強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百三十六話「お説教の終わるまでが任務です」

 

「スー様……」

 

 格好良くは決めたつもりでも、誤魔化せないモノがある。そして、逃げられないモノも。

 

「あ、あぁ。ひとまず皆の所に戻ろう。見張りをしてくれていた者達には見えていたと思うが、宿に残った者もいるからな」

 

 お説教が待っているという意味合いでは「宿屋=処刑場」の認識であるものの、宿屋で呪いの元凶が現れるのを未だ待ちかまえて居るであろう囮組の面々には事態の解決を一刻も早く知らせる必要がある。

 

(同時にクシナタさんのご機嫌を取っておけば、OSEKKYOUも少しは……いや、今の俺だとかえって状況を悪化させかねない)

 

 クシナタさんとの関係もだが、周りからどう見られているのか的な意味でも。

 

(下手に口は開かない方が良いな、うん)

 

 何か言うのは帰ってから。とりあえず、宿について二人きりになったら土下座しようと思う。

 

「……スー様達黙り込んでしまいましたよ」

 

「言葉が無くてももう通じ合えてるってことでしょうね、いいなぁ……」

 

(うっ、方針は決めたものの……ああっ、今度は沈黙が気まずいっ! と言うか、外野のお姉さん達何言ってんですか)

 

 出来ることならルーラで大空に飛び立ちたいぐらいに逃げ出したい気分だが、人としてそれはやっては駄目だろう。と言うか、この状況でルーラを唱えたら呪文の仕様上クシナタさん達もついてくると思う。

 

(傍目からはただの駆け落ちですね。わかります)

 

 これ以上傷を広げてどうするというのか。俺だって馬鹿ではないし、歩く地雷原とか呼ばれる気もない。

 

「スー様?」

 

「大丈夫だ、ちょっと考え事をな」

 

 訝しんで問いかけられても、答えは最小限。少し前までの俺なら「今夜は眠れなくなりそうだな」とか余計なことをついポロっとこぼして居たかも知れないが、そもそもOSEKKYOUで今夜が眠れなくなるのはもう確定事項って言うかそうじゃなくて――。

 

「これ以上事態を悪化させるようなことを早々言うと思うてか、ふーはーはーっ」

 

 とかだいたいそんな感じでござりまする。

 

(とにかく、出来うる限りの危険は潰しておこう。宿の壁は薄かったし、恥を覚悟でやや大きめの声で話して間接的に誤解は解くか……って、それをやると他のお客さんに迷惑だよな、夜中だし)

 

 と言うか、夜隣の部屋の男女が五月蠅くて眠れなかったとか吹聴されたら拙い。

 

(そこから宿の主人が「夕べはお楽しみでしたね」って言うコンボですねって、やかましいわ!)

 

 徹夜でOSEKKYOUされてお楽しみする趣味なんて俺にはない。断じてない。それどころか、出来れば避けたいぐらいに思っているのに、俺の想像力はどうなっているというのだ。

 

(気のせいか、首の辺りが重くなった気までするし)

 

 疲れているのだろうか。

 

「あるぇ、おかしいなぁ……ねぇ、これが……だよね?」

 

「ええ……が……言って……ので……」

 

 何だかお姉さん達がヒソヒソ話す声と首元でジャラジャラ何かが鳴る音まで聞こえてきた、やっぱり疲れているのだろう。

 

「あーら、素敵なお兄さん! ねぇ、ぱふぱふしましょっ。いいでしょ?」

 

「そうだな、疲れた時はぱふぱ……ふ?」

 

 横合いからかけられた声へ反射的に応じてしまってから気づいた。おかしい、と。

 

(ちょっと待て、え? えっ?)

 

 これからOSEKKYOUが待っているというのに何故そんな特大急の地雷を踏みに行くのだ。

 

(いや、アッサラームならこの人がいるのは当然というか、よりによってこのタイミングでと言うか、このペンダントは金のペンダントじゃないですかというか、落ち着け、れ、冷静にならないと)

 

 まずい状況だった、ほぼチェックメイトってる。

 

「ぱふぱふしましょ」

 

 と言われて、そうだなと応じてしまっているのだ。殆ど言質をとられかけてると言っていい。

 

(このままなし崩しに進めば、原作通りならこの娘の親父さんとベッドINルート確定ですね、あはは)

 

 プラスすることーの、帰ったら超強化されたOSEKKYOUというまさに地獄ルートである。

 

「あら嬉しい! じゃあ、あたしについてきて」

 

「スー様?」

 

(って、しまったぁぁぁっ、一瞬呆けたら話が進んで――拙い、ここで何とかしないと終わる。だいたいぱふぱふするならオッサンじゃなくてシャルロッ、いや待て何でここでシャルロットが出てくる)

 

 追いつめられて混乱していたのだと思う。

 

「すまんな、首は縦に振ったが先約がある」

 

 そう、とっさに応じられたのは奇跡だと思う。

 

「す、す、すすす、スー様?」

 

 示した先にいるクシナタさんが顔を真っ赤にして混乱してるのを見ると、事情説明が更に大変なことになったのは間違いなく、結局の所地雷は盛大に踏み抜いた訳だが。

 

「っくぅ、ええいっ!」

 

 俺は首元のペンダントを気合いを入れて引きちぎり、後ろを振り返る。

 

「お前達も付き合ってくれるんだろうな?」

 

「ひっ」

 

「す、スー様、ごめ」

 

 女性を脅すというのは男としてどうかと思うが、ベビーサタンに大した八つ当たりも出来ずにいたところで更に窮地へ追い込んでくれたお姉さん達へ容赦する気持ちなど俺も流石に持ち合わせては居なかった。

 

「あ」

 

「っ」

 

 カンストした素早さで一気に距離を詰めた俺はお姉さん達の襟首を即座に捕まえる。

 

「ひぃぃ、許してぇっ」

 

「ご、ごめんなさい、出来心だったんです」

 

「良いから、来い! 今日は寝れると思うな」

 

 推定首飾りをプレゼントしてくれた二人には、道連れになって貰う朝までOSEKKYOUコースに。

 

(最低でも事情説明して貰わないとな)

 

「あ、あ、あ、あのすっ、スー様? い、一体どういう?」

 

「ああ、実はな――」

 

 急に激怒したこととへ、理解が追いついていなかったのだろうクシナタさんはパニックに陥っていたようだったので、順序立てて俺は説明する。首飾りの効果と、考え事している最中にそれをかけてくれたこと、性格が変わったことで怪しげな誘惑へ反射的に応じてしまったことまでを。

 

「成る程、説明感謝致しまする」

 

 その後、俺が貰ったクシナタさんの言葉はお礼の筈なのに何故か言いしれぬ迫力を持っていた。

 

「首飾りのせいとはいえ責任の一端は俺にもある。宿に帰ったら苦言なり文句なりSEKKYOUなりは甘んじて受けるつもりだ」

 

 話の流れで、ちゃっかり誤解しかけていたであろう俺の言い回しについて軌道修正できたのは災い転じて福となすというか、何というか。

 

(流石にあのお姉さん達に礼を言う気にはなれないけどなぁ)

 

 ちなみに、ぱふぱふしないと声をかけてきた女の人は俺の怒気に驚いたのか既に逃げ出してしまってここには居ない。

 

「あなた方も帰ったらお覚悟の程を」

 

「あ、あうぅぅ、嫌ぁぁぁぁぁぁっ」

 

「ごめんなさい、ごめんなざい、ごべんなざいぃぃ」

 

 残されたのは、般若と俺に連行されるお姉さんが二人。他のお姉さん達は巻き込まれるとでも思ったのか、俺達を置いて先に宿屋へと帰っていった。

 

(はぁ、結果的にはこの二人に救われたような気もするけど……)

 

 結局の所OSEKKYOUコースに至るというのは変わらない訳で、気は重い。

 

(とにかく、さっさと帰ろう。嫌なことは早く終わらせてしまった方が良いし)

 

 お姉さん二人を引き摺りながら嘆息した俺は、少しだけ足を速めたのだった。

 

 




今回はお説教にまで至れず、サブタイトル変更になったことを心よりお詫びします。

次回、第百三十七話「お説教のじかん」

一連のやりとりを目撃したお姉さんのうち何人かが「ぱふぱふとは何ぞや?」と調べて赤面したりマスターしようとしたり、スペック的に諦めるしかなくて黄昏れたりしたのは、きっと別のお話。

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