強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百三十五話「小さなメダル」

「ゆくぞ」

 

 と声に出すことはない。当然だった、声などあげようものなら気づかれてしまうから。

 

「大丈夫でございまする」

 

 ちらりと横目で見るとクシナタさんの瞳がそう頷いた気がして、小さく首を縦に振った俺は屋根を蹴って身体を宙へと投げ出した。

 

(よし、いけるっ)

 

 眼下のベビーサタンは、明らかにこちらへ気づいていない。

 

「はあっ」

 

「べっ」

 

 記憶が確かなら、こいつの脅威は口から吐くブレスのみ。だから、空中で頭を鷲掴みにするとそのまま顔面を床に叩き付け。

 

「うぐっ」

 

「動くな、即座に身体の一部を失いたくなくばな」

 

 呻く悪魔の背中に膝を乗せて押さえ込みつつ、俺は言う。

 

「ぐっ」

 

「こいつの武器を遠くに」

 

 こちらの言葉に足下でもがこうとした動きが止まったのを見て、同行者に向けて指示を出し。

 

「は、はい」

 

(ふぅ。うん、とりあえずここまでは何とかなったな)

 

 お姉さんの一人がでっかい金属製のフォークを拾って離れるのを見、胸中で胸をなで下ろす。この魔物の攻撃力なんてたかが知れているが、油断する気はサラサラ無い。

 

(さてと、お次は尋問だけど……)

 

 あのしょーもない呪いの元凶がこの幼い悪魔なら、問いつめればあっさり白状しそうな気もする。

 

(やまたのおろちさえあんなだったし)

 

 ただ、だからといって馬鹿正直に問いただすのもどうかと思うのだ。

 

(一応悪魔だからなぁ、嘘をついて言い逃れる可能性だってある)

 

 と、なるとカマをかけてみるべきか。

 

「き、貴様等いっ」

 

「……お前がこの町の人間に呪いをかけて回っていることは解っている」

 

 ベビーサタンの言葉を遮る形で俺は断定すると頭を掴む手に少しだけ力を入れながら続けた。

 

「呪いを解け」

 

 それは質問ではなく、命令。

 

「な、何故貴様の言うことなどを聞かねばならん!」

 

「ほう」

 

 幼い悪魔の反応に口の端をつり上げ笑むと頭を掴んでいた手の力を少しだけ緩める。反発は想定内なので構わない。むしろ、歓迎すべきだった。

 

「成る程、呪いをかけたことは否定せず、かけた呪いを解けぬ訳でもない訳か」

 

「うげ! き、貴様カマをかけて」

 

 俺の呟きに、ようやくこちらの真意を――というか、自分が語るに落ちたことをこのベビーサタンは理解したらしい。

 

「悪くない判断ではあったと思うぞ? この状況下ですっとぼけようものならお前にとって楽しくない展開しか待っていなかっただろうからな。苦痛を快楽に感じる趣味でもあれば別だが」

 

 実際、俺の頭では情けないことにこのカマかけに引っかかってくれなかったら拷問的なナニカぐらいしか思いつかなかったのだ。

 

「勿論ベビーと名の付く種にいきなり乱暴な真似をするつもりはなかった。とりあえず、聖水試飲体験、聖水エステ、聖水風呂などで心身共に浄化して貰った後、特別コースなどは考えていたが」

 

 などとおもてなし方法を説明すると何故かベビーサタンは震え出し。

 

「生憎俺は呪いと言うモノが術者を倒せば解けることぐらいしかしらなくてな。そちらの方が良いというならそれで構わんが」

 

「と、解く。解かせて貰う!」

 

 怯えだしたならちょうど良いとトドメを刺すと、殆ど反射のレベルで答えが返ってきて少し拍子抜けしたが、呪いが解けるなら結果オーライだろう。

 

(問題は俺をSEKKYOUに追い込んでくれた借りを返す大義名分がなくなったってことだよなぁ)

 

 事件を解決してもクシナタさんのお説教が待っているのは、間違いがない。

 

(これが本当にゲームとかなら、お説教シーンだってスキップできるのに)

 

 もし小説なら「この後無茶苦茶せっ――きょうされた」とか言う一文で終わらせてしまえるとも思うが、現実では無理な相談である。

 

「呪いを解くのはこの姿勢では無理だ、手と足を退けてくれ」

 

「やむを得まい」

 

 とは言え、呪いをそのままには出来ない。

 

「出来る限り早めにな。俺はそれ程気が長くない」

 

 俺は足下の悪魔からの要求に応じて退きつつも釘を刺す。下手に時間を与えて良からぬことを考えられたら拙いというのもあってが、ここは人の家。長居して良い場所でもない。

 

(いかにもお金持ちの家って感じだもんなぁ、守衛が居てもおかしくないよう……ん?)

 

 ただ、俺がそれを見つけたのは、本当にたまたまだった。一瞬何かを反射して光らなかったら、レミラーマの呪文でも使わない限り見つけられなかったと思う。

 

「小さなメダル、か。そう言えば集めるとそれなりに使えるモノも貰えたな」

 

 流石に黙って持って行く気はないが、メダルを集めて貰える報酬は出来れば欲しい。

 

(朝になったらここの家主と交渉してみよう。ひょっとしたら他にも何か持っているかも知れないし)

 

 おろちの性格を矯正出来る本も探していることだし、アッサラームで出来ることはついでに済ませておいた方が時間の節約になる。

 

(ベビーサタンはおろちにでも預かって貰えば悪さも出来ないだろうし)

 

 これで一件落着だと思っていたのだが。

 

「ん?」

 

「けけけっ、よそ見をするとは間抜けめ!」

 

 振り返ると、何故か解放された悪魔は丸腰にもかかわらず、胸を反らしながら勝ち誇ったように笑んでいた。

 

「間抜けはお前だ、丸腰で何が出来る?」

 

 奪い取ったフォークはお姉さんお一人が持ったまま、一応ブレスは吐けるが予備動作を見せたところで俺が距離を詰めれば、気を吐くよりも早く屠るのは容易い。だからこそ、自信の根拠が気になったのだが。

 

「フォークなんぞ無くても同じことよ、消し飛ぶがいいイオナズン!」

 

「なっ」

 

「きゃあ」

 

 呪文名を聞いてクシナタ隊のお姉さん達が驚き、身を伏せる。一応、イオナズンなら俺が使えるし、どういう呪文か把握したからこその反応なのだろうが。

 

「「え?」」

 

 爆発どころか煙一つ発生せず、悪魔とお姉さん達の声がハモる。

 

「な、何故だ? 呪文は間違っていなかったはず! ならば、ザラキ!」

 

 狼狽しつつもベビーサタンは更に呪文を唱えるが、何も起きない。

 

(リアルで見ると滑稽だなぁ)

 

 この魔物、高度な呪文を覚えてはいるのだが、精神力が足りない為に使うことが出来ないのだ。ゲームでもそうだった。

 

「気は済んだか?」

 

「うぐっ、こ、こうなればメガンでっ」

 

 懲りずに最後まで呪文を唱えようとした悪魔は俺が横薙ぎに放った一撃で身体を両断され、屋根の上に崩れ落ちる。

 

「ふっ、何とも締まらん顛末だな」

 

 こうして、アッサラームを騒がせた呪い騒動の元凶はあっさりと討ち取られたのだった。

 




 さて、あっさり退場したのベビーサタンですが、

「にゃーん。 …………??? うげ! ばけそこなったか! えーい! どうせ同じことよ!」

 原作では話しかけると、んな事を言って襲って来たりしますので、本作でも間抜けキャラとしての扱いに。

まぁ、アークマージよりはマシですよね?

次回、第百三十六話「お説教のじかん」

処刑用BGMがいりそうな予感が。

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