「抜け道など通らんでも、東に行きたいなら連れて行ってやるぞ? そもそも俺は東から来ているのだからな」
キメラの翼を手に、ただしただと言う訳にはいかんとして要求したのは、小さなメダル。
「なんと、あれを渡せば連れて行ってくれるというのか」
「ああ。こちらからすればついでだからな。ところで、読んだものの性格を変えるような書物を探しているのだが、心当たりがあれば教えて欲しい。情報については謝礼をするし、モノがあるというなら言い値で買おう」
「それなら本棚に一冊あったと思う。少し待っていてくれ。とって来させよう」
無事交渉が成立しかけたところで問うと、金持ちっぽいオッサンはパンパンと手を叩いて使用人を呼んだ。
(ふーむ、この辺りもゲームと乖離してるなぁ)
ベビーサタンの一件があって思い出したのだが、目の前のオッサンの家に使用人なんて居なかった筈なのだ。
(おそらく、他の町もこうやってキャラが水増しされて都市らしい人口とかになってるんだろうな)
そして、人が増えればイベントも増える。
(元々ここに来た理由だって、それに関連してた訳だし)
町の人口がゲーム通りだったならそもそもカンダタ一味の掠ってここへ売り飛ばした女性自体が存在しなかったのだから。
(追加イベントってのもゲームだったら喜んで探したんだろうけど、そんな余裕はないよな)
ベビーサタンの件と勘違いしていた猫に魔王の使い魔が憑依している件はそのままになっているし、手下のボストロールを失ったバラモスがこのまま何もせずのんびりしているとは思いがたい。
(勇者にはまだ警戒していないと思う。ただ、サイモンのふりをしてサマンオサで結構派手に暴れたし)
原作では、ボストロールとおろちを倒したらオーブを集めて不死鳥ラーミアを孵化させその背にのってバラモスの城に攻め込むって話だった筈だがそのオーブもまだ一つとして手に入れていない。
(おろちの持ってるオーブはジーンを送るついでに回収してくるとして、海賊のアジトにあるやつを回収するには間違いなく船が要るかぁ)
一応、掠われた人を助け出した時にくろこしょう屋の孫娘さんも助け出しているので船と交換する分にも交易の商品としてもくろこしょうの供給元については大丈夫だ。
(おろちの性格についても本を譲って貰えれば何とかなりそうだし――)
噂をすれば影とでも言うのか。ちょうど性格を変える本のことを頭に過ぎらせた時だった。
「お待たせしました、ご主人様」
オッサンに命じられて引っ込んでいた使用人さんが戻ってきたのは。
「おお、来たな。本は?」
「こちらに」
捧げるようにしてテーブルに本を置くと使用人さんは一礼して下がり。
「ご苦労。さて、この『ユーモアのほん』だが、町の恩人にふっかける気はない。60ゴールドでどうだろうか?」
「っ」
オッサンが提示した額はこちらの想定より遙かに安かった。
「すまん、ではその価格で譲って貰おう」
「なあに、望んでいた東へ行けると言うのだ。本もメダルもそれに比べれば大したものではないよ」
交渉は成立し、俺はその後出立の時間と集合場所を伝えてオッサンの屋敷を後にする。
(ゲームとは違って、かぁ。人が多いと言うことはゲームでは手に入らなかったアイテムが新たに手に入る何てこともあるかな)
勿論、欲張りすぎると集合時間に間に合わなくなる可能性がある。
(旅人や学者もしくはお金持ちや土地の名士にターゲットは絞ろう)
旅人ならばこの町で売り払おうとアイテムを持ち込んでる可能性があるし、学者は研究の為、お金持ちや名士なら見栄の為に良いアイテムを持ってるのでは、と思ったのだ。
「……世の中そんなに甘くない、か」
ただ、俺は失念していたらしい。つい昨日までこの町は呪いが広まっていたという事実を。
(呪いが広まってる町に来る物好きなんて普通居ないよなぁ)
探した結果、呪いが怖くてベリーダンスが見られるかぁという猛者も居たが、交渉しても手に入れたい品を持っては居なかった。
「と言うか、嫌がらせなのかこれは? つい買ってしまった俺も俺だが」
ブツブツ呟いて視線を落とした先にあった鞄には、座長さんに貰ったアレの他、魔法のビキニと女性モノの際どい下着が入っている。
(いや、こういう町だとは解っては居たはずなのに……)
肩から提げた鞄にはシャルロットの持つ無限にアイテムが入る袋とは違って容量の限界がある。
(荷物が持ちきれなくなる前に売るか誰かに渡すか袋に入れる必要がある訳だけど)
女性に渡せば、社会的に俺が死にかねない。袋に入れるにはシャルロットに話を通す必要があるし、後日袋の中にビキニやら下着やら水着を見つけたら誰が入れたんだという話になって時限式でやっぱり俺が社会的に死ぬ。
(だからってわざわざお金を払って手に入れたモノを売り払うのはなぁ)
もういっそのことまた新しい仮の姿でも作って、プレゼントと称し送りつけるか。
(そう、赤い服に白い袋を背負って「メリィークリスマァス」とか叫びながら)
ツッコミどころだらけなのは自覚している。そも、この世界にサンタさんが存在するのかもわからないのだし。
(うん、没だな。サンタさんの名誉毀損で訴えられかねない)
なら、義賊カンダタとでも名乗って行うか。
(これも駄目だな、まだカンダタと面識のないシャルロットの場合、シャンパーニの塔で出会った時とか素直にお礼を言いかねない)
ばれるような嘘をついて墓穴を掘るぐらいなら最初から没にすべきだ。ただでさえここのところポカが多いのだから。
(よし、いっそのことモシャスで俺が女の子に変身して着……っ)
行き詰まって、かなり追い込まれていたのだと思う。
(危ないところだった)
俺が着てどうするというのだ。しかももし途中でモシャスの効果が切れたなら変態爆誕である。
(とは言うもののなぁ……どうすればいいのやら)
ちなみに、おろちに渡すと言う選択肢は最初から除外してある。あのせくしーぎゃるへわざわざそんなモンを持ち込むなど、手の込んだ自爆でしかない。
(ん……待てよ? 俺が手渡したら自分に気があるとか誤解されるかもしれないけど、黙ってこっそり置いてくる分には問題な……いやあるな)
誰からの品か解らなくてもせくしーぎゃると化したおろちなら嬉々として身につけかねない。
(常時ヒモ水着の変態女王が爆誕とか……)
しかもせくしーぎゃるである。俺をピンチに追い込んだ女戦士をぶっちぎるレベルの天敵が生まれてしまう。
(正体が魔物なら罪悪感無しで送りつけられるかと思ったけど、俺が間違ってた)
結局、手に入れたアイテムの活用法も処分方法も解らぬまま、時間だけが経過し。
「すまん、待たせたか?」
ぐるりとアッサラームの町を回った俺は、クシナタ隊や本を譲ってくれたオッサンとの集合場所へとたどり着き、既に待っていたお姉さんに声をかけた。
「ううん、まだ来てない子もいるし。首からプラカードの子はギリギリの方が良いでしょ」
「……言われてみれば。と言うか、バハラタに着いてもまだプラカードなのか?」
「うっ。わ、私もそう思うんだけどね。隊長、お冠だから。スー様から何とか行って貰えない?」
俺の質問に引きつった顔をしたお姉さんが問うて来たが、俺にだって出来ないことはある。
「俺もポカをやらかして説教を喰らった身だからな、むしろ逆効果だろう」
プラカードの罪状が例え間接的に「ぼーっとしていてむっつりスケベにされた間抜けです」と言う意味合いで俺へのダメージになっていたとしても、だ。
「だいたい、そんな時間もないらしい」
そう言って肩をすくめつつ俺はこちらへやって来る人影を示し。
「いやぁ、お待たせした。バハラタ行きはこちらで宜しかったな?」
「皆さん、遅くなりました」
ああ来ちゃったんですかと漏らしたお姉さんへ振り返り「な」と同意を求めた。
「さてと、これで全員だな?」
「はい、揃いましてございまする」
掠われた人とお金持ちっぽいオッサンにその使用人。かなりの大所帯になってしまったが、最悪ルーラを使える面々で幾つかのグループに分けて飛べば良いだけのこと。
「なら、ゆくぞ。バハラタへ」
俺は周囲を見回してからキメラの翼を天高く放り投げた。
次回、第百四十話「バハラタ経由ジパング行き」