強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第十四話「風評被害」

「「メラッ」」

 

「ギャァァッ」

 

「ピギーッ」

 

 俺の心配は杞憂だったらしい。女魔法使いの飛ばした火の玉で顔面を焦がされたおおがらすがあげた断末魔とほぼ同じタイミングで水色生き物が火だるまになって居たのだから。

 

(そっか、ちゃんとやれたんだな)

 

 相手にトラウマを抱いている筈だというのに、勇者は自分からスライムを狙ってメラの呪文を唱えたのだ。

 

「ふぅ、これで上空からの奇襲はなくなりましたけど……いきなり何をしますの」

 

「すっ、すみません、ごめんなさい。無防備なお尻があると、その」

 

 おおがらすを倒した女魔法使いが角の生えたうさぎと対峙するバニーさんを剣呑な目で見るが、無理もない。

 

「まぁまぁ、今は戦闘中です。口論はひとまず置いておきませんかな?」

 

(やっぱバニーさんは何とかしないとなぁ……さてと)

 

 僧侶のオッサンが仲裁に入る所まで見届けて、俺は勇者達に背を向けた。

 

(シャルロット達だけで対処出来るなら俺が出張るのは無粋だよね)

 

 大丈夫だとは思うが、放置してきたおおありくい二匹のこともある。

 

「こちらも要らぬ心配だったな」

 

 護衛と合流した第一声がそれになったのも、半ば予想出来たことだった。

 

「おぅ、ダンナにゃ遅れちまったけどな」

 

 地面に倒れたおおありくいたちはピクリともせず完全に事切れており、片方については重量に任せた鈍器で殴られたかのように身体の一部が陥没している。

 

「はん、侮んじゃないよ。こんな雑魚仕留めたところで自慢にもなりゃしないけどね」

 

 魔物の死体を蹴飛ばした女戦士は凶器になった銅の剣を担いで俺を睨み、鼻を鳴らした。

 

(なんだかなぁ)

 

 この女戦士が俺に食ってかかってくるのには訳があった。

 

 

 

 そう、あれは、ルイーダの酒場で勇者の呪文における教師役を紹介して貰おうとルイーダさんに名簿を見せて貰い、一人の魔法使いを指名したすぐ後のこと。

 

「今度はその魔法使いを毒牙にかけようってのかい?」

 

 いきなり人聞きの悪いことを言ってきたのが、この女戦士だった。

 

「勇者の師匠だったかね? 聞いてるよ、借金を立て替えたかわりに女遊び人に好き放題してるそうじゃないか」

 

 何でも俺は立て替えた借金を盾にバニーさんをご主人様と呼ばせ欲望のはけ口にしただけでは飽きたらず、勇者へのセクハラを強要して楽しんでいる外道なのだそうだ。

 

「あたいは勇者の護衛を請け負っててね、見てるんだよあの娘が謝りながら勇者の尻を触っているところを」

 

 はっきり言って、俺は返答に窮した。

 

(一概に誤解と言い切れない部分があるのが何とも……)

 

 利息が付くよりはとバニーさんを仲間に加えた日、彼女の借金を立て替えたのは事実なのだ。

 

(しっかし、何故この身体の方のパーティーの口座が残っていたのやら)

 

 全てリセットされたかと思っていた俺にとって意外だったのが、このキャラの所属していた方の勇者パーティーの口座がゴールド銀行に残っていたことだ。

 

(そのお陰でバニーさんの借金を返せたんだけどなぁ)

 

 ゴールド銀行はルイーダの酒場の中にある。俺が借金を立て替えると恐縮したバニーさんがどんな行動をとったかおわかりだろうか。

 

「あ、ありがとうございますっ。か、必ずお返しします……その、すぐには返せませんけど、ご主人様がお望みなら――」

 

 そう、身体で払うとか言い出したのだ、人前で。

 

(だ れ が そ ん な こ と を よ う き ゅ う し た か)

 

 ツッコミたいのを堪えて、丁重にお断りしたのだが、居合わせた酔っぱらいが話を大きくしたのではないだろうか。

 

(その上で「ああいう修行」させてたことを知ればなぁ)

 

 邪推するのも無理は無いと思う。だったら、勇者達と引き合わせて誤解を解こうとしたのだが、これは女戦士に拒否された。

 

「あたいは影から勇者を守ってんだ。面識出来るのは拙いんだよ。わかってて言ってるだろ」

 

 とんだ言いがかりである。

 

「ならあの男は?」

 

 ヒャッキが勇者を酔っぱらいから助けたのは、どうなのかと聞くと「人は人」と言う答えが返ってきた。

 

「第一、あいつは自分から嫌われるようにし向けただろ? 面識作ってパーティーに誘われたらあいつみたいにわざと嫌われろとでも言うつもりかい?」

 

 こう返されて「そうだ」という面の厚さを俺は持ち合わせていない。

 

 

 

(そして今に至る……んだけど)

 

 女戦士は俺の化けの皮を剥がし、勇者達を俺の魔の手から解放しようと言う腹積もりなのだ。

 

(本当にどうしようなぁ)

 

 少しでも誤解が解ければと男性の僧侶も斡旋して貰い、一時的にパーティまで抜けたというのに俺の疑いは晴れない。

 

(このままだと勇者の育成に支障が出かねないし、かといってこの誤解を放置するのもマズイ)

 

 けれども、しあわせのくつの存在と効果を明かすわけにもいかず。

 

(履いて歩くだけで強くなれるアイテムの情報なんて出回ればトラブルの元だもんなぁ)

 

 故に靴の効果は勇者達に明かさなかった。

 

(そもそも、俺が靴の説明をしてそれを信用してくれるかって問題だってあるし)

 

 頭は痛いが、良い解決法が思いつかないのも事実。

 

(今は勇者達を見守ってレーベに行くしかないかな)

 

 先送り、逃げにしかなってないとわかりつつも俺は問題を頭の片隅に追いやって、勇者を追い歩き出すのだった。

 




極悪非道なり主人公。

まさに女の敵は女戦士から正義の鉄槌を下されるのか?

え、違う? えん罪?

ともあれ、勇者育成の障害となって立ちはだかる風評被害。

このピンチを主人公はどう切り抜けるのか?

次回、「めんどくさい女(性的描写注意)」にご期待下さい。

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