「先程の娘じゃがの」
少し迷って、まず最初にしたことはジーンへの説明だった。勿論、伏せるべき所は伏せてだ。
「お主をここまで連れてきた男の弟子でな、師匠を慕っておるらしい。そこでお前さんが『その男ならついさっきまでここに居た』などと無神経な発言をした日には、あの娘を落胆させかねん」
見たところ本調子でない娘を気落ちさせるようなことを言うのは良くないから、と言う理由で口止めしようと言う訳である。
(ちゃんとした理由まで説明すればいくらこの人でも失言はしないだろ)
油断するとかではない、わざと体調の悪い女の子を落ち込ませるような奴ではないと思ったのだ。
「そんなことになったら、ワシはあの男に詫びる為に精神力が尽きるまで原因になった輩に攻撃呪文をぶち込まねばいかんかもしれん」
続けて一応釘は刺したが、これはブラフである。そもそもさつじんきのジーンなら呪文一つで事足りるのだから。
(別に信用してないわけじゃない。けど、ジーンはおろちと俺のやりとりも見てるからなぁ)
水着がはみ出て大混乱事件のことを何気なく話し出してもおかしくない以上、慎重すぎるぐらいでちょうど良い。
(こうしてジーンが要らないことを話すのを防ぎ、次はシャルロット達に接触して何故ジパングに来たかを一応聞いてと)
シャルロットの体調が万全でない所と、魔法使いのお姉さんも一緒に付いてきているところを見るにたぶんルーラでジパングに飛べるようにする為地理を覚えに来たとかじゃないかと予測は立つけれど、思いこみは危険だ。
(ただでさえ、これまで結構ポカやって来たんだから、一つ二つは失敗するくらいの気持ちで、原因を一個ずつ潰していかないといつピンチになるやら)
ただでさえ、刀鍛冶の所に誰かを連れて行かないといけない流れなのだ。
(そっちは俺がモシャスでシャルロットに変身して試着すればいい様にも思えるけれど)
モシャスの効果時間の短さを鑑みると、試着中にモシャスの効果が切れる最悪パターンが待っている気がする。
(と言うか、そもそも変身するなら見本にすぐ直前まではシャルロットと一緒にいる必要があるとか、穴だらけだわ、この案)
効果時間を最大限に活用するなら別れた直後にモシャスする必要があるが、刀鍛冶の家の前まで来ていれば勇者であるシャルロットが興味を持たない筈がない。
(いや、シャルロットだけじゃないな。普通新しい町に来たら武器屋と道具屋とかはだいたい見て回ったもんなぁ)
ゲームでのことだが、俺もそうした。
(うん、試着はまた今度にしよう。ほら、シャルロットも調子悪そうだったから、こんな時にあんなヒモだけとか余計体調悪くなっちゃうよね、ふつう)
一体誰に向かって弁解してるのか心の中で、誰かへ必死に言い訳しつつ、足はジパングへと向かって動く。
(何て言うか、体調悪いから俺はシャルロットを保護しなきゃいけないんだよ。こう、まかり間違っておろちの所行って変なことでも吹き込まれたら拙いからね? 変なことでも吹き込)
この時俺は、埋まった地雷が刀鍛冶の所だけではないことに気づいた。
(……しまったぁぁぁぁ、おろちがいたぁぁぁぁぁっ!)
隣にはジーンが居る、口に出して絶叫しなかった自分を褒めたい。
(うわぁどうしよう、魔法使い三人組の人は仕事で来ただろうし、だったら確実にヒミコの屋敷に立ち寄るはず)
そちらについていったなら、たぶん詰む。
(人に害を及ぼさない様に約束したことは伝えたと思うけど)
その後お土産を持って遊びに行ったら身体を差し出されたというシャルロットにはとうてい聞かせられない展開の後再訪問した俺は鞄から水着をはみ出させている。
(どっちか一つでも話されたら色々終わるっ)
やばい、やばすぎる。
「いかん、あの女王がいらぬことを吹き込んだら――」
シャルロットが俺を師として慕っていることはジーンにもさっき教えてある。だからこそ、呟けば俺の危惧するところの何分の一かぐらいは伝わるだろう。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
歩いている場合ではない、全力疾走だった。
(賭けるしかないっ、シャルロットのよい子っぷりとこれまでのスレッジとの関係に)
顔見知りを見かけてわざわざこちらまで挨拶に足を運んでくれる可能性、それだけが俺にとっての唯一助かる術、蜘蛛の糸だった。
「ゴアアアアッ」
「邪魔をするでないわぁっ」
故に、邪魔する者は許さない。呪文を放つ手間も惜しくて渾身の力を込めて繰り出した拳は熊の身体を貫通して背中へ突き抜けた。
「砕け散れぇい、イオラっ」
腕を引き抜きざま、身体の中に呪文を放って、膨れだした体躯を蹴り飛ばす。
「ゴボァ」
「ワシの前を塞ぐなら等しく滅びがあると知れぇっ」
爆散した熊の肉片がボトボト落ちてくる中で俺は吼えるとロスした分を取り戻すべく、また走った。
「……素手で、熊を」
後ろでジーンが何か言っていたが、どうでもいい。
(早く、早くシャルロットを)
考えることはそれだけだった。
「「ゴアアアッ」」
「邪魔じゃというのがわからんかぁっ」
しょうこりもなく出てきた三頭のごうけつぐまの内右の熊の顔面を密かにバイキルトをかけた拳で粉砕し、中央の熊の首を蹴りでへし折る。
「ゴアァ」
「ちぃっ」
残った一頭が爪で引っ掻いてきたのを敢えて左腕で受けながら、血塗れになった右腕を攻撃直後の熊の顔面へ向ける。
「メラゾーマっ」
「ゴ」
至近距離から大きな火の玉をぶつけられた熊は生じた爆発の中に消え、自爆しないように俺は即座に後ろへ飛ぶ。
「まったく、こんな時ばかり邪魔が入」
「スレッジ……さん?」
ぼやきつつ身を起こしかけた時だった、聞き覚えのある声がしたのは。
(どうやら、賭けには勝てたのかな)
こちらを呆然と眺めるシャルロットの姿に俺は心の中で胸をなで下ろす。
「ふむ、久しぶり……と言うほどでもないかの。とは言え『元気じゃったか』と聞くのは愚問じゃの」
血塗れの締まらない姿ではあったが、務めてスレッジのキャラを作って戯けつつそう言った。
ぎゃぁぁぁぁ、シャルロットがあまり出せなかったぁぁぁぁぁっ。
申し訳ありませぬ。
ので、次回はシャルロット側からここまでの光景をお送りしたいと思います。
次回、番外編11「そしてボクはジパングに(勇者視点)」