強くて逃亡者   作:闇谷 紅

157 / 554
第百四十一話「はみ出ちゃだめぇっ」

 

「……ここが、ジパングなのか?」

 

「ああ……ん?」

 

 ジーンの問いかけに首を縦に振り、入り口をくぐった先で目に飛び込んできたのは見慣れぬ建物。

 

(ゲームじゃこんな建物無かったよなぁ)

 

 人口が増えていることで町の中などもゲーム通りの地形ではなくなっているが、それを差し引いても目の前にある建物は見覚えがなかった。

 

「ああ、これだったら『こうえきじょ』とか申すものだとか」

 

「成る程、本格的に事業を始めるつもりなのか」

 

 その辺りを歩いていたジパング人を捕まえて聞いた所、洞窟で鍛えた魔法使い三人組の一人が俺と入れ違いに大工を引き連れてやって来て建てていったらしい。

 

(バタフライ効果というか、何というか。ここも様変わりして行くんだな)

 

 出来れば良い方向に変わってくれることを祈りながら交易所の前を通り過ぎると、井戸を迂回して鳥居をくぐる。

 

「まずはヒミコにあって移住の許可を貰わんとな」

 

 そして譲って貰った本でその性格も矯正しなくてはいけない。持ち込んだキングヒドラも気になるが、それは最後だ。

 

「かあちゃん、あれ何ー?」

 

「ぬぅ、外国の木こりは変わった格好をするのじゃな」

 

 すれ違う人の注目をジーンが集めまくっているような気もしたが、さらりとスルーしてヒミコの屋敷へ向かう。

 

(木こりと思われたならむしろ幸いだよな。勘違いに便乗すれば当人の望み通りの静かな暮らしはできるだろうし)

 

 問題があるとすれば、このジパングの外をうろつく魔物の方がジーンより強いことぐらいか。

 

(とは言えちょうど良いレベル上げスポットが近くにあるもんなぁ。育成すれば問題はだいたい解決するかな)

 

 灰色生き物ことメタルスライムが狩られすぎて絶滅するようなことがなければ、それで何とかなると思う。

 

「そう言う訳でな、ここで暮らすなら魔物に狩られない程度の強さを身につける必要があるだろう」

 

「……それを手伝うと?」

 

「俺がではないがな。人間向き不向きと言うモノがある」

 

 成長させる為の糧が灰色生き物なら、事情を知らない者の前でも遠慮無くドラゴラムの呪文を使えるスレッジでの同行が相応しいのだから。

 

(ジーン一人なら経験値も半分は入るはずだし、短時間で済むはず)

 

 順番的にはキングヒドラがどうなったかの更に後だが、せっかく新天地へ誘ったのだからジーンにはここで幸せになって貰いたい。

 

「腕の良い魔法使いを知っている、クシナタ達の元にも戻らねばならんから俺と入れ違いの形になると思うが」

 

 とりあえず、同一人物と疑われない為の理由付けをしつつ屋敷の入り口をくぐると、ヒミコの部屋はもうそれ程遠くない。

 

「今のヒミコは性格を変える本のせいで少々『せくしーぎゃる』になってしまっている。お前を住まわせる以上、面通しは必須だが、注意しておけ」

 

 部屋に入る前に「何言ってるんだこいつ」という目で見られることを覚悟でジーンへ忠告をした俺は、大きく息を吸って、吐く。

 

(ラスボスなんかよりよっぽどやりづらい相手だからなぁ)

 

 だが、天敵との対峙もこれで終わる。

 

(おろちだって矯正されてしまった今の性格は好ましいと思っていない筈)

 

 故に、本を出して拒まれることは無いと思う。

 

「さて、行くか」

 

「わかった」

 

 お付きの人には献上品を持って来たと本の実物を見せて説明し、ジーンを伴って再び歩き出す。

 

「……ところで、『せくしーぎゃる』と言うのは、俺の知っているもので良いのか?」

 

 なんて聞いてくるジーンをいざとすれば人身御供にするなどと非道で外道なことは考えていない。

 

(「さつじんき×やまたのおろち」とか考えると全く別のゲームだしなぁ)

 

 もちろん、一目見た瞬間恋の花が咲いたとか自然な恋愛だったら無責任に応援ぐらいはするけれど。

 

「邪魔をする、性格を変える本を手に入れてきたぞ」

 

 ともあれ、まずは先手必勝。うむを言わさず、俺は用件を告げた。

 

「な、本じゃと?」

 

(よしっ、食いついてきたぁっ)

 

 完璧だったと思う。きっとこれなら主導権は握ったも同然だろう。おかしいところ何て何処にもない。偽ヒミコことおろちの視線はちゃんとこちらに向いてるし、問題の本はよく見えるように殆どヒモな水着がはみ出してる鞄から取り出して両手で持っていた。

 

(うん、おかしな所なんて……そくざ に みつけられる ぐらい に ないね)

 

 と言うか、はみ出すな水着。

 

(何だかガン見してるのが本じゃなくて鞄からはみ出した余計なモノのような気がしますよ?)

 

 きっと本を取り出したはずみでこうなったのだろう、おのれお付きの人。

 

(見なかったことにするとか気を回さないで注意してよぉぉぉぉぉぉぉっ)

 

 やっちまったとか言うレベルではない。

 

「お、お前様……それは?」

 

「あ、ああ……ブックバンドだ。本を縛る、な」

 

 だからこそ、咄嗟に嘘をつけた自分を褒めたい。

 

(嘘つきは泥棒の始まりと言われたって気にしないっ! 俺、盗賊だもんっ)

 

 ただ、謎の気持ち悪い言い回しを脳内でしてしまうほど、テンパっていた俺は一瞬とは言え忘れていた、ジーンのことを。

 

「……それは水着ではないのか?」

 

 その罰だとでも言うのか、ジーンの無情に友情な親切心がいらんお世話で俺を窮地にシュートした。

 

(じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっ!)

 

 心の中で絶叫し、脳裏に危険な攻撃呪文の詠唱文が幾つも浮かぶ。そうか、これが殺意か。

 

(って、初体験に呆けてる場合じゃないっ!)

 

 考える必要があった、この状況を取り繕える言い訳を。

 

 




謀ったな、ジーンッ!

ジーンのよけいな親切で大ピンチに陥った主人公。

水着はおろちに着られてしまうのか。

次回、第百四十二話「せめてこの水着ならおろちよりシャルロットに着て欲しかった」

主人公、君に勝利の栄光を。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。