強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百四十三話「八つ当たりなんかじゃないと俺は言いたい」

 

「とりあえず、やることはやったな」

 

 厳密に言えばまだジーンのレベル上げが残っているが、それを手伝うのは刀鍛冶の家から出てきた盗賊ではなく、魔法使いのスレッジなのだ。

 

(ジパングの外に出て、着替えてジーンと落ち合う。その後は強行軍かなぁ)

 

 爺さんと覆面マントのペアが灼熱の溶岩洞窟で延々と魔物を倒す光景など第三者から見たらきっと「誰得だ」と問いただしたくなるだろう。

 

(うん、さっさと済ませよう)

 

 バハラタでクシナタ隊のみんなを待たせてるし、シャルロットの様子も気になる。

 

(たかが数日顔を見ていないだけだって言うのにな)

 

 ここまで苦労とピンチの連続だったせいか、気づかないうちに俺は随分参っていたらしい。苦笑しながら鞄を開けると、脱いだミスリルヘルムを押し込み、代わりに底にしまい込んでいたフード付きの服を着込む。

 

「この格好もいつぶりじゃったかのぅ」

 

 バハラタで甲冑男を懲らしめた時まではスレッジだったはずなので、そんなに日は経っていないとは思う。

 

(やることも大して変わらないよな)

 

 ただドラゴラムの呪文で竜に変身して魔物を焼き払うだけ。

 

(ん?)

 

 俺が草を踏む音に振り返ったのは、その直後だった。

 

「……そこの老人、助っ人の魔法使いというのは」

 

「うむ、おそらくワシのことじゃろうな」

 

 相変わらずなさつじんきルックのジーンに首肯を返すと、服を着込む前に肩からかけていた鞄を掲げて見せる。

 

「スレッジじゃ。こいつはあの男から預かっておっての」

 

 説明しつつ鞄を開け、取り出したのは一つの盾。

 

「これで身を守ると良いじゃろう。もっとも、一時的に貸すだけと言っておったがの」

 

 キングヒドラの角・うろこ・皮などを貼り合わせて作られた特別製のソレを差し出しつつ付け加える。

 

「あの男も意外とケチくさいのぅ。そう言う訳じゃから、その盾は修練が終わったら回収するが悪く思わぬようにな?」

 

 まぁ、自分用に作って貰った高性能の盾をわざわざ隠遁する男にくれてやれるほど俺も気前は良くない。

 

(と言うか、やみのころもはブレス耐性ないし、盾で補っておかないとって用意した一品だからなぁ)

 

 おろちが襲ってくることも無いと思うので、盾が効果を発揮出来るのは、火を吐く生きた溶岩の魔物であるようがんまじんと対峙した時ぐらいだろう。

 

(うっかり、竜変身中に八つ当たりで炎のブレスに巻き込んでもダメージ軽減されるだろうとか、そんなことは考えてないし)

 

 単に強い盾を装備しているだけでも生存率は高くなる。

 

「魔物との戦いでワシは竜に変身する呪文を使うのじゃが、変身すると敵味方の区別ぐらいしか出来なくなってしまうのでの。自分の身体は自分で守って欲しい訳じゃよ」

 

「……本当にそれだけで良いのか?」

 

「うむ。相手が格上であれば対峙して生き残るだけでも充分修行じゃしの」

 

 クシナタ隊のお姉さん達がついてくるだけでレベルアップしていたのだから、今回も大丈夫だと思う。

 

「……そう言うものか」

 

「まぁ、百聞は一見にしかずとも言うからのぅ。ここを出て少し言ったところで魔物と戦って見るとしよう」

 

 微妙に納得のいかなさそうなジーンを連れ、この後俺が行ったのは、クシナタさん達の時にもやった口笛で呼びだして高位の攻撃呪文で瞬殺するコンボ。

 

「ゴアアアッ」

 

「ごきげんようベギラゴンっ」

 

 口笛でノコノコ現れた数頭の熊は俺の手から発せられた熱の中でバタバタと倒れ伏した。

 

「これでワシの言うことに嘘がないことは解って貰えたかの?」

 

 黒こげになったくまさんを前に振り向いて問いかけても覆面マントの男ことジーンは絶句していたが、こちらからすれば想定内。

 

「――レッジ殿ぉぉぉぉ」

 

「むおっ?!」

 

 むしろ想定外だったのは、俺の名を呼びながら飛んで来る人影だった。

 

(あれは交易担当の……)

 

 冗談抜きで「ワシが育てた」とか言っても過言にならない魔法使い三人組の一人。

 

(仕事でジパングに飛んできて、たまたま眼下に俺を見つけて声をかけたと)

 

 最初はそう思った。

 

「スレッジさぁぁぁぁん」

 

 もの凄く聞き覚えのある声を、聞くまでは。

 

「スレっこほっ、こほっ」

 

「もうシャル、無理をしてはいけませんわ」

 

 上空で器用に窘めるお姉さんの隣、口元を押さえながら咳き込んでいたのは、紛れもなくシャルロットだった。

 

(はい? ちょ、おま)

 

 何がどうしてこうなった。

 

(いや、バハラタから想定外の事態でアッサラームとか行ってたし、数日報告が聞けなかった気はしたけどさ)

 

 明らかにシャルロットも本調子ではないようなのに、何故ジパングに飛んで来てるのか。

 

(そりゃ交易担当の人がルーラで連れてきたんだろうけど……って、そうじゃなくて!)

 

「……知り合いか?」

 

「う、うむ」

 

 俺の動きが止まったのを訝しんだジーンへ声をかけられて我に返った俺は、とりあえず頷いた。

 

(って、やばっ)

 

 そして同時に知りうる限り空気読めない率でトップを誇る男が隣にいることに思い至って頭を抱える。

 

(もしシャルロットがこっちに来たら、まず自己紹介だよな)

 

 そのとき、盗賊の俺がシャルロットの師匠と知れば必ず言うだろう。

 

「……そいつならさっきまでここに居たぞ」

 

 と。

 

(シャルロットのことだ、すぐさま探すか追いかけて行きかねない)

 

 体調が万全でなさそうにもかかわらず。シャルロットは、そう言う娘だ。

 

(雨の中待っていたりするぐらいだもんなぁ)

 

 そして、刀鍛冶の元には試着者到着待ちの危ない水着と魔法のビキニとガーターベルトがあると言う悪意さえ感じる状況。

 

(ジーンとの顔合わせを避ける為にこっちが放置するか逃げたら、手がかりを探す為に聞き込みとかしちゃっても不思議はない、と)

 

 その過程で師匠がとんでもないモノ持ち込んでいたことが発覚するんですね、わかりたくねぇですぜこんちくしょう。

 

(これはもう、こっちから接触して上手いこと触れないように誘導し誤魔化すしかないじゃないですかーやだーっ)

 

 俺のピンチは一体いつ終わるというのか。

 

「ゴアアアアッ」

 

「やかましいわい、ベギラゴン」

 

 ふさぎ込みたくなるところで無神経に咆吼を上げられて、気がつくと俺は呪文を唱えていた。

 




完治していない様子で現れたシャルロット。

そして、終わる暇がなかったジーンのレベル上げ。

立ちはだかる難事を主人公はどう切り抜けるというのか。

次回、第百四十四話「祝・シャルロット再登場」

お待たせしました、シャルロットファンの皆様方。

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