「ちょっと出かけてくるね」
断りを入れてからボクは家を出た。時々咳は出るけど、熱も下がったし風邪自体はだいぶ良くなったと思う。
「道具屋さんで薬を買って……」
その後は教会に行くつもりだ。
(みんなは「気にすることはない」って言ってくれてるけど)
パーティーがアリアハンで足止めされてるのは、ボクが風邪をひいちゃったからに他ならない。
「はぁ……」
教会に着くどころか、道具屋さんにも辿り着いていないのにため息が出る。
「どうしたのじゃ、ため息などついて」
「えっ」
だけど、見られているとは思わなかった。驚いて声の方を振り向くと、見知らぬおじさんが居て。
「実は――」
元々教会には懺悔に行くつもりで、誰かに話を聞いて欲しかったボクの口は自然に事情を語り出していた。
「なるほどのぅ、風邪をひいて迷惑をかけた分仲間に何かしたいというのじゃな」
「うん、埋め合わせが出来たらと思うんだけど……良い方法が浮かばなくて」
早く病気を治すのは当然として、その後どうするか。
「うーむ、安直かもしれぬがモノではどうじゃ?」
「モノ?」
訝しげに聞き返したボクにおじさんは話してくれた。
「わしは世界に散らばる小さなメダルと言うものを集めておってな。集めてきた者に褒美を与えておるのじゃ」
と。
「小さなメダル……それって、ひょっとして、これ?」
「おお、まさしく小さなメダル」
「ナジミの塔の宝箱で見つけたんだけど……そっか」
道を間違えたのも無駄にならなかったみたいで少しだけ嬉しくなる。
「しかし、既に見つけておったなら話は早い。これと同じモノを探して持ってくればお主に褒美を授けよう。そうじゃな、本来はそれなりに数を揃えねば出さぬ褒美なのじゃが、仲間を思うお主の心には感銘を受けた。規定枚数は後で持ってきてくれればよい」
「え、いいの?」
おじさんの唐突な申し出には少しびっくりしたけれど、ボクにとって都合の良い話だとは解る。
「勿論じゃ。本来ならば十枚集めねば渡さぬ褒美じゃがな」
思わず訊ね返せばおじさんは首を縦に振った。
「それで、モノはガーターベルトという装飾品……まぁ、下着なのじゃが」
「えっ」
「そ、その様な目で見るでない。下着と言ってもこれはとんでもなく凄い品なのじゃぞ」
おじさん曰く、その品は着用した人の性格を変えてしまうものらしい。
「身につけた者は異性に積極的になる為、男の場合妻や恋人へ贈る者が多いようじゃがな。奥手の女子ならば思い人との距離を縮めるのに一役買ってくれるじゃろう」
「お師匠様との距離を……縮める?」
本当に恥ずかしいことだけど、その説明を聞いた瞬間、迷惑をかけたみんなにお詫びをしないとって気持ちが何処かに飛んで行ってしまっていた。
「しかもな、変わった後の性格をした者は呪文の使い手として大成した者が多い。お主が呪文の使い手ならその下着を着けて修行すれば大成して実力の面で仲間に報いることとて不可能ではないじゃろう」
だけど、我に返って自分を恥じる前に、おじさんは大義名分をくれて。
「おじさん……」
「うむ、礼ならまだ早いぞ? 褒美は次のメダルを持ってきてからじゃからな」
ボクは決意した。必ずその下着を手に入れてみせると。
「ううん」
同時に頭も振る。
「何も思いつかなかったボクに目標をくれたんだから、お礼は言わせて下さい。ありがとう、って」
「ほっほっほ、なぁに大したことはしとらんよ。ただし、褒美を前借りする件は他の者には内緒じゃぞ?」
「うん。それじゃあ、さようなら」
普段は井戸の底に立っている家に住んでいるというおじさんに必ずメダルを持って行くと約束してボクはおじさんと別れ。
「……勇者殿ではありませんか」
「あ、えっと……」
道具屋に向かおうとしたところで出会ったのは、ボクの様子を時々聞きに家へ来てた魔法使いのお姉さんだった。確か、スレッジさんのお弟子さんだったと思う。
「いや、こんな所で会うとは奇遇でありますな。出歩いているところを見るに、風邪の方はもう治られたのでありますか?」
「ううん、完治はまだなんだけど道具屋さんに薬を買いに」
訊ねてきたお姉さんへ首を横に振り、あと二言三言交わしたら別れて再び道具屋に向かうつもりだったボクは――。
「そうでありましたか。自分はこれからジパングに向か」
「ぼ、ボクも連れて行って下さいっ」
次の瞬間、お姉さんの言葉を途中で遮って、申し出ていた。
「えっと、ホラ……ボクもルーラ使えますし、行って帰ってくるだけならそんなに消耗しないかなって」
「うむむ、その要望は聞き入れてあげたいところでありますが、女王陛下との謁見などあります故、本調子でない勇者殿を一人にしてしまう訳には……」
「じゃ、じゃあ」
渋るお姉さんを納得させるべく視線を巡らせたボクの目は自宅の前で留まって。
「付き添いがいれば良いんですよね?」
「そ、そうでありますな。それならば問題はないかと」
たまたまそこに居たサラには悪いことをしたと思う。
「勇者様何のお話ですの?」
「あ、実はね――」
事情は呑み込めず、こちらの視線や身振り手振りで自分のことを言及してることだけは察しやって来たサラにボクは事情を説明し。
「……そう言うことなら仕方ありませんわね」
あっさり承諾を得ることが出来たのは、たぶんお姉さんのお陰だと思う。数日前まで駆け出し同然だった目の前のお姉さんはスレッジさんに一日か二日ほど師事を受けただけでサラの実力をあっさり追い抜いてしまったのだから。
(その修行地がジパングだもんね)
サラからしてみても気になる国なのだろう。もしスレッジさんが居たら、自分も教えを請いたいと思ってるのかも知れない。
「けど、良かったよ。サラが承諾してくれて」
「是非もありませんわ。反対したらお一人で行かれたでしょう?」
「うっ」
そう指摘されると否定出来ない、自分が居る。ボク達がルーラの呪文で飛び立ったのは、それから暫くしてのことだった。
メダルおじさんのせいでシャルロットに「せくしーぎゃる」ふらぐがひっそり立っていた件。
そして、ジパングの刀鍛冶の所には主人公の預けたガーターベルトが。
果たしてあれは伏線だったのか?
次回、第百四十五話「サラ・暴走」
この番外編読まないと144話からこんなサブタイトルになるとは思わないわな、うん。