「お師匠様……」
「流石に俺では呪文の指導などできんからな」
そんな顔はするなと勇者の頭を撫でてから、俺は振り返る。
「二人をどうかよろしく頼む」
「はい、微力ながら全力を尽くさせて頂きます」
「私にお任せですの」
頭を下げての言葉に答えた髭のオッサンとボブカットの女性は、ルイーダの酒場で斡旋して貰った僧侶と魔法使い。
(どっちもレベル1だと思うけど、昨日メラとホイミを覚えたばかりの勇者の先生にはもってこいだよな)
勇者を暫く後ろに下げ呪文による遠距離攻撃で戦わせる方針からすると前衛不足も甚だしいが、そこはバニーさんに頑張って貰うとしよう。
(勇者よりレベルが1高いもんなぁ)
勇者のレベルアップに必要な経験値が高いからなのだが、その分勇者は多才なのだから仕方ない。
「あ、あのご主人様……」
「勇者を頼むぞ、それと程ほどにしておけ」
何か言いたげなバニーさんに釘を刺すと、俺は勇者のパーティーを外れた。
「そうだ、これを渡しておこう。窮地に陥ったなら、天にかざせ」
お守り代わりだと言って「それ」を勇者に握らせてから。
(今生の別れという訳でもないんだけどなぁ)
売られて行く牛とか捨てられた犬のような目で見ないで欲しい。後ろ髪を引かれる思いだったが、パーティー離脱は決めていたことだったのだ。
「ではな」
短く一言告げて勇者達に背を向けた俺は、歩き出す。そして、少し進んだところで、横に曲がって茂みの向こうへ。
「待たせたか?」
「全然だ。つーか、ダンナこっちでいいの? 勇者ガチ泣きそうだったじゃね?」
発した問いかけに応じたのは、ルイーダの酒場で勇者を前に馬鹿笑いした武闘家の男。名前は
ヒャッキと言うらしいが、この男こそ勇者を影からこっそり護衛していた『腕利き』のリーダーだった。
「やけに気にするんだな」
「そりゃ、まー立場上勇者の仲間にゃなれねえし、自分で嫌われるようにし向けたけどどっちかって言うと俺あの勇者マジ好きだし」
この男も不器用なものだと俺はつくづく思う。
以前、酔っぱらいから勇者を助けたとも当の勇者から聞いていたが、あれは護衛の仕事としてではなく、勇者への好意からしたことだったらしい。
「あの健気さに惚れたつーの? んなわけで、ダンナにゃかなわねぇけど俺的にダンナはライバルだかんな?」
「勝手にするがいい」
ヒャッキに色々勘違いしていることを指摘出来ない俺はそう吐き捨てると、足音を忍ばせて歩き出す。
(大丈夫だと思うけど)
ここから俺はレーベまで勇者を影ながら護衛するのだ。
「レーベの場所を覚えれば『キメラの翼』を使い一瞬で移動出来るようになる。勇者もいずれ独り立ちせねばなるまい」
前者は少し予定を前倒ししただけのことで、同時にリーダーシップを養う修行でもあるのだ。
(まぁ、一番の理由は他にあるんだけどね)
ぶっちゃけレーベに行くにしてもゲームと違いパーティーに人数制限はない。一時的とはいえ俺としてもこんなに早く勇者パーティーから外れるハメになるとは昨日ルイーダの酒場を訪れるまで想像の埒外だった。
「ふぅん、いかにも尤もそうなことを言ってるじゃないのさ」
そう、鼻を鳴らして睨み付けてくるこの女戦士に酒場で声をかけられるまでは。
「ただの事実だが」
「はん、そうかい」
嘘は言っていないというのに、女戦士は気に入らないらしい。
「まったく、面倒なことだ」
「なんだってぇ?」
「大声を出すな、魔物が寄ってきたらどうする」
「くっ」
声を荒げたところを正論で黙らせると、顎をしゃくって勇者様ご一行を示した。
「ああいう風にな」
俺がそう言った直後。
「っきゃぁぁぁぁ」
魔法使いさんの悲鳴が周囲に響く。
(ばにーさん、ほどほどにっていったのに)
この時、俺は既に走り出している。丁度俺達と勇者達の間を遮るように横手から姿を現した魔物が居たのだ。
(おおありくい、ね)
一人で蹴散らすのは十分可能だったが、昨日の今日。
「行く手を塞ぐなら――」
勇者のことが気になって、三つ並んだ毛皮の一つ、真ん中のおおありくい目掛けて跳躍し、頭に着地して頭に『まじゅうのつめ』を突き立てる。
「二匹は頼むぞ」
後ろも見ずに傾ぐ骸を踏み台にして俺は先を急ぐ。
(大丈夫だと思うけど……我ながら過保護だなぁ)
倒した時にちゃっかり奪い取った『かわのぼうし』を左手に、自分へ苦笑しながら。
突然のパーティー脱退、一体主人公に何があったのか。
そして、主人公につっかかる女戦士との関係は?
勇者パーティーに加わった僧侶と魔法使いを殆ど空気にしつつ、悲鳴に誘われて現れた魔物との戦闘は始まるのだった。
と言う感じで、続きます。
次回、「風評被害」(予定サブタイトル)にご期待下さい。