「とにかく、そっちの嬢ちゃんは風邪じゃったか? とにかく病気の方を先に治して貰わんとの」
「うっ」
だいたい、付き添いの筈の魔法使いのお姉さんがこっちについてきてはまだ病人のシャルロットが一人になってしまう。
「そう言う訳で一旦出直してきて貰えぬかの? 本格的に修行をしたいと言うならこちらにも手配して欲しいモノもあるのでのぅ」
「何か必要なモノがありますの? 先程は修行に向かうところだったというお話しですのに」
「うむ」
質問はある意味でもっともだった、ただ本格的な修行をするつもりなら足りなすぎるのだ。
「先日バハラタへ一緒に行った時、ないすばでーの嬢ちゃんが一緒じゃったじゃろ? あの嬢ちゃんを呼んできて貰えんかの?」
「ないすばでー?」
鷹揚に頷いて続けた要求に返ってきたのはお姉さんのジト目。まぁ、胸の大きな遊び人のお姉さんを呼んでこいとか言われたら「何考えてるんだ」とか「このすけべジジイ」とかそんな感じに非難の目を向けられても仕方はない。
「待って、さっちゃん」
ただ、シャルロットは気づいたらしい。
「しゃ、シャル! その呼びか」
「必要なのは、ミリーの『口笛』でつよね、スレッジさん?」
「ほう、よくわかったの」
お姉さんの抗議をスルーしつつ確認するように問いかけてきたシャルロットに、俺は正解だと解るよう力強く頷いて見せた、噛んだのは気づかなかったことにして。
「え」
「スレッジさんは修行に必要な魔物を呼び寄せるのに、口笛が吹ける遊び人が欲しかったんだよ」
「もっとも、もう一人欲しい人員があるのじゃがの」
驚きの声を声を上げたお姉さんにシャルロットが解説を始めたので、便乗する形でこちらも口を挟む。
「もう一人、ですか?」
「うむ、『ピオリム』と言う味方全員を素早く動けるようにする呪文が使える僧侶が居ると効率が良いのじゃよ。ついでに倒した魔物からお金やアイテムを回収したいなら商人と盗賊も必要じゃな」
クシナタ隊のお姉さん達のレベル上げ時に活躍した人員そのまんまである。
「実際、前の時はそれでかなり財布が潤ったからの。修行で力をつけるのはよい、じゃが時間は使うなら効率的に使うべきじゃろ?」
「っ、そ、そうですわね……申し訳ありませんわ。好色なふりをしてるだけでその実私達のことを考えていてくださった方だと解っていたはずですのに」
「は?」
「そうだよ、さっちゃん。こほっ、スレッジさんがああいう言い回しをするのはボク達へ妙に気負わせないようにする心遣いなんだから」
思わず漏れた俺の声をサンドイッチする形で会話するお嬢さん二人のやりとりに、俺は思わず頭を抱えたくなった。
(何でそんなにポジティブに評価されてるの、スレッジ!? エロジジイだよ? アリアハンに戻ってきた時の登場は我ながら最悪だと思ったよ?)
それが何でこんな高評価になってるんですか、おかしいですよ。
(とはいうもののここでこっちから「エロジジイです」とか言っても絶対に信用されない気がする)
実力行使という名の痴漢行為にまで及べば別だろうが、そんなこと出来るはずもなく。
「もういっそこの服の背中に『エロジジイ』とでも刺繍しようかの……」
服の袖を見つめながら、ただ呟いた。
「えっ」
「そして、戦いの前には『エロジジイ・スレッジ見参』と名乗りをあげるのもいいのぉ」
何処かで驚きの声が上がったような気もするが、どうでもいい。
「スレッジさんが壊れた……」
「壊れてはおらんぞ? ワシは正常稼働中の良いスケベジジイじゃ、キリッ」
「ああっ、私達のせいで……」
どうしてこうなった。スレッジはただのスケベジジイとしてフェードアウトさせるつもりだったのに、何で評価が高くなる。
「参ったの、どうすればワシがスケベジジイじゃと信じて貰えるんじゃろうな? 魔王か、魔王の尻を触ってこればよいのかの」
って、こんなこと言ってもただの狂人だしなぁ。
「それはそれとして、お前さん達は一旦アリアハンに戻って必要な人員を連れてきてくれんかのスケベジジイ」
「「語尾になった?!」」
自分でも何言ってるんだろうとは思うけれど、おかしくなったふりって言うのはある意味最強何じゃないかと思いました、まる。
「わ、わかりましたわ……もう、スケベなお爺さんですわね、まったく」
「さっちゃん?!」
そして、おかしくなったふりをした結果がこれである。シャルロットは驚いたし、俺も一瞬「えっ」とは思ったけれど。
「よく分かりませんけれど、あれはきっと自分は『好色なお爺さん』ということにしていてくれと言う遠回しなお願いだと思いますの」
「あ、そっか。スレッジさんのことだから何か意味があるのかも……」
こういう時、ハイスペックな身体が憎いと思う。盗賊という職業柄、優れた聴覚はお嬢さん達がヒソヒソ声で交わす会話を拾ってしまっていたのだから。
(と言うかこういう時、どう対処すればいいのだろうか、俺って)
この時、ちょっとだけ考えて締まっていたからだろう、俺の視線は二人から外れ。
「え、えーと」
「ん?」
それが、致命的だった。
「……や、やーん、スレッジさんの……えっち」
「ごふっ」
上目遣いでその台詞は反則だよ、シャルロット。咳き込んだふりで口元を押さえなかったら、鼻血が出ていたかも知れない。風邪がまだ治りかけなせいか、頬も赤く染まっているのだ、破壊力は更に倍であった。
「スレッジさん?!」
「だ、大丈夫じゃ。ここはワシに任せてお前さん達は先に行けぃ!」
「……誰と戦ってるんだ」
空気の読めないさつじんきがロープでぐるぐる巻きにされたまま問うてきたが、口に出せたなら俺はこう答えただろう。
「己とじゃよ」
と。
「……ふぅ」
とりあえず、変な語尾で続けた言葉には一理あると思ったのかシャルロット達はルーラで戻っていった。
「アランさんに見て貰おうよ」
「そうですわね、ホイミで治るか解りませんけれど」
とか言っても居たが、風邪がぶり返しでもしたのか少し心配ではある。
(ともあれ……スケベジジイのレッテル貼りには失敗したけど、あれだけやっておけば高潔な人物とはもう見られないよね?)
せいぜいが、かわいそうな人とか残念な人だ、きっと。
「何にしても、ルーラで往復じゃと戻ってくるまでそれなりにありそうじゃの」
戻ってきたお姉さんの修行を考えると精神力を使う訳にはいかないが、ただここで待ってるよりは口笛で呼びだした魔物を素手で倒していた方がマシか。
「では行くとするかの、熊との戦いでもお前さんなら充分修行になるじゃろうからな」
「ま、待」
ジーンを縛るロープに手をかけると、片手でその身体を持ち上げた。
せくしーぎゃるが襲撃?
ある訳無いじゃないですか、そんなこと。
次回、第百四十八話「勇者、旅立つ」
え、シャルロットなら帰っていっ……ええっ?!