「こちらのジーンさんが見たという水着、どこに行ったかご存じありませんの?」
俺がひたすら考えている間に、ジーンとの会話は終わってしまったらしい。そして、はみ出し事件の後で水着がどうなったかを空気の読めないさつじんきは知らない。
(となればこっちに質問が来るのは必定だよなぁ)
たぶん持ち主であるシャルロットのお師匠様の鞄を俺が持っていたこともこうして質問されたのに一役買っているのかも知れない。
(しかし、この質問どう答えるべきか)
知らないと答えれば、落胆しつつも聞き込んだり周辺を探し始める可能性があり、下手をすれば刀鍛冶の家を訪ねてしまうかも知れない。
(なら「知っている」と答えて嘘をつくか)
ただし嘘をついた場合、バレれば信用を失うし、先を読んで嘘をつかなければ矛盾が生じたり墓穴を掘る。
「むう……」
「ご存じですの?」
思わず唸ってしまった、俺にもの凄い勢いでサラが食いついてくる。とはいえ、正直に話す訳には行かない。
(そう、刀鍛冶の家で防具の材料に……ん?)
ひょっとしたら、真実を話すことこそが正解かも知れない。
「うむ。ただのぅ、持ち主はガーターベルトを『あんな破廉恥なモノを女性に渡すなど社会的信用を損なう』と防具の材料にしてしまったのじゃよ」
「「え」」
俺の思わぬ打ち明け話にサラとシャルロットの声がハモった。そう、もう存在しないと告げてやれば良かったのだ。
「そんなぁ」
「なんてこと……」
「すまんのぅ、お前さん達がそんなにアレに興味を持っていたとは知らんで」
落胆するシャルロット達を見ると良心が痛んだが、これできっと諦めてくれるだろう。
「……水着だけでなく下着もあったのだな」
うん、ジーンが要らないことさえ言わなければ。
「そう言えばそうですわね、私が聞いたのは水着の行方ですわよ? 一番欲しかったモノが失われてしまったのは痛恨の極みですけれど」
「うん。と言うかスレッジさん、それを何処で知ったんですか?」
「っ、そ、それはじゃな……」
欲しいモノを前にした女の執念恐るべし、と言うか、諦めさせる為に余計なことまで付け加えて口走った俺のミスか。
(どうしよう、諦めるかと思ったら余計踏み込んで来たし)
敵が一人に追求者が二名、たった一人でどうしろって言うんですか。本当に、誰か助けて欲しかった。
「何か、お隠しになられてますわね?」
「うぐっ」
会心のアイデアだと思ったのに、進んだ先はただの窮地。すっとぼけられれば良かったのだが、図星をつかれて呻いてしまった。
「やむを得まい」
誰かがこの光景を見ていたら諦めるの早すぎと笑うだろうか。どうしてそこで諦めるんだと怒るだろうか。
「全てはそこにいるジーンのせいなのじゃ」
「「えっ」」
「な」
女性二人の視線が俺から逸れてほぼ同時に声を上げたさつじんきの方へ向く。
(間違ってはいないよね?)
全てはジーンのせい、と俺は何もかもを今まで空気を読まず足を引っ張ってくれた男に押しつけることにしたのだ。
「待て、それはどういう――」
「さて、どこから話そうかのぅ。『はみ出た水着事件』のことは聞いたかの?」
始めよう、逆襲を。責任転嫁という名の剣で怨敵を貫くのだ。
「そも、水着を持ち主が手に入れたのは自分から求めたのではなく、お礼として受け取ったものじゃった」
「へぇ、お礼ってことは何かあげたとかですか?」
「うむ、行方不明になっていた者の消息を知らせた礼と言っておった気がするのぅ」
約一名「俺のせいとはどういうことだ」とか騒いでいた気もするが、スルーである。
「成る程、善行の謝礼だったのでしたの」
「まぁ、それ故に捨てる訳にもいかず、モノがモノだけに店に持っていって売るのにも抵抗があって頭を悩ませていた様なんじゃが、ある時、他の荷物に引っかかってその水着が外に零れだしてしまっての」
ポロリしてしまったのは俺のミスだ、だが。
「周りの人間に見とがめられた時、水着の持ち主は『ブックバンド』だと言い逃れ様とした。見とがめた者はとあるお偉いさんでな、当人からすれば持っているのもちょっと恥ずかしい品。興味を持たれては、拙いと思ったんじゃろうな」
ただ、この時、空気を読まない男が一人いた。
「そこのジーンはこう言ったそうじゃ。『……それは水着ではないのか?』とな。持ち主は居たたまれなくなって、その場を逃げ出し、防具の材料にするという形で処分してしまったのじゃが、仕方ないじゃろ? 人前で恥を掻かされた原因となるような品、持ち主はさっさと処分してしまいたかったじゃろうし。処分してしまいたいという意味合いではガーターベルトも同じだったのじゃろうな」
実際、処分する為に刀鍛冶に預けたのだから混じりっけのない事実である。
「本当ですの?」
「……いや、それは。その、確かにそう言ったのは俺だが」
サラの視線と声から滲み出る何かにさつじんきがたじろいで居るが、同情するつもりなど俺にはない。
(ぃよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!)
窮地脱出成功である。採寸の件は恥を忍んで新しくクシナタ隊に加わった踊り子さん達に行って貰おう。
(踊り子さん達の衣装ならあの手の水着と大差ないはずだもんな)
下心なんて無い。フードの中で俺がにやけたとしたら、貰ったモノが無駄にならず窮地まで脱することが出来そうだからであり、他に理由なんて無いのだ。
(だいたいまだ完全に気の抜ける状況じゃないし。既に入手してたなら水着の行方とかにあれほど食いついてくるはずはないし、シャルロットや魔法使いのお姉さんがいつも通りな筈もないから)
たぶんメダルおじさんの褒美で貰えるガーターベルトはまだ手に入れていないのだろう。
(そっちもどうにかしないとな)
女戦士とおろちだけでもいっぱいいっぱいだったというのにこれ以上せくしーぎゃるが増えられてたまるか。
(ただ、一息つけたことは事実だよなぁ……ふぅ)
危なかったぁと俺は密かに胸をなで下ろすのだった。
正義は勝つ?
まぁ、ガーターベルトは一つじゃ無いですし、窮地を逃れたと言ってももう大丈夫かというとまだ危険は残っている訳で。
次回、第百四十七話「ようやくレベル上げが出来るよ」
検証データの盗賊も、レベルカンストまでまだ結構あるんですよね、うぐぐ。