強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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番外編12「運命(おろち視点)」

「奇妙なものじゃ、本によって押しつけられた性格であったと言うに……」

 

 わらわはあの男が置いていった書物に目を落としたまま、ポツリと呟いた。一日経ってしまったというのにまだこの本はここにある。

 

「わらわの首を切り落とした、あの男……」

 

 人間如きと侮る気はもはや無い。わらわを恫喝した時に見せた実力であれば、殺そうと思えば簡単にわらわの命を奪えるであろう。嬲り殺すこととて、容易い。

 

「あの男に……嬲られる、と……それも良いやも、っ、何を考えて居るのじゃわらわは!」

 

 たかだか、一つの言葉が頭の中で暴走してしまい、振り払おうと頭を振る。

 

「ヒミコ様、いかがなされ」

 

「何でもない、下がりおりゃ」

 

「はは」

 

 部屋の外から聞こえた人間の声へ八つ当たり気味に声をぶつけ、気配が遠ざかったのを確認しながら奥歯を噛み締める。

 

「うぐぐ、このような事態を巻き起こす性格に未練なぞ……わらわには……」

 

 ない、と言い切りたかった。そも、今手にしている本は、わざわざわらわの性格を矯正する為にあの男が探し出して来たモノ。

 

「特別な力を持つ本を探し出すと言う苦労までさせて、もしここでわらわがこの本を使わねば……」

 

 あの男は気分を害するだろう、そんな生やさしいモノでなく怒り狂うかも知れない。ただの人間ならまだしも、あれはやまたのおろちであるわらわを遙かに凌駕する力を持つ人間。好き好んで怒らせるつもりはない。

 

「なれど、あれほどの力を持った者は同族にさえ覚えなきもの。あの男と子がなせれば――」

 

 産まれる子供はわらわの従う方さえ凌ぐ存在となることじゃろう。

 

「あの男の子を望むのであれば、今の性格の方が良きことは疑いようもない」

 

 ブックバンドと言っては居たが、本を取り出した時に荷物より零れ出た水着なるモノのこと鑑みるに、あの男は女子に興味がないと言うこともなかろう。まるでヒモのようであったあれを着たところで裸と大差ない。

 

「その様なモノを持っていたと言うことは女子の裸に興味があると見て良いじゃろうからの」

 

 なら、希望はあるとも言える。

 

「されど、ジーンなる男をわらわにあてがおうとしたことと言い……一筋縄で行くとは思えぬ」

 

 第一、水着を持っていたと言うことは既に着せる女子がいるということなのじゃ。

 

「わらわに生け贄として捧げられたあの娘か、それとも……」

 

 外国の男だ、外国の女子と既に番であったりする可能性もありうる。

 

「一人であったのは、生け贄の娘と既に子をなし、娘が身重であるからやも……あれほどの力を持つ男、何人もの女子を囲っていてもむしろ当然かえ……ん?」

 

 そこまで考え、ふと思う。

 

「あの男の子なれば……あの男ほどではなかったとしても、それなりの強さを持つ戦士となるはず」

 

 あの男に匹敵する者が何人も誕生するとしたら。

 

「終わりじゃ……おしまいじゃ」

 

 このジパングの女王を一呑みにして成り代わった時、人間など大したことの無いと自惚れたわらわに噛み付いてやりたい。

 

「もはやわらわが生き残る道は……あの男につくよりあるまい」

 

 日和見を決め込んでいては、機を逸す。

 

「そして、あわよくばこの身体を差し出してあの男の子を……」

 

 自分の子を産んだ女となれば、あの男とてわらわを殺すことは無かろう。以前の約定もあるが万全を期すべきじゃ。

 

「そうと決まれば、やれるだけのことはせねばのぅ」

 

 生け贄の娘に随分先を越されているかも知れぬ。後発の身としては出来る限りのことをして追いつかねばならぬ。

 

「まずは、あの男が持っておった水着とやらを手に入れるかえ」

 

 この国には手先の器用な者が多く、わらわの身の回りの品もとある鍛冶士の献上品であった筈。

 

「確か、本職は刀鍛冶であったが防具も手がけて居た筈じゃ」

 

 後に使いを出すかそれともお忍びで直接訊ねてみるべきか。

 

「問題は、今尋ねるとまず間違いなく見せられることになってしまうことかえ」

 

 あの男が見せた首はわらわと近しい種族のもの。その亡骸が解体され武器や防具にされる様を見て、取り乱さずにいられるか、わらわには自信がない。

 

「使いを出すにとどめるべきじゃな」

 

 よくよく鑑みれば、あの男は仲間を殺した訳じゃが、わらわもあの男と同じ人間を喰らうておった。

 

「……そうであったな」

 

 わらわはあの男の同族を殺したのじゃ。わざわざわらわに見せに来たのも、加工すると言っていたのも、わらわに対する当てつけであったのかもしれぬ。

 

「だと言うのに……」

 

 わらわは虫が良すぎたようじゃ。

 

「ならせめて、生け贄の娘達の骨を集めてくるとするかえ」

 

 そしてあの男に詫びるのじゃ。もう、遅すぎるかもしれぬが、それでも。

 

「これより暫し瞑想する。この部屋へ誰も入れてはならぬぞえ」

 

「はっ、承りました」

 

 外にいた人間に言いつけるとわらわは赤い渦を作りだし、あの男と初めてであったあの場所へ身体を運ばせた。

 

「ふむ、着いたかえ」

 

 目を開けば、視界に飛び込んできたのは石の橋と地面、そして煮えたぎる溶岩。

 

「骨はおそらく祭壇の周辺じゃろうな」

 

 自分の記憶を掘り起こし、同時に何とも言えない気持ちになる。喰らった娘の中には命乞いをしてきた者もいたのだから。

 

「恨んでおるかえ……それで、当然じゃろうな」

 

 呟きながら石の橋を渡り終え。

 

「ん?」

 

 天井越しに聞こえてきたのは、何者かの咆吼。

 

「な、何じゃこの声は……」

 

 聞き覚えの無いそれに、気がつけば、足は祭壇ではなく反対にあった上り階段に向いていて。

 

「グオォォオォオン」

 

「な」

 

 階段を何段か上り、一階に顔の半分だけ出して溶岩の向こうに咆吼の主を見つけたわらわは呆然と立ちつくした。

 

「一見すると私達の居る意味を疑いたくなる光景ですな」

 

「……お前は良い、呪文をかける役目がある」

 

 竜と人間。竜の後ろで話している一人には見覚えがあったが、そんなことはどうでも良い。

 

「なんと雄々しき……」

 

 後ろ足だけで立ち上がる逞しい竜の姿に、きゅんと何かが締め付けられるのを感じた。

 

「これはひょっとして……恋というものかえ?」

 

 わらわの吐く火炎とは比べものにならぬほど熱く大きな炎が、煮えたぎる溶岩で出来ている筈のようがんまじんすら焼き殺して行く。

 

「あ、あぁ……」

 

 殺されているのがわらわの配下であるというのに、そんなことよりもあのお方の戦う姿が見たいと思ってしまった。吐き出す焔が命を奪う様に見とれてしまった。

 

「あの方の子を産んでみたい……」

 

 結局の所、わらわはわらわと言うことなのか、心惹かれたのは人間ではなかった、ただ。

 

「ゴア?」

 

「はっ、まずい」

 

 呆けていたのが拙かったのじゃろう、うっかり配下に見つかりかけたわらわは慌てて頭を引っ込める。今配下に見つかってはまず助けを求められる。

 

「あの方と戦うなど……わらわには出来ぬ。いや、出ていって服従の姿勢をとれば……だめじゃ、配下の手前でその様なことなど……興奮するでは、違うそうではないっ……ううっ」

 

 階段の下で悶々と悩んでいたことは、たぶん失敗であったのじゃろう。

 

「ええい、そもそもここでわらわが出て行かねばあやつらが殺されてしまうではないか」

 

 ようやくそれに気付き、階段を駆け上ったわらわを待っていたのは。

 

「な、あのお方は何処に?」

 

 焼けこげた配下の骸だけだった。

 

「……あぁ、運命の出会いと思えたのに……」

 

 あの方の居た方にヨロヨロと近寄ったわらわは落胆も隠せずがっくりと崩れ落ち。

 

「あ」

 

 弾みで懐に入れていた本が零れるのを目で追った、その先にある液状の溶岩に突き刺さるまで。

 

「な、ちょっ、待」

 

 慌てて手を伸ばすが、本は既に炎を上げて燃え始めており。

 

「消えろ、燃えるでない、こ、これがあの男に知れたらわらわは、わらわはっ」

 

 拾い上げて何とか火を消そうとした結果、完全燃焼は免れた。

 

「終わりじゃ……わらわも防具にされてしまうっ」

 

 だが、燃え残った半分の本の前でわらわが感じたのはやはり絶望だけじゃった。

 

 




やまたのおろち、改心&ドラゴラムした主人公に惚れるの巻き。

しかし、おろちは本を過失で消失してしまう。

どうなる、やまたのおろち。

だいたいそんな感じで本編に戻るのです。

次回、第百五十一話「ルーラの行き先」

え、骨集めで生け贄蘇生させたことがばれるンじゃないかって?

おろちは骨集め出来るような精神状態じゃありませんからね、あの後焼け残った本抱えて帰って布団に埋もれてガタガタ震えていたので、今のところ気づいてません。

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