方ないというか、今はそんなこと考えてる場合でもないかぁ)

 

 己の首を半分以上失ったあやしいかげは痛みと怒りでかなり凶暴化していた。

 

「グルォオオッ」

 

「ふ、何処に目をつけている」

 

 もっとも、手が付けられないレベルにはほど遠いが。咆吼の発生位置と手近な首から刎ねていったこともあり、噛み付いてくる首への対処は、比較的楽だった。

 

(たぶんやみのころもの効果もあるんだろうな)

 

 何度かに一回敵の攻撃から身をかわす効果のある防具に身を包んだ素早さカンストの盗賊が相手とか、俺があのあやしいかげだったらもうとうに心が折れてると思う。

 

(首も半分以上失ってるし)

 

 この状況下でまだ逃げ出さないのは、ひょっとしたら再生能力とかあるんじゃないかと警戒もしていたが、首の数が戻った様子はない。

 

(知能が低いのか、怒りに我を忘れたか)

 

 はたまた死さえ恐れぬ程に勇猛なのか。

 

(いや、偽ヒミコみたいに命乞いとかされたらこっちが困るんだけどさ)

 

 相手はキングヒドラ、シャルロットの親父さんを殺した上、大魔王の城最深部でゾーマに挑もうとするところを立ち塞がる言わばラスボス戦前座の一体目と同じ魔物である。

 

(おろちみたいに人に化けられるならともかく、あの巨体じゃ連れ回すのも大変だし)

 

 何処かで飼うと言うなら、一つだけアテはあるが。

 

「グルアアアアッ」

 

(まぁ、却下だよね)

 

 目の前のあやしいかげこと推定キングヒドラは命乞いどころか、咆吼を上げながら噛み付いてくるのだから。

 

(そもそも、ジパングのあの洞窟はおろちの縄張りだろうし)

 

 と言うか、俺がこのキングヒドラを連れて行ったらどんなリアクションをするやら。

 

(色違いだけど耐久力以外じゃ、こっちの方が圧倒的に上だからなぁ。愉快なリアクションをしてくれそうだけど)

 

 このあやしいかげが命を惜しんで俺に膝を折るとは思えない。

 

(だったら死体を持って行くとか……ん? 待てよ、ジパングに?)

 

 それは、おろちへをからかう目的だった発想が、うろ覚えの原作知識によって別の目的に変わった瞬間だった。

 

「っく、ふふふ……我ながら突拍子も無いことを思いついたものだ」

 

「グルオアアアアッ!」

 

「はぁっ」

 

 口の端をつり上げたまま、襲いかかってきたあやしいかげの一部を斬り飛ばす。

 

「ッギャァァァァ」

 

「これで残りは一本……さて、ジパングの者に騒がれんようにして持ち込む方法を考えんとな」

 

 巨体を覆い隠すには、アークマージのローブとハンターフライから奪ったみかわしのふくを切り開いて布にしたとしてもまず間違いなく足りない。

 

(こいつのへし折った木の枝をくくりつけて隠すしか無いかな。倒れた木なら結構あるし)

 

 おろちの所には切り落とした首の一つでもみかわしのふくに包んで持て行けば良いだろう。

 

(はぁ、終わったらとりあえず帰って寝るつもりだったんだけどなぁ)

 

 どうしてこうなったかと問えば、思いつきを実行に移そうとしているからなのだが。

 

「まぁ、そう言う訳だ。悪いがそろそろ終わりにさせて貰うぞ」

 

 俺は断りを入れてから最後の首を斬り飛ばした。

 

(ふぅ、思ったよりあっさり倒せたな。まぁ、これで調子に乗ると絶対足下救われるだろうから油断なんて出来ないけど)

 

 思いつく限りの補助呪文をかけて不意打ちした上、巨体に不利な地形での戦いだからこそここまで一方的な戦いになったのだ。

 

(肝心な場面で大ポカやらかすのが俺だからなぁ。この死体も目撃されないように急いで隠さないと)

 

 倒木から枝を打ち払い、葉のついた枝を横たわる死体に乗せる。

 

「切り落とした首も胴体に乗せて……枝と一緒に縛っておいた方が良いだろうな」

 

 防具や服に飛んだ唾液と血を洗い落とすのはその後だ。

 

(こいつが俺を捜しに戻ってきてくれたお陰で川まではそう遠くないし)

 

 行き帰りを走れば、死体を獣に食い荒らされましたなんてオチも無いと思う。

 

(クシナタさん達と連絡とれないままの行動になるのが気になるところだけど)

 

 こんなデカブツを放置して旅人に見られでもしたら問題だ。

 

(アークマージと違ってこいつはまじゅうのつめで仕留めちゃったからなぁ)

 

 目撃者の話が大魔王側に流れた時、首を切り落としたのは誰だという話になってしまう。

 

(よって、この死体は隠蔽しないとね)

 

 何だか推理モノの犯人になった気分だが、実際やろうとしていることは証拠隠滅、あながち間違いでもない。

 

「メラミ、メラミ、ヒャダルコ、ヒャダルコ」

 

 とりあえず、メラミの呪文で血溜まりを蒸発させ、ヒャダルコの呪文を使って火事を防ぎつつあちこちを凍り付かせると、俺はその場を離れた。

 




次回、第百二十三話「おみやげもってきたよー?」

主人公、やまたのおろちにとんでもないモノを持って行くの巻。

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