強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百二十四話「そう言うゲームじゃねぇから、これ」

「っ、レムオルっ!」

 

 とっさに呪文を唱えられたのは、高い身体能力がなせる技か。

 

「な」

 

(おっと)

 

 突然透明になったからかおろちが驚きの声を上げる中、俺は脇に退く。突っ立っていれば、さっきの声の主に衝突される恐れがあったからだ。

 

「ヒミ――」

 

「あ、ちょ、ちょっと待」

 

 かくして遮るもののなくなった声の主は、おろちが言葉を終えるよりも早く部屋の中に踏み込み。

 

「あ」

 

「っ、だから待てと申したのじゃ!」

 

「も、申し訳ありませんっ」

 

 あられもない主人の姿を見て固まったお付きの人が叱責されてペコペコ頭を下げる後ろで俺は密かに胸をなで下ろした。

 

(ふぅ、危なかった……)

 

 レムオルを使えることが露呈してしまったが、あの怯え様を見るにこの情報を大魔王サイドに流す度胸があるとは思えない。

 

(とりあえず危機は去ったと思うけど、この呪文効果時間短いんだよなぁ。いったん外に出るか)

 

 時間切れになったら呪文で隠れた意味がないし、お付きの人が何の為に犠牲になってくれたかと言うことにもなる。だから、足音を立てないようにして踵を返そうとし。

 

「と、時に先程の客人はどちらに?」

 

「そ、それは……」

 

(うわぁい)

 

 背後でのやりとりに顔を引きつらせた。

 

(いや、国主への謁見なんだから姿を消して去ればいいとか考えた俺がテンパりすぎてたんだとは思うけど)

 

 しっかり存在を覚えられていたのでは、姿の無いことが不自然。だが、この時点で姿を現したら「あんな格好の(偽)ヒミコ様を前に一体何やっとたんじゃぁ、ワレ」と言うことになる。

 

(っ、せめておろちが誤魔化してくれることにかけるしかない)

 

 今まで怯えさせていた相手に頼るしかないというのは何とも情けない話だが、おろちの返答によっては、ジパングへの出入り禁止やお尋ね者扱いなんて事態もあるだろう。

 

「そも、何故このようなお姿を?」

 

「あぁ……その、じゃな」

 

 ごく常識的な質問へしどろもどろなおろちの対応。

 

(何だか、嫌な汗出てきた……いっそのことこのお付きの人ラリホーで眠らせて夢オチに持って行くか?)

 

 効かなければ騒ぎになる上、夢で納得してくれるかも解らないと穴だらけの解決策だが、もしおろちが変なことを口走ろうものなら、社会的致命傷を受けかねない、俺が。

 

(どしてこうなった?)

 

 キングヒドラの首については、オーブを頂いた後に示して「仲間を殺されて悔しいか、それとも悲しいか? だが生け贄にされた娘達の家族だって同じ思いをしたんだぞ」と所謂SEKKYOUして締めくくるつもりだったのだ。

 

(攻撃力とか守備力を考えると上位種族だったかもしれないけど、あんな反応……誰に予測出来るというのですか?)

 

 と言うか、女と見れば節操なくそう言うことをしてしまう男だと見られていたのが不本意で、同時にそう言えばと思い出すことがある。

 

(ありあはん にも おれ を だい ぴんち に おいこんだ おんなせんし が いた ような……)

 

 酷いデジャヴであり、あの時も最低男の濡れ衣を着せられた気がする。

 

(あれ、ひょっとして俺に学習能力が無いだけだったり?)

 

 ふと気づいて、愕然とした。

 

(っ、この世界はせくしーぎゃるを軽くあしらえなければ冒険もままならない魔境だったなんてっ)

 

 わかった、バラモスやゾーマもセクシーギャルなんだろう。

 

(そう言えばゾーマって、我が胸の中でどうのこうのって言ってたもんな、ゲームでは……)

 

 流石大魔王である。ホンの一瞬で絶望の世界へと誘ってくれた。

 

(おのれ、大魔王めっ)

 

 俺はぎゅっと拳を握りしめ。

 

(ま、それはそれとして――)

 

「これにはちと深い事情があるのじゃ」

 

「事情といいますと?」

 

「そ、それはじゃな……」

 

 とりあえず現実逃避を止めておろち達の会話に耳を傾け、気づいた。

 

(話はさっきのままですか)

 

 たぶん、おろちの方に良い言い訳が浮かばなかったのだと思う。

 

(うーむ)

 

 透明のままおろちに近寄って助言すべきかで迷う。

 

(下手に口出しすることでこっちの弱みを見抜かれたら拙いんだよなぁ)

 

 実は秘密の恋人同士で逢瀬の真っ最中でしたとか、俺が嫌がりそうな答えの幾つかはおろちの格好のせいで説得力がありすぎるのだから。

 

(と、言うものの……もたついてると入り口の死体がなぁ。処理はさっさとした方が良いだろうし)

 

 振り返っても建物の壁で見えないが、ジパングの入り口にはカモフラージュしたままの死体が残っている。

 

(運び込む許可と人足の手配して貰わないとな)

 

 流石にあの巨体を俺一人で運ぶのは難しい。

 

(キングヒドラともなれば、かなりのレア素材がはぎ取れるだろうし)

 

 きっかけはサマンオサだった。武器屋でドラゴンシールドを見かけた時にふと思った俺は尋ねたのだ、どんなドラゴンの素材を使っているのかと。

 

(アレフガルドに行く手段がないなら、当然と言えば当然だけど)

 

 炎に強いスカイドラゴンと氷に強いスノードラゴン、東洋の龍を思わせるフォルムのモンスター二種類とラーの鏡があった洞窟で遭遇したガメゴンと言う種の魔物を店主は挙げた。

 

(キメラの翼やモンスター闘技場という謎はとりあえず脇に置いておくとして……)

 

 ごく普通に考えれば手に入る範囲の素材で武器防具を作るというのは納得の出来る答えだった。ただ、逆に言えばもっと良い素材があれば通常以上に強力な武器防具が作れるともとれたので、思いつく限り上から数えた方が早い魔物の死体を持ってきた訳だ。

 

(ジパングには手先の器用な刀鍛冶が居たはず。もうアレフガルドに行っちゃってるとしても)

 

 同僚か弟子ぐらいは居るんじゃないかと思ったのだ。

 

(魔物を狩って素材を集め、武器を作ってもらって、再び狩りに)

 

 この世界の人々が目にしたことも無い凶悪な魔物であれば、既存の品より高品質な武器防具が出来るはずである。

 

(狙い目は耐性持ちの魔物……ロマンだよなぁ。うん、もう狩猟ゲーになっちゃってる気がするけど)

 

 ゲームでは出来なかった反則技だが、試す価値はあると思う。

 

(魔法やブレスを軽減出来る装備はこれから絶対必要になってくるし)

 

 その為にも、やらなければならないことがあった。

 

「ヒミコ様?」

 

「そ、そうじゃ! その前に服を着させ――」

 

 まだ服着てなかったんかい、と言うツッコミを堪えて事態を収拾させるという難事が。

 




大魔王(せくしーぎゃる)「勇者よ! 我がお持ち帰りの祭壇へよくぞ来た(はぁはぁ)」

こうですか? わかりたくありません。

次回、第百二十五話「囁くもの」

さぁ、一狩りいこうぜ!

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