「さて、そろそろかの」
俺は空を見上げていた。シャルロットを送り届け、必要人員を連れて戻ってくるはずの魔法使いのお姉さんを待っているのだ。
「……ううっ。やめろ、俺は餌じゃない! やめ」
足下では相変わらず縛られたままの覆面マントがマントを血で赤黒く染めたまま横たわり、魘されている。
(と言うか、誰の得にもなんないもんなぁ、縛られたジーンを半ば餌に口笛で呼びだした熊を延々とぶちのめすシーンとか)
熊が絶滅しちゃわないか心配でござるとかほぼ残酷描写で占められた回想を頭の隅に追いやると、ふぅむと短く唸った。
「どうしようかの、これは」
掌を開いて視線を落とせば、そこにあるのは、アーモンドに似た物体。
(ジーンにはばれて無いと思うけど、盗賊ってあれだよなぁ。戦闘になると、つい盗っちゃうと言うか……)
殴り殺した熊の魔物から奪った「食べることで力の強くなる種」は俺にとって無用の長物だった。
(捨てるぐらいなら誰かに使って貰った方が良いけど、戦闘シーンは足下の空気が読めないさつじんきさんが見ていらっしゃった訳で……)
誰かに渡そうにも何処で手に入れたと言うことになる上、宝箱から手に入れたという嘘も目撃者が居るのでつけない。
(いっそのこと、埋めて増やす……にしてもこの種がどんな植物になるか知らないしなぁ)
この手の種の量産が可能なら魔王が世に蔓延ってもいないだろう。ドーピングしまくった兵士を用意すれば力押しで何とか出来るのだから。
(その辺謎だよな、ルイーダの酒場の登録所で仲間候補に支給される種だって一人に纏めて使えば一騎当千の猛者を作ること出って理論上不可能はない訳だし)
やらないのは、きっと何か制約があるのだとは思うけれど。
(って、話が脱線した。最悪適当な宝箱に放り込んで見つけて貰えば良いかな)
もしくは、盗賊の攻撃した相手からアイテムを盗む器用さを利用してこっそり荷物に潜ませればいい。
「だいたいそんな所じゃろうな」
足下のジーンはまだお休みの様なので声に出して呟いてみた。
「むぅ、いっそザメハの呪文でもかけられたらのぅ」
眠った者を起こす呪文は僧侶の覚える呪文に分類されるので魔法使いのスレッジが使う訳にもいかない。
「まぁ、目が覚めたら覚めたで、話すことも無いわけじゃが」
俺はここに居る必要があったのだ。
「最悪なのは、ワシらがここに居らん時に嬢ちゃん達が飛んできて、ジパングの中に捜しに行くケースからの派生系じゃろうな」
行き違いになって刀鍛冶の所に行ってしまったり、偽ヒミコと接触した場合、大惨事へ発展する恐れがある。
(そもそも、アリアハンに戻ったと言うことはシャルロット達が小さなメダルを幾つ所持しているかによっては、ガーターベルトをメダルのオッサンから受け取ってこっちにやって来るケースだってある訳で……)
何故だろう、起こりうる危険を上げだしたら急に嫌な予感がしてきた。
(あれ、あの女戦士みたいなの相手に自分から「エロジジイです」って言うの手の込んだ自殺以外の何者でもないんじゃ……って、落ち着け。まだ「せくしーぎゃる」が来ると決まった訳じゃない)
そうだ、早々都合良く来るはずが無いじゃないか。漫画なんかだって今時そんなベタな展開はしない。
(第一、いくら何でもこんな爺さんに迫っては来ないだろ)
シャルロットのお師匠様だったら危なかったが。
「――レッジ様ぁぁ」
「ん、おお来たようじゃな」
上空から聞こえた声には、聞き覚えがある。声の角度からしてうっかりスカートの中を覗いてしまったライアスの様にはならないだろうと判断し、俺は顔を上げ。
「ここじゃ、ここ。待っ」
呼びかけに応じて両手を大きく振り、飛んでくる人影の四つ目を確認した所で言葉を失う。
(え? え? え? いや、いやいやいや、ないでしょ、それは)
付けひげがなかったら引きつった口元が丸見えだったと思う。魔法使いのお姉さんとバニーさん、僧侶までは良い。商人や盗賊が同行していても驚きはしない。
(けどさ、なぜ だいいち の せくしーぎゃる が いっしょ なんです かね?)
少し遠いものの、見間違いようもない。それは俺を固まらせるのに充分すぎる天敵との再会だった。
「終わった。何もかもおしまいじゃ」
膝と掌を地面が呼んでいた。ごうけつの皮をかぶったセクシーギャルの再登場は俺にとって絶望に値するほどの事態だったのだ。
(こう、挨拶の振りをしてバシルーラで吹き飛ばせたらなぁ)
きっとこの世界は女戦士の装備品だけを飛ばすのだろう。もう、オチなど読めましたでございますわド畜生、おほほ。
(これはあれですか、筆舌に尽くしがたい逆セクハラを受けて俺が終了するんですね)
騒ぎを聞きつけて本をまだ使ってなかった偽ヒミコまでわざわざやって来るに違いない。どういう訳か刀鍛冶に預けた水着や下着を持った状態でだ。
(そして始まる、第一回ジパング痴女合戦っ)
何という酷い展開だろう。
と言うか、密着されたら俺の正体がバレかねない。こっちは顔の上半分はフード、下は髭で隠しているだけのお手軽変装なのだ。
(ええい、もはやこれまで……かくなる上は俺も正体がばれる前にモシャスでせくしーぎゃるにっ)
良い案のような気がしてきた。
せくしーぎゃられ、せくしーぎゃりたり、せくしーぎゃるとき、せくしーぎゃれ、せくしーぎゃろう。
「ふぉっふぉっふぉっふぉ、完璧じゃ。この五段活用があればワシも『せくしーぎゃれる』っ」
「あれですわ、アランさん何とか元に」
「混乱の治し方と言われましても、私が知っているのは――」
謎のテンションに支配された中、近くで誰かが話していた気がする。
「やむを得ませんな、でぇいっ」
「うおっ」
四つん這いの姿勢から両手をバネに飛び退いたのは、条件的な反射。
「ちょっ、な、何をするんじゃ」
振り下ろされた一撃が地面を叩くのを見て顔を引きつらせながら俺は言葉を投げた。
「申し訳ありません。混乱した者を正気に戻す術を叩いて正気にするしか知り得ませんでしたのでな」
「そ、それならもう大丈夫じゃ。ワシは正気じゃ」
「とは言われましても数秒前までを見ていますと」
「うぐっ」
しれっと返してくる僧侶のオッサンに訴えかけたが、これまでの現状を顧みるとあながち反論出来なかった。
「そりゃ混乱じゃってするわい! ワシが求めたのはそっち嬢ちゃんとお前さんじゃろ、何故女戦士まで居る?」
「それはあたいが話すよ」
「な」
ただ、だからといって譲れないというか看過出来ないモノは俺にもある。半ば逆ギレ気味に話題を転じれば、口を挟んできたのはまさかの当人。
「あたいも修行の必要性を感じててね。酒場に居たらそこへ魔法使いの娘がやって来たんだよ」
「そして修行をすると聞いて同行を申し出たと?」
「そう言うことさ、魔法使いだけあって察しが早いね」
「むぅ」
語られたのは至極真っ当な理由であった。
「これは聞いた話だけど、サマンオサの勇者サイモンがバラモス討伐に旅立つらしいじゃないか」
「は?」
俺を呆然とさせる動機がセットの。
「知らなかったのかい? とにかく、旅立つらしいんだよ。そうなってくるとあたいはもう一人の勇者の師匠の所有物って立場だけどさ、このままアリアハンでのんびりしてるって訳にもいかないじゃないのさ」
「成る程の」
そこまで説明されれば、言わんとすることはわかる。元々サイモンにはシャルロット達へバラモスが目を向けない為の囮をお願いしてある。
(それがこのタイミングで動いたってことはバラモスが何かしかけてきたってことか)
どうやら遊んでいる暇は無いらしい。
「ならば早速修行に移るとするかの。ただし、お前さんはワシに近づくの禁止じゃ」
さらりとせくしーぎゃるに接近禁止令を出しつつ、俺は歩き出す。あの溶岩煮えたぎる洞窟に向かって。
女戦士再登場、フラグは回収したよ、やったね?
次回、第百四十九話「おじいちゃんについて行くだけの簡単なお仕事です」
このサブタイ久しぶり。