強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百五十三話「砂漠へ向けて」

「ルーラ」

 

 クシナタ隊のお姉さん達が、呪文の力によって浮かび上がる。もはや眼下になってしまった町に残ったのは、連絡要員のみ。

 

「アッサラームに着いたら食料やら何やらを仕入れて、馬で強行軍じゃ」

 

 馬の限界が来るか馬の足が行かせない砂漠に入ったところで、新入りの踊り子さん達にキメラの翼を使ってアッサラームへ馬を運んで貰う予定だ。

 

「すまんの、苦労をかけて」

 

「スレ様、そんなことありませぬ」

 

 いつもに増して今回は我ながら酷いと思う。安全の保証どころか命の保証も出来ない作戦なのだから。

 

「蘇生呪文があると言えばあるのじゃが……使わずに済むに越したことはないのは言うまでもないからの」

 

 クシナタ隊のお姉さん達は半数以上が自分の死を経験している。俺だったらその一回だけで間違いなくトラウマになっていると思う。なのに、お姉さん達は付いてきてくれたのだ。

 

「じゃから、一つ命じておく。死ぬな、とな」

 

 死なせたくはない。イシスなど放り出し逃げ出しても構わないとさえ言いたかった。もっとも、そんなことを言ったらお姉さん達は自分への侮辱と受け取るだろうけれど。

 

「人攫いのアジトと違って、イシスにはどれ程の強さの魔物がどれ程の規模で押し寄せてくるかが全く読めん」

 

 バラモスが動員出来る戦力という点からアレフガルド以降の敵、つまりゲームでバラモスの城をうろついていた魔物より強い敵は出てこないと思うが、バラモス城ことネクロゴンド周辺に出没する魔物の強さはクシナタ隊で対処出来るレベルをおそらく凌駕している。

 

「そう言う意味では勇者一行の方も心配じゃがな」

 

 あちらはクシナタ隊より若干レベルが低いのだ。

 

「もし、勇者一行が首尾良く船を手に入れ、あの砂漠を横断してイシスで会うようなことがあった場合、お前さん達には義勇軍を名乗って貰うつもりじゃ、顔を隠しての」

 

 空を飛んでいるからこそ見える前方の砂漠を指してそう説明してみるが、簡単に合流出来るかは疑問だった。

 

「サイモンの暗殺を狙うなら、合流前の方が用意なのだから海か砂漠の何処かでしかけてくる気もするのじゃがの」

 

 イシスに辿り着かせてしまってから大兵力でイシスごと潰そうと動く可能性も否めない。イシスの方がバラモスの拠点からは近く、サイモン達にイシスまでの行軍を強いることで疲弊させることも出来るのだから。

 

「ふむ」

 

「スレ様」

 

 俺の頭が何処かの名軍師並に良ければバラモスの方針を見抜き、もっと良い作戦を立てられたと思うのだが歯がゆくてならない。

 

「うむむむむ」

 

 どうにか出来ればいいのだが、名案は浮かばず。

 

「スレ様ってば」

 

「うん、何じゃ?」

 

 呼ばれてることに気づいて振り返ると、そこにいたのは遊び人のお姉さんで。

 

「あのさー、バハラタでイシスに行ったことがある人が居れば、その人にキメラの翼渡して運んでくれるようにお願いとかできないの?」

 

「うむ、それはワシも考えたのじゃがな、いくら即座にキメラの翼で折り返すにしてもこれから攻められるかも知れない場所に行ってくれる者など、そうそう居らんじゃろ」

 

 苦笑しつつ答えたところで、横方向への移動が加わり始め。

 

「そろそろ到着じゃぞ、着地で転ばぬようにの」

 

 眼下に広がる景色の中にある町がどんどん大きくなって行く。思えば、そのときの回答がフラグだったのかもしれない。

 

「どなたか、どなたか私とイシスに行ってくれませんか?」

 

「スレ様ぁ?」

 

「うむ、正直すまんかった」

 

 着地するなり遭遇したのは、まさにイシスへの同行を求めて道行く人へ声をかける、金のネックレスしてたオッサンだった。

 

「訳ありのようじゃが、いかがなされたかの?」

 

「き、聞いてくれるんで……あ、あなた方は」

 

「お久しぶり、かしら?」

 

 俺の声に反応し、直後に硬直したオッサンへ苦笑しつつ片手を上げて応じたのは、盗賊の姉さん。スレッジの格好では初対面なので是非もない。

 

「ほう、知り合いじゃったか。して、何故イシスへ行きたいのかの?」

 

「そうですね。実は私達、ちょうどイシスに向かおうとしていたところなんですっ」

 

 そもそも、こちらからすればまさに渡りに船の提案。自己紹介の手間も惜しんで単刀直入に理由を聞けばお姉さんの一人がこれに合わせ。

 

「理由ですか、実は……」

 

 オッサンが話し始めたのは、以前この人が首に賭けていたネックレスを踏みつけた事情でもあった。

 

「あのネックレスのせいで、隣の奥さんやはす向かいの娘さんに目移りしてしまうようになり、それが元でご近所ともめてしまったんです」

 

 結果、その場所に居られなくなったオッサンは引っ越すハメとなり、やがて家庭も上手くいかなくなったそうだ。

 

「頭を冷やした方が良いと私は一人イシスを後にし、以前あのネックレスを買ったこの町にやって来たのです」

 

「そして、あの呪いの騒ぎに巻き込まれたのね?」

 

「はい、あのネックレスも元々は妻のお土産に買ったんだけど、男物と後で知りまして」

 

 売れば目減りしてしまうから自分にかけ、家庭が上手くいかなくなり、呪いにかかったあげく、家族の居る故郷が魔物に侵攻される危機にとは何というかもの凄くツいていないオッサンである。

 

「話が少し脱線したのぅ。つまり、家族を疎開させられれば良いと言うことじゃな?」

 

「ええ。私一人でも行きたいところだったんですが、向こうがどうなってるか解らないので、一緒に行ってくれる腕の立ちそうな人を探して居たんですよ」

 

 何ともご都合主義臭さを感じるが、このショートカットはありがたい。

 

「お話しは解りました。ただ、暫し準備の時間を頂きとうございまする」

 

「そうね、旅の食料はそれ程要らなくなりそうだけど、キメラの翼は居ると思うし」

 

「もちろん、構いませんとも」

 

 猶予を頂きたいと打診するとオッサンはこちらの要求を快諾し、俺達は始めた。砂漠へ向けて挑む準備を。

 

 




思わぬ再会を果たしたクシナタ隊の面々はいよいよイシスへ。

次回、第百五十四話「イシスの現状」



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