「そうか、そっちの班でもあの男にあったのか」
「はい、装飾品のせいだったとすると少し悪いことをしたかも知れませぬ」
宿で顔を合わせた別班のお姉さんによると、金のペンダントをかけてたオッサンに青あざを作ったのは戦士ライアスだったらしい。
「それは流石にあの男の自業自得だろう」
以前ライアスを物理的にお尻へ敷いたお姉さんがたまたま転んであのオッサンを巻き込み、巻き込まれたオッサンはラッキースケベを装って不埒な行為を働こうとしてライアスに殴られ、走った逃げた先にいたのが俺達だったと言う訳だ。
「と言うか、兵士に突き出しておくべきだったか」
ちなみにライアスと被害にあったお姉さんはその一件があって距離がより縮まったのだとか。
(「お前等一体何しに来てるんだ」って怒ってもいいところだよね、これは)
こっちが、社会的に死ぬ危険へさらされて精神をすり減らしながら情報収集していたというのに。これはもう、あの二人が語尾に「ぱふ」をつくようになってしまっても放置して許されるレベルだと思うぱふ。
(って、やるせなさと怒りに震えてる場合じゃない)
空気の読めないバカップルはさておき、これまでに集めた情報が確かなら、ここからが本番なのだから。
「話を戻そう。今、この町に呪いが広まっているのは説明したとおりだ。そこで、二つ程対策を立てた」
一つは夜の町を歩き回り、呪いを広めている元凶を探して捕らえるというもの。
「もう一つは一班を囮としてこの宿で眠って貰い、他の者が不寝番でこれについて呪いをかけようとする者が現れた場合、これを強襲する囮作戦だな」
囮作戦はこちらが狙われると限った訳ではなく、夜回りに関しても元凶が見つかる保証はない。
(とは言え、掠われた人達の解放を報酬に事件解決は引き受けちゃってるし)
放置すれば俺達まで呪われる可能性がある。
「ただ、どちらの策も相手に発見されないようにするには、盗賊を一人は振り分ける必要がある」
「っ」
気配を断って敵に発見されにくくするしのびあるきを使える者の有無で成功率は雲泥の差になると予想される。
「カナメとは別行動にならざるをえんな」
「……そう言う理由なら、仕方ないわね」
同じ班だったのはくじ引きに参加してまでこの盗賊のお姉さん達が得た権利なのだ。
(近くにいることで、蘇生して貰った恩を出来るだけ返したかったとかそう言うことなんだろうけれど)
どことなくテンションの落ちたお姉さんを見ると罪悪感が湧くし、機会を奪ってしまうことは申し訳なく思う。
「すまんな、クジで勝ち取ったモノをふいにさせてしまって」
「しょうもない呪いとは言え、こちらに降りかかってくるかも知れないし既に犠牲者も大勢居る。一個人の我が儘で事件の解決を遅らせる訳にはいかないもの、詫びには及ばないわ」
「そうか」
まったく、男前というか何というか。時折自己保身に走る俺とは大違いだと思う、ただ。
「俺が女なら惚れていたやもな」
何気なくふと思ったことが口をついて出るとは、自分でも思わなくて。
「「え」」
俺を含む場にいた全員が、声をハモらせるのと同時に固まった。それは、短いようで永遠に続きそうな沈黙の始まり。
(だぁぁぁっ、この口は余計なことをおおおおおおおおっ)
身動きのとれる空気の中、胸中で盛大に頭を抱えるが失言を無かったことにするなど不可能。誰かに言われたことを半永久的に完璧保存出来るシャルロットがこの場にいなかったことは救いだが、やってしまった感はぬぐえない。
(そもそも、これから作戦開始だというのに)
何をやっているというのか。
「す、スーさま?」
「ん……あ」
誰かの絞り出した声に呼ばれて、我に返った俺の視界には蜂の巣になりそうなぐらい俺の顔をガン見するお姉さん達が居て。
「すまん」
とりあえず、謝った。
「これからだと言う時に余計なことを言った。俺は先に宿の入り口で出立の準備をしておく。カナメは囮作戦の方を頼む」
「スー様……」
外回り側を選んだのは、居たたまれないというか、場の空気に耐えきれなくなったからだ。
「ねぇカナメさん、さっきのって……」
「カナメさんの裏切りものっ!」
「ちょっ、待ってよ! こっちだって何が何だか――」
俺の発言がきっかけで急に後ろが騒がしくなった気もするが、きっと気のせい。
(そう言えば女の子に恋バナとかたき火に油ぶっかけるようなモノじゃないか)
気のせいと誤魔化そうとしたが明らかに俺のせいですありがとうございましたな状況に頭を抱えたくなったが、今戻って何かを言っても逆効果にしかならないだろう。
(盗賊のお姉さんは囮作戦組だろうから直後の再会はないと思うけど、他のお姉さん達にはどんな顔をして会えばっ)
おかしい、社会的に死ぬかも知れなかった今日の日中は凌ぎきったというのに、何でこんな所でピンチになっているというのか。
(これもきっと、呪いのせいだ。妙な呪いをかけた奴が居たからこんなことに……)
今なら呪いをかけて回ったのが、暇になってこっちに遊びに来ちゃってた大魔王だったとしてもソロでぶっ殺せるかも知れない。
「楽に死ねると思うなよ……」
腰にぶら下げたまじゅうのつめを確かめて、宿の廊下を歩きながら俺は呟く。
「ねぇねぇ、この宿のお風呂混浴らしいよ」
「じゃあさ、アイナさんライアスさんと入ってきたら?」
「「ちょ」」
壁越しにそんな会話が漏れてくる辺り、たぶん客室の壁も防音仕様ではないのだろう。
(あるぇ、じゃあさっきの会話隣の部屋とかでも聞こえてたんじゃ……)
自分でも解るぐらいに、血の気が引いた。
「スー様」
ひょっとしたら、血が下がっていったのは事態を理解したからだけじゃ無かったのかもしれない。更なる窮地を第六感が教えてくれていたのではないだろうか。
「クシ……ナタ?」
後ろからかかった声の主が誰か気づいて俺は振り返る。
「少しお話が」
真っ直ぐ俺を見つめる目はどこか据わっていて、クシナタさんの向こうには宿の客室から顔を出したお姉さん達の頭が等間隔のトーテムポールになっている。
(なんですか、この公開処刑秒読みモード)
きっとこれからSEKKYOUが始まるのだ、隊のお姉さん達に見られた状態で。
(落ち着け、考えるんだ。この窮地を何とかする方法を)
この町に来た時点でメンツは投げ捨てた筈だが、だからといって廊下でお説教をされてるシーンをみんなに見られるのは恥ずかしい。
(何処の修学旅行風景ですか、これ)
修学旅行の旅館で羽目を外して先生に見つかりみんなの前で怒られてる生徒の気分を体験出来るイベントとか俺には要らない。
(どうする、どうやってごまかす? どこかの漫画だとここで愛を囁くとかやって有耶無耶にしたりしてた気もするけど)
あれは相手が自分に惚れててなおかつこちらも責任がとれるから成り立つのだ。しかもだいたい後でツケが回ってきて酷い目に遭うし。
(となると、あれしかないか)
追いつめられた状況で良案が思いつく程、俺の頭はさえていない。
「すまん、話は戻ってきてからで良いか」
故に俺がとったのは、先延ばし。
「呪いの元凶を突き止めて処置しなければ、売られた者達も解放されん。俺が拙いことを言ったのは確かだが、今は行かせてくれ」
帰ってきた後が怖いが、自業自得だし私事だ。
「……仕方ありませぬ」
短い沈黙の後、クシナタさんは嘆息してからそう言うと、やみのころもの端を手でつまんだ。
「ただし、見回りには私も同行させて頂きまする」
(うわぁ)
俺に信用がないのか、絶対逃がさないという主張なのか。
(ひょっとして、帰るまでもなくお説教されるオチですか?)
引きつりそうになる顔を堪えつつ、俺は「すまない」と告げた。一応こちらの言い分は聞き入れてくれたのだ。
「スー様、お待たせしましたっ」
夜回りの準備が調ったのは、それから暫く後のこと。
「ふふふ、くじ引きでも正義は最後に勝」
「そこ、私語は慎んで下さいませ」
「は、はい! ごめんなさいっ!」
ブツブツ呟きながらにやけるお姉さんがクシナタさんに注意され、隣のお姉さんが我がことのようにバッと頭を下げる。
(帰ったら、あれが俺に向けられるんですね。わかります)
とりあえず、今夜は眠れないことになるかもしれない。
「行くぞ」
口は災いの元と言う言葉が身に染みている俺はただ短く一言で出発を促し、夜の町へと歩き出す。
(しかし、町って行っても広いし……長丁場になりそうだなぁ)
元凶の詳細は目星がついているとは言っても実際は不明だし、盗賊が俺だけなのでメンバーを別けて探すことも出来ない。
「ん? あれは……」
だからこその予感だったのだが、ふと見た先にある建物にそれは居た。
「ベビー……サタン?」
紫のコウモリに似た翼をもつ魔物の姿を俺は見つけたのだ。
またベリーダンスというオチだとでも思っていたのか?
突如アッサラームの町に姿を見せた魔物。
その目的とは?
次回、第百三十四話「悪魔」
あくまで、ベビーですから。