「せいっ」
「フシュアアアアッ」
袖から飛び出した分銅が赤紫色をした巨大芋虫の頭部に命中し悲鳴をあげたそれは暫くのたうち回ってから動きを止めた。
「どう見ても芋虫なのにかえんむかでとはこれいかに……ではなくて、通路の途中から外に出られるようになっとったがあそこから入ってきたのかの」
地下へ降りてから砂漠をうろついているはずの魔物と出くわすのは、もう四回目になっていた。
「かも知れませんね」
「他の班の子達は大丈夫でしょうか?」
相づちを打つお姉さんが居るかと思えば、仲間を心配するお姉さんも居て、遭遇した魔物に対する反応も様々だったが、巨大芋虫を見て抱きついてくるお姉さんが居なかったのは残ね、いやありがたい。
「まぁこのまま進めばもう一つの階段から下りてくる筈の嬢ちゃん達と合流出来る構造だった筈なのでの、そこで待つしかなかろうて」
どの隊のお姉さん達もレベル20は越えている。ベビーサタンやこのイシス周辺の魔物に負けるとは思えない。例外があるとすれば、南の空を飛んでいた魔物軍ぐらいだが、あれが襲来するにはまだ時間が残されている筈だ。
「それにしても、ここは冷えますね。暗いし、何だか薄気味悪いです」
「まぁ、幽霊が出る場所じゃからのぅ」
もし、本来明かりが灯されている場所でもおそらく知恵のある魔物達が消してしまっているだろう。そう思ってたいまつを借りてきているので、視界については何の心配もないし明かりを持っているからこそ同士討ちの可能性も低い。
「かえんむかでの漏らした火の息をたいまつと間違えんようにはせんといかんじゃろうが」
「あ、同士討ちの心配ですか?」
「うむ、平時なら敵と味方の誤認など起こらんじゃろうがの」
魔物に急襲されてパニックになっていれば、敵の増援と間違えて先方が呪文をぶっ放してくるなんてことだって起こりうると思うのだ。
「さてと、この先に合流地点があったはずじゃ」
出くわした魔物の数を考えるともう一方の階段から来る予定の班が一度も魔物と遭遇せずにやって来るとは思いがたい。
「おそらく待つことになるじゃろうが、お前さん達だけ合流地点で残してワシだけ先行するという手もあるがどうするかの?」
もし向こうの階段から合流地点までに魔物がいれば同行しているお姉さんかもう一方の階段班と出くわす為に漏れはない。だったら、ただ待って時間を浪費するより合流先を一人で掃除した方が時間の節約にはなる。もちろん、その分の経験値は無駄になるが。
「スレ様のご意見は?」
「ワシか、ワシも実は迷っておるんじゃよ。ワシが先行すれば時間の節約にはなるがお前さん達の活躍と成長の場を奪ってしまうことでもあるからの」
そもそも今更になって先行するなどと提案すること自体、俺に焦りがあるのだとも思う。
「むろん、城内の魔物掃討は疎かに出来ぬ。じゃがの、ルーラで見た魔物の群れのこともある」
さっさと倒して休養をとっておかないと、万全の態勢でバラモスの軍勢を迎え撃つのが難しくなる。
「そしてもう一つ、バハラタで別れた魔法使いの嬢ちゃん達と勇者サイモンの方も気になるのじゃよ」
「あぁ、そう言えば」
ぶっちゃけ、身体が複数あればいいのにと思うほどに手が足りないのだ。
「とは言っても、ここで時間を些少短縮したところで出来ることなどたかが知れて居るからの」
勿論、時間が貴重であることは間違いないのだ。
「まぁ、こうしてしゃべっておることでそれなりに時間は経過してしまったようじゃが」
苦笑しつつ俺は辿り着いた合流地点で立ち止まり、苦笑する。
「ある意味タイムアップじゃな。こっちが外れじゃったのかもしれん、のっ」
「ギャアアアッ」
気配を感じて袖を振れば、仕込んでいたチェーンクロスで一撃されたアホのお仲間ことベビーサタンが暗闇からたいまつの照らす範囲内に倒れ込む。
「ほれ、あれが見えるかの?」
魔物の絶命を確認してから俺が示したのは、もう一方の階段がある方向。チラチラと揺れる明かりは動きからしてかえんむかでのため息と言うことはなさそうに見えた。
「あ」
「たいまつの明かりが見えるということは遮るモノがないと言うことじゃ。天井にへばりついたり物陰に潜んでる可能性は否定できんから油断は禁物じゃがの」
不意をつかれたところで蹴散らせる相手ではあるが、油断する気はない。大したダメージでなかろうと巨大芋虫に巻き付かれるのはご免被りたい。
「あ、スレ様っ! ご無事でしたか?」
「まぁ、の」
幸いにも影に魔物が潜んでいることなどなく、一度別れたお姉さん達とはあっさり合流出来たのだが。
「さてと、いよいよじゃ」
幽霊が出てくる辺りこの先は地下墓所でもあるんじゃないかと思うが、なにぶんうろ覚えの原作知識だ。ただ、それが何だと言うのか。
「ここからは駆け足でゆくからそのつもりでの、ピオリム、ピオリム」
「す、スレ様?」
「スレ様?」
お姉さん達の素早さを底上げすれば準備は完了。色々考えすぎて、忘れているモノがあったことにようやく気づいた。
「ゆくぞ、ワシに続けェェェェッ!」
そう、この身体のスペックなら勢いに任せれば割と何とかなる、と。
「でぇい」
「ぎゃぁぁぁ」
走りながら鎖を振れば顔面を割られたアホの仲間が倒れ伏し。
「バイキルトっ、そしてシュゥゥゥッ!」
「シュゴッ」
呪文で攻撃力を倍加して蹴り飛ばせば、巨大芋虫は面白いように吹っ飛んだ。
「命が惜しくば道を空けよとは言わぬ。ワシが前に総じて滅べェェェェッ」
何だろう、この高揚感。
「え、えーと」
「スレ様?」
「す、スレ様が壊れた……」
後ろでお姉さん達が何かゴチャゴチャ言ってる気がするが、気にならない。
「くくくく、ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャドっ」
「フシュォオオッ?!」
どさくさに紛れて撃ち出した氷が、物陰に潜んでいた蟹の魔物を貫く。
「トドメじゃ、そぉいっ……む?」
死にきれなかったその蟹を踏みつぶし、視線を前方に戻せばそこには更に地下へ降りる階段があった。
「意外とすぐじゃったか」
うろ覚えの知識でだが、確かこの下は宝箱のある部屋があってそこが終点の筈だった。
「もう少し、ワシのストレス解消に付き合ってくれると思うておったのにの」
まぁ、魔物が少ないのは良いことなのだが。
「ふむ、あれじゃな」
階段を下りれば目に飛び込んできたのは真っ正面、壁際に設置された宝箱が一つ。
「さてと、魔物が中身を奪っておらねば良いが」
流石にそれはないと思いつつもポツリと呟いた。ここまでで遭遇した魔物からはいつもの癖でアイテムを失敬したりしたが、腕輪を持っていた魔物など居なかった。
「……やはり大丈夫じゃったか」
実際、宝箱に近寄って開けてみれば中には金に縁取られた緑の腕輪が安置されていて、俺は大きく息を吸い込むと、叫んだ。
「頼もぉぉぉぉぉぉっ!」
いきなり出てきて驚かされるぐらいならこっちから呼べばいいじゃない。まさにコロンブスの卵的な発想だった。
主人公、遂にブチ切れる?
まぁ、思わぬところでピンチになってましたからね。
次回、第百六十一話「幽霊とスレッジ」
ダイナミック降霊術?