強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第十二話「十六回」

「うみゃぁぁぁっ」

 

「カァァァッ」

 

 聖水の効果が切れたことを俺が確認したのは、休憩から十六回目の勇者の悲鳴が上がった直後のこと。

 

「散れっ」

 

「ギャァァッ」

 

 バニーさんの頭を狙って急降下してきた大きなカラスを俺は掴んでいたしゃれこうべごと蹴り飛ばした。

 

「怪我はないな?」

 

「あ、ありがとうございます、ご主人様。い、今のは……」

 

「モンスターのことを聞いているならおおがらす、蹴りのことを聞いているならオーバーヘッドキックだ」

 

 地面に背を向け、飛び上がっての大技は本来の俺の身体だったらとてもではないが実行出来なかっただろう。

 

(ジャンプ力も足りないし、落ちた時のダメージもなぁ)

 

 この身体、本当に優秀だった。

 

(だからこそゾーマ戦用のレギュラーだったんだけど、これで補助要員なんだから恐ろしい)

 

 盗賊の素早さを活かして攻撃力を倍加するバイキルトの呪文、味方全体の守備力を引き上げるスクルトなど敵に攻撃される前に回復呪文や補助呪文をかけるのが主な役目だったのである。

 

(それはそれとして、聖水の効果が切れたなら警戒しないと)

 

 いつ水色生き物が出てきて勇者が動けなくなってしまうかわからない。

 

「俺は護衛を継続するが、一応気をつけておけ。聖水の効果が切れたらしい」

 

「わか……りました、お師匠様」

 

「は、はい」

 

 へたり込んでいる勇者とバニーさん双方の返事を確認すると、俺は周囲の警戒をしつつ足首をほぐしつつ、空を見上げた。

 

(おおがらすは、あれ一羽だけかな)

 

 見上げた空に今のところ魔物の姿はない。

 

「こっ、今度こそっ」

 

 視線を戻せば、丁度立ち上がった勇者が走り出したところ。

 

(むっ、あれは)

 

 ただし十数メートル先の草むらが不自然に揺れていて、俺も走り出す。

 

「ピッ」

 

「っ」

 

 モンスターが現れたと言うところまでは予想通りと言うべきか、水色生き物の登場に勇者の足が止まり。

 

「ピキーッ」

 

 勇者に気づいた水色生き物はポムポム跳ねながら近寄り始める。

 

(間に合えっ)

 

 勇者が体当たりを喰らう前に水色生き物を屠る自身はあったが、シャルロットの反応も予想しづらい。

 

「あぅ……あ……嫌、嫌ぁ」

 

 少なくとも距離がトラウマ発覚時よりあるからか、へたり込むことなく後ずさってはいるが、下手に心の傷を広げる前に投石か何かで片付けるべきか。

 

(むぅ)

 

 生じたちいさな迷い。そして、俺が判断を下すよりも早くシャルロットが叫んだ。

 

「嫌ぁぁぁぁっ、メラぁっ」

 

 そう、一番初歩的な攻撃呪文の名を。

 

「ビギィィィ」

 

 指先から飛んだ火の玉は水色生き物ぶち当たり、断末魔をあげながら火だるまになったそれは仰向けに倒れて動かなくなる。

 

「えっ、あれ? ボク……」

 

「……良くやったな」

 

 焼きスライムの悲鳴で我に返ったシャルロットは水色生き物の骸と自分の手を交互に見ながら呆然とし、俺は勇者に声をかけて労うと、心の中でガッツポーズをとる。

 

(ぃやったぁぁぁぁっ)

 

 近接戦でもトラウマが克服出来ているかはまだ不明だが、戦えないはずのシャルロットが自力であの水色生き物を倒したのだ。

 

(我ながらナイスアイデアだったよなぁ、あれ)

 

 

 

 

 時間は少し前に遡る。

 

「この靴を履け、二人ともだ」

 

 この修行を始める前に俺はそう命じていた。

 

「靴の性能差でどちらかを有利にする訳にはいかん」

 

 とかそう言う名目で俺は二人に履かせていたのだ、あの靴を。

 

(うわーい、さすがれああいてむだー)

 

 歩けば一歩ごとに経験値の入る『しあわせのくつ』はその真価を存分に発揮していた。さっきまで初期レベルだったから恐ろしい勢いでレベルが上がったことだろう。

 

(メラを覚えるのは2か3辺りだよな?)

 

 接近戦では怯えてしまっても、魔法で遠距離からなら対処出来るのではないか。そう思ったこともあって俺は勇者のパワーレベリングを優先しようとした訳だが、大当たりだったのである。

 

「お師匠様、ボク……」

 

「今のがまぐれでないなら、離れていればあれにも対処出来るだろう」

 

 そして今は俺とバニーさんが居る。

 

「まずは慣れることだ、その為の協力を惜しむつもりはない。俺は当然だが……」

 

「は、はい。私も協力します」

 

 俺が話を向ければ、バニーさんもちょっときょどりつつ頷いて。

 

「お師匠様、ミリーさん……お師匠様ぁっ」

 

(あーうん、そりゃばにーさんはさけるよね、セクハラ確定だし)

 

 瞳に涙を溜めたシャルロットに抱きつかれた俺は無自覚に押しつけてくる柔らかいものの感触を意識しないよう遠い目をしつつ、ミリーさんことバニーさんを勇者がスルーした理由に納得していた。

 

「お師匠様、お師匠さうみゃぁぁぁっ」

 

 結局感極まってるところでもはや定められていたかのごとくお尻を触られて悲鳴をあげるのではあったが。

 

「ごっ、ごめんなさいっ。よ、良かったですね。勇者さん」

 

(いや、あやまるならしなきゃいいのに)

 

 ともあれ、勇者のトラウマ問題については解決に向けて一歩前進したと見て良いだろう。

 

「まったく」

 

 俺は何処か呆れたふりをしつつ、目尻に溜まっていた涙をこっそり拭ったのだった。

 

 




タイトルでネタバレするとあれなので避けたサブタイトル名は「勇者の復活」

とりあえず「しあわせのくつ」の伏線もこれで回収完了ですね。

本当は一つ前のお話でここまで書くつもりだったのですが、いやはやままならないモノです。

勇者のトラウマはこのまま克服されるのか、二人は何レベルまでレベルアップしたのか?

そんな感じで続きます。

次回、「一行、レーベへ」(仮タイトル)にご期待下さい。

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