強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百二十五話「囁くもの」

「返事はしなくていい」

 

 おろちに近寄った俺はそう前置きすると、ラリホーの呪文でお付きの人を眠らせることを試みてみると伝えた。

 

「このままではらちがあかんからな」

 

 ついでに言うと呪文による透明化の残り時間が心もと無いからでもあるのだが、これはおろちに明かす必要もない。

 

「ラリホー、ラリホー」

 

「うっ」

 

 念のために二重掛けすると、どちらかか両方が効いたらしくお付きの人らしき男性は崩れ落ちた。

 

「おぉ、上手くいったようじゃな」

 

「あぁ、いつ起きるかはわからんものだが、ひとまずは何とかなったと見ていいだろうな」

 

「うむ。それは重じょ」

 

 密かに安堵する俺の言葉に頷いた偽ヒミコは振り返ろうとした姿勢のまま、急に固まった。

 

「ん?」

 

 釣られて振り返るが後ろには何もなく。

 

「あ、あぁ……」

 

 視線を戻すとへたり込んだまま後ずさろうとするおろちの姿。

 

(そっか)

 

 ついさっきまで大ピンチだったあまり、俺はキングヒドラの首を見せこちらに怯えてしまっていたことを忘れていたのだ。

 

「あぅ、あ、あぁ……」

 

「ふむ」

 

 これは拙い。ここで服を脱ぎ出すようなことがあれば大ピンチの再来である。

 

「まったく……」

 

 ここはおろちを落ち着かせることが最優先と判断して俺は尻餅をついたままのおろちに手を差し伸べた。ここまでのような高圧的な態度では、おろちをいっそう怯えさせるだけだろうし、それではいつまで経っても本題に入れない。

 

「な」

 

「立て。心配せずともお前を殺す気はない」

 

 だいたい以前の約束があるからそんなことをするつもりがないのは分かりそうなものだけど、生首の効果が過ぎたのか。

 

「そう言う約束だっただろう」

 

 仕方ないので口にも出し、俺はもう一度嘆息してみせる。

 

(ここで「それとも俺が約束を破るとでも思っていたのか」とか言うと萎縮させちゃいそうだしなぁ)

 

 結果として、変な遠慮をした対応になってしまってるのが、どうにもむずがゆい。

 

「……そうかえ。いや、そうであったのぅ」

 

 次の言葉を探したことで生じたささやかな沈黙は、徐に口を開いたおろちの言葉に破られ。

 

「わらわの早合点じゃった。すまぬ」

 

「解ればそれでい……待て、何故また服を脱ぐ?」

 

 再び訪れかけたピンチに、俺の顔はポーカーフェイスを保てていただろうか。

 

「人間の男は女子に――」

 

「それはもういい、だいたいそんな知識を何処で拾って来た!」

 

 まず間違いなく以前と同じ答えが返ってきそうだったので、被せる形でツッコむ。実際、疑問だったのだ。

 

(前に会った時はこうじゃなかったよなぁ?)

 

 キングヒドラの首に激しく怯えた結果とは言え前から今のような性格だったなら、クシナタさんを助けようとした時にも同じ反応をした筈である。だからこそ、気になったのだが。

 

「そ、それは本じゃ」

 

「本?」

 

 返答は、猛烈に嫌な予感がした。

 

「あれはおま……お前様に言われ……て、山で兎や猪を捕っておった時のことじゃ。空から本が一冊落ちてきてのぅ」

 

「空?」

 

「うむ。危うく直撃するところだったそれに腹を立てたわらわは焼いてしまおうとして目を向けた瞬間、本から視線を外せなくなってしまったのじゃ」

 

「そ、そうか」

 

 その時点で焼き捨ててくれたらどんなに良かったことか。

 

「気がつくとわらわはこの姿で本を読みふけっておった。あ、あのような本を……」

 

 だいたいの事情はそこまでの説明で察したが、つまるところあの女戦士のお仲間だった、ただそれだけのことだ。

 

(よし、何処かで本を仕入れてこよう。可及的速やかに)

 

 もう相手にならないと思った中ボスがとんでもなく厄介なモンスターに変貌したことが確定したのだ。

 

(だいたい そら から おちてきた って なんです か)

 

 一体誰がそんな極悪非道な真似をしたというのか。少し間違えれば、レベル挙げに向かうクシナタ隊の誰かが拾って読んでしまうなんてことも起こりえたというのに。

 

(っ、なんと恐ろしいことを)

 

 心の中で役得じゃんとかふざけたことを悪魔っぽい何かが囁いた気もしたが、敢えて無視した。

 

「その時他に何か気づいたことはあるか?」

 

 おそらく本の落とし主は、女戦士を「せくしーぎゃる」にした加害者。ある意味俺にとっても一発殴り飛ばしておきたい相手なのだ。手がかりがあるなら得ておきたい。

 

「すまぬ。気がついた時には本から目が離せず、そのときはこの姿じゃったから」

 

「いや、解ったから服を脱ぐな!」

 

「し、しかし埋め合わせをせぬことにはわらわのムラム……わらわの気が収まらぬ」

 

(いま いっしゅん ものすごく ほんね が すけて みえ ました よ?)

 

 ひょっとしてここで俺が逃げ出したら、その収まらないものとやらは寝ているお付きの人に向かうのだろうか。

 

(帰ったらアリアハンの王様と相談しないと)

 

 おろちを一刻も早くまともな性格に変えないととんでもないことになる。

 

(別のゲームだと人型のモンスターとも子供残せたはずだし)

 

 ジパングでやまたのおろちが大量発生とかは正直勘弁願いたい。

 

(取り越し苦労の可能性もあるけど、おろちに直接は聞けないもんなぁ)

 

 人間と子供をなせるか聞くなど藪をつついて蛇を出すようなものだ、おろちだけに。

 

「ならこれから言うことで協力してくれればいい」

 

 ともあれ、口実であろうと埋め合わせを求めているならちょうど良い。

 

「協力?」

 

「ああ。そもそもここに来た理由だが……」

 

 俺は死体の持ち込み許可及び人足の手配をおろちに要求し、複雑そうな顔をしつつも承諾した偽ヒミコへの前から立ち去ることに成功する。

 

「人足を案内せねばならんだろう? 俺が居ないと話にならん」

 

 と言う名目で。

 

「ふぅ、危ないところだったな……あ」

 

 安堵にへたり込みそうになりつつヒミコの屋敷を出たところでオーブを貰い損ねたことに気づいたが、流石に今から引き返す気にはなれず。

 

(今度来るまでに、必ず本を――)

 

 ただ胸に誓いつつ、待ったのだった、人足達が集まるのを。

 




予想通りでしたか?

ドラクエモンスターズでは魔物の性格も本で直せた気がするんですよね、うむ。

次回、第百二十六話「次はバハラタ」

あっち、途中で投げ出してきた格好ですからね。

シャルロットそろそろ復帰させたいけど、その前に片づけておく部分ががが……

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