強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百三十八話「呪いは解けて」

 

「……何だかんだあったが、流石に徹夜は堪えたのだろう」

 

「スー様、スー様は大丈夫なんですか?」

 

 背中で寝息をたてるクシナタさんを負ぶったまま、お姉さんの問いに「ああ」と短く肯定の言葉を返す。

 

「徹夜の説教は俺やあの二人には罰だ、故にここで寝る訳にはいかない」

 

 ラリホーの呪文をかけられたら抗えない程度には瞼が重いが、クシナタさんと一緒の現状でうっかり寝てしまうことが拙いことぐらいいくら俺でも理解していた。

 

(うっかり寝ちゃって、例え隊のお姉さんが気を利かせて毛布を掛けてくれただけだったとしてもなぁ)

 

 隣にクシナタさんが寝ていたりしたら他の人からどう見られることか。

 

「スー様」

 

「起き……寝言か」

 

 と言うか、この状況もかなりヤバいのだ。背中には柔らかいモノを押しつけられた感触がずっと続いてる上、こうしてクシナタさんが時々寝言を零すのだから。

 

(精神衛生上アレって言うか……)

 

 時々回した腕にぎゅっと力を込めてきたり、幸せそうに笑うのもきつい。

 

(純粋に好意を向けられることに耐性がないってことか……はぁ)

 

 俺が元の身体で、クシナタさんが恋人であれば何の問題もない光景だが、現状ではやるせないだけだった。

 

(クシナタさんにとっては真実をさらけ出した後でも俺は英雄だったんだろうな)

 

 そうでなければ、ここまで慕ってくれるはずがない。

 

(けど、今の身体は借り物。憑依だっていつ解けてもおかしくはない。原因自体が不明なのだから)

 

 背中の重みも温もりも、一瞬で夢として儚く消えてしまうかも知れず、借りにずっとこのままだったとしても今度は別の問題が生じる。

 

(身体の持ち主からすれば身体を不法占拠されたまま、俺自身からすれば元の身体はどうなってしまうのかって大きな問題が残る)

 

 身体の持ち主の方にも居るか解らないが、家族。そして、こちらはパーティーを組んでいた以上ほぼ確実に居るであろう仲間。

 

(そもそも、他の世界における時間の概念もわかんないし)

 

 元居た場所の時間は止まっているのか、動いているのか。俺達の置かれた状況はどうなってるのか。

 

(忘れてたのか、忘れようとしていたのかどっちだったのやら)

 

 トリップやら転生、憑依で異世界に来てしまったキャラなら大抵は経験するであろうホームシック。

 

(とんだパンドラの箱が眠っていたもんだ)

 

 アッサラームの呪い騒動は解決したし、約束を果たした以上、売られた女性達の身柄も引き渡してくれるだろう。

 

(アッサラームとバハラタについてはほぼ一件落着、残ったのはダーマへルーラでいけるようにすることと、ジーンを新天地へ誘うこと、クシナタ隊のお姉さんの転職……事件の真っ最中に思い出すよりはマシだけど)

 

 キリの良いところだからふと頭を過ぎってしまう。元の世界に戻る方法を試してみても良いんじゃないかという悪魔の囁きが。

 

(ただの英雄ならいい。ヒーローは事件が終われば呼び止められてもただ去って行くだけ。けど――)

 

 今の俺は約束をまだ果たしていないし、やり残しも多い。

 

「結局の所、寝不足で俺も参ってるのだろうな」

 

 今考えなくても良いところまで思考がいってしまったのは、背中に感じる感触やら眠気から逃れようと無意識にあれこれ考えた故に起こったことだった。

 

「さっさと済ませてしまうぞ」

 

 掠われた女性からすれば一秒でも早く故郷に戻りたいであろうし、いくら罰のつもりで甘んじて受けるとしても無限に睡魔と戦える訳ではない。

 

(安全を確保してから寝ないと、昨晩以上のピンチにだってなりかねないもんなぁ)

 起こりうる最悪のパターンは、気がついたらクシナタさんプラス罰を受けたお姉さん二人と同じベッドで寝ていたと言うパターンか。

 

(あの二人は流石に懲りてると思うけど)

 

 寝ている俺に小細工解かされた場合、危険度は更に跳ね上がる。

 

(少々薄情だけど、バハラタに戻ってからジーンだけ連れてジパングにルーラ、ジーンをジパングに置いてアリアハンへルーラし宿屋に泊まるというのが一番安全かな)

 

 シャルロットはまだ風邪をひいてるだろうし、バニーさんが少しだけ心配だが、たぶんシャルロットの家に泊まってると思うので、これ以上妙な誤解も生まないと思う。

 

(さてと、方針が定まったなら残ったことをさっさと片付けちゃおう)

 

 俺は徐にクシナタ隊のお姉さん達に向き直ると、再び口を開いた。

 

「とりあえずクシナタ隊は手分けして残る掠われた人達を連れてきてくれ。呪いは解けている以上、約束は果たしたからな」

 

「「はい」」

 

 声を揃えて応じると、お姉さん達は自分が何処に向かうかを近くの仲間と相談し始め。

 

「ただし罰を受けてる二人は、ここに残って既に保護してる女性の世話をして貰う。その語尾や格好で外を出歩きたいなら別だが」

 

「あ、ありがとうございますオッサンとぱふぱふ」

 

「スー様、あんな事をした私達の為に」

 

「ああ」

 

 約二名、別の仕事を申しつけた二人は感動していたようなので、自分達までお仲間と見られるのが嫌だからと言う血も涙もない本当の理由は隠して鷹揚に頷いておいた。

 

「俺はアイテムの調達に町を回ってくる。流石にこれでは荷物が持てんのでクシナタには宿で寝ていて貰うことになるが、宿の客室なら問題もなかろう」

 

 背中の感触に未練などございませんとも。と言うか、俺の理性がガリガリ音を立てて削られていそうなので、ポーカーフェイスしつつも解放は急務だったのだ。

 

(金のネックレス無理矢理引きちぎったからなぁ、影響がまだ残ってるのかも知れない)

 

 ぱふぱふしたいなんて思っていませんぱふ。

 

(くっ、流石アッサラーム。これが誘惑の町か)

 

 出来ることならもう二度と訪れたくはない。今日のウチに必要なモノは全て回収しておこう。

 

(ついでに踊り子さんの行方も報告しておくか)

 

 原作ならアレフガルドに行かなければ解らない行方不明の踊り子も不完全とはいえ原作知識を持っている俺にはとっては既に知っていること。

 

(とは言っても直に話した訳じゃないから、突っ込んで聞かれると答えられないんだけどね)

 

 報告で貰えるアイテムはゲーム終盤で手に入ることを踏まえれば、欲しいのだが報酬に値する情報を渡せない以上、ここは諦めるしかない。

 

「……と思っていたのだがな」

 

 宿を出てから二十分後、「解せぬ」と呟く俺の手の中には人づてに聞いたことにした行方不明の踊り子の話に感謝して座長さんのくれた品があった。

 

(呪いを解きもしたからなんだろうけど、うん)

 

 俺の記憶ではここで貰えるアイテムは魔法のビキニだった気がするのだが、情報が中途半端だったのが悪かったのかも知れない。

 

(ぬの の めんせき が じょうほう に ひれい してる き が します よ?)

 

 ゲームの世界にはなかった防具なのかもしれない、きっとそうに違いない。

 

(と言うかこんな布と言うよりヒモみたいなモノ女性に着ろって渡した瞬間、社会的に俺が死にますよね?)

 

 ひょっとして嫌がらせだったんだろうか、不確かな上に大したことのない情報でアイテムを貰おうとした図々しい奴に対する座長さんの。

 

(か、考えるのはよそう。次はとりあえず小さなメダルを譲って貰える交渉をしに行かないと)

 

 ゲームで言うところの持ち物欄を座長さんから頂いたとんでもない爆弾で埋めた俺は、それを鞄に押し込むと出来るだけ平静を装って歩き出したのだった。

 




馬鹿なっ、クシナタさんのヒロイン力が更に上昇してるだと?!

攻略サイト見て回ったら、魔法のビキニではなく危ない水着をくれると書いてあるサイトがあって、確認の時間が取れなかった為に、こうなりました。

次回、第百三十九話「アッサラームを立ちて」

さようなら、アッサラーム。

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