強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百三十四話「悪魔」

「……見つけた」

 

 不覚にも町中に魔物が居たのは覚えていなかったが、あれが呪いの一件と無関係なはずもない。

 

(いきなり殺すのは拙いよな)

 

 仕留めるだけなら、この位置からでも投擲に向いた武器を借りて投げつけるとかで可能だとは思う。ただ、流れ弾が町の人に当たる危険性を考えても避けた方が無難であろうし、殺すにしても情報を吐かせる必要がある。

 

(あくまで怪しいだけだからなぁ)

 

 ベビーサタンなだけに。

 

(……ってくだらない冗談は置いておいて、確証もないし呪いのかけ方解き方も不明。最悪あのベビーサタンは呪いをかけた元凶の使い魔と言うか目の代わりで呪いをかけた大本は別にいても不思議はないし)

 

 とにかく、俺がまず為すべきはあの魔物を生け捕って尋問することだろう。

 

「スー様、見つけたとは?」

 

「町中だというのに建物の上に魔物が居た。呪いの元凶かは定かではないが……」

 

「何かを知ってる可能性は充分にありまするな」

 

「ああ」

 

 クシナタさんの言葉に頷くと、周囲を見回しながら何人かはここに残って魔物を見張っていて欲しいと伝える。

 

「俺は忍び足で近寄ってあいつを捕まえるつもりだ。逃すつもりはないが、接近中に建物の影で見えなくなっている時に奴が動き出す可能性もある」

 

 無いとは思うものの、失敗した時のフォローとしても監視の目は残しておいた方が良いとも思った。

 

「僧侶と魔法使いには残って貰えるか、あいつに呪文が効いたかは覚えがないが」

 

「わかりました。射程の長い攻撃の出来る人が居ればいざというとき牽制ぐらいは出来るってことですよね?」

 

「概ね、な。俺とて逃がす気はサラサラ無いが、あれは唯一の手がかりだ」

 

 失敗の許されない状況なら、最悪の事態を想定して動くぐらいでちょうど良い。

 

(それでクシナタさんには見張りをするお姉さん達の指揮を頼みたいところだろうけど、まぁ無理だろうなぁ)

 

 別行動を承諾してくれるぐらいなら、そもそもこの外回りについては来なかった筈なので。

 

「クシナタ、お前は俺の側に居てくれ」

 

 だから、俺は敢えて自分の方から頼んだ。

 

「え?」

 

「スー様?」

 

「な」

 

「静まれ、奴に気づかれる」

 

 何故かお姉さん達がざわつき出すが、俺は目線と声で制して呆然とするクシナタさんの手を掴み、を引き寄せ。

 

「お前が側にいてくれると……」

 

 作戦の成功率が上がると言いかけたところで、ふと気づく。

 

(あれ? そもそも何であのタイミングでざわめくんだろ?)

 

 まさか、盗賊のお姉さんに続いてやらかしてしまったのか。

 

「取り押さえるなら不完全とは言え一ターン複数回行動もどきを覚えてるクシナタさんが居てくれると心強いもんなぁ」

 

 とか、そう言う意味合いしか無かったというのに。

 

(ひいっ、ひょっとしてお説教時間の延長が確定っ?!)

 

 拙いことになった。

 

「す、スー様?」

 

 腕の中からは上擦った声をクシナタさんがあげている。

 

(って、何このシチュエーション。詰みかけてるじゃないですかーやだー)

 

 誤解を解くべきなのだろうが、誤魔化そうとして下手な対応をしようものなら状況が悪化することぐらい俺にも解る。

 

(だいたい、自分の身体じゃないから責任とれないよってクシナタさん達には言っておきながらこれとか)

 

 駄目だ、言ってることとやってることの違う人間がどうして人から信用されようか。

 

(何とか、ごく自然にこの事態を収拾させないと)

 

 とは言え、他のお姉さん達の居る場所でこれ以上何か話すとフォローに失敗した時の被害が洒落にならない。

 

(一人で考えるより二人か)

 

 ここはOSEKKYOUを延長されるのを覚悟でクシナタさんに事情を話して皆の誤解を解くべく協力して貰うべきだろう。

 

「今は作戦が先だ。続きは部屋に帰ってから二人でな」

 

 この短い時間で思いついた中では我ながら最高の答えだと思う。先送りであることは否めないが、作戦に移れるし、部屋に戻ってから事情を説明するという旨も伝えられたのだから。

 

(はっはっは、自分の才能がにくいなー)

 

 宿に戻ってからのことを考えると色々怖くてちょっとだけ現実逃避気味だったりするけれど、やることは覚えている。

 

(こんな窮地に陥れてくれたあの悪魔にたっぷりお礼をしないとなぁ)

 

 精神攻撃とは悪魔らしく陰湿な手段だと思う。呪いの一件にしても、然り。

 

(相手がベビーでも容赦はしない。赤ん坊の時点で前線へ送るとか魔王軍って酷いブラック企業だとは思うけど)

 

 と言うか、親はいったい何をやってると言うのか。

 

(もしくは、前線送りが悪魔の教育方針とか?)

 

 だとしたら悪魔には生まれたくない。スパルタ過ぎる。

 

(さてと、思考の脱線はこれぐらいにして)

 

 俺は、現実に帰還するなりクシナタさんへ問うた。

 

「いけるか」

 

 と。

 

「は、はい。もちろんでする」

 

「そうか。では始めるぞ。残る者は監視を頼む」

 

「「はい」」

 

 肯定の返事が返ってきたなら、後は動くだけだ。

 

(お説教の時間を減らす為にもここは活躍しておかないと)

 

 良いところを見せれば、矛先も鈍ると、鈍ってくれると信じたい。

 

(上に登るのはある程度近づいてからの方がいいよな)

 

 建物と建物の間にある路地を縫うように、標的の視界には入らないように大きく迂回する形で、近づき。

 

「この建物の向こうでするな」

 

「ああ。さてと、人がやって来ないか道を見張っておいてくれ。泥棒と見間違われてはたまらんからな」

 

 クシナタさんの声に頷いて、俺は建物の窓を足場に壁をよじ登り始める。輪にしたロープをたすき掛けしてあるので、登り切ったらこれを上から垂らす心算でもある。

 

(しかし、もう少し移動するかと思っていたのだけど)

 

 思い切り丸見えだったのだ。てっきり移動中だからあの姿なのかと思えば、そうでもないようで。

 

(罠の可能性も考慮しておくべきかな)

 

 俺は民家の屋根に登ると、ロープを垂らしつつ、一度だけ紫の幼い悪魔の方を振り返った。

 




たまには、勘違いモノらしく。

次回、第百三十五話「小さなメダル」

いよいよ、ベビーサタンと対面。

町の人々の呪いは解けるのか?

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