「ふぅ、何だかんだで結局魔物が巣くってたのは地下だけだったみたいだけど、やっぱ疲れるよね」
素の口調で話す独り言がやけに久しぶりの様に感じてしまうのは、ここのところ勇者の師匠やら魔法使いスレッジを演じ続けていたからだろう。
「……みんな、お疲れさま」
魔物捜索と掃討、ついでに後始末。クシナタさん達からすればこれに加えてイシスまで連れてきてくれたオッサンの護衛と家族の捜索もか。とにかく色々あったせいか、隊のお姉さん達は早々にあてがわれた部屋に入っていった。おそらく今頃大半のお姉さん達は夢の中だ。
「とりあえず……ここまでは何とかなった」
バラモスの地上部隊はあの幽霊さんが幻でなければ、ミイラおとこに襲撃されて消耗し、イシスに辿り着くまでには数を減らして居るとも思う。
「ただ、なぁ……格闘場の一件がまだ未解決だし、空を行く魔物の群れや勇者サイモン一行のこともあるし」
まだ、めでたしめでたしにはほど遠いのだ。
「時間的にも、やるならきっとギリギリ……」
躊躇っている猶予など、ない。
「……アバカム」
俺は隊のお姉さん達が眠りについている部屋に忍び足で歩み寄ると、ドアに向かって解錠呪文を行使した。
「うん、やっぱり反則だなこの呪文と、これは……レムオルっ」
誰かが起きてる可能性を踏まえて、透明化呪文を自身へ付与。これから、寝ている女性の部屋に侵入するのだ。見つかったらただでは済まされない。
「と言うか、まるっきり変態ですよねー」
少しだけ何をして居るんだろう俺、とも思う。ロープで出来た輪っかへ片腕を通しているのだから。何というか、女性の部屋に侵入した上相手を縛って何かする変態さんと誤解されても仕方ない姿はシャルロットにもお姉さん達にも見せられない。
(あと、せくしーぎゃるには別の意味で見せられないかなぁ)
ここから先はおしゃべり厳禁である。声を出さずに呟くと、音を立てないようにドアを開け、再び締めて鍵をかける。
(サンタクロースのシーズンにはちょっと早いけどね)
鞄からそっと取り出したのは、地下で見つけたほしふるうでわ。ベッドを一つ一つ確認し、音を立てないようにしながら、俺はその人を探した、だが。
「す、す、す、スレ様?!」
「っ」
突然上がった声に身をすくませる。何故見つかったのか、と言う驚きを押し殺し咄嗟に身を伏せた。隊のお姉さん達を甘く見ていたのだろうか。
「だ、駄目ですわ。ふ、覆面つきのマントに下着だけなんてわたくしには」
そんな張り詰めた空気は、この第二声で息に崩れた。幾ら何でも女の子の寝室に入る為だけにマシュ・ガイアーへ扮した覚えはないからだ。となると、寝言だとは思うが、一体俺を何だと思って居るんだろう。
(いや、結果的にサイモンさんにはその格好強いることになっちゃったけどさ)
お姉さん達にあんな格好を強制するつもりは無い。
「んぅ、スー様ぁ」
他にも時折俺を寝言で呼ぶお姉さんが居たが、精神衛生上の理由と人のプライバシーへ踏み込むのはマナー違反という考えから敢えて聞き流すことにする。そも、俺の目的はこのほしふるうでわをクシナタさんに託すことなのだ。
「お尻ペンペンはもうい」
「ホイミ、ラリホー」
ただ、お尻を突き出すような不自然な格好で俯せに寝ていたお姉さんには少しだけお節介しておいたけれど。叩かれたお尻がはれて普通の格好では眠れないのだろうけれど、男からすれば目の毒である。
(余分な精神力を使ってしまったなぁ)
かといって眠っているお姉さんからマホトラの呪文で吸い取る訳にも行かず。
(あ、確か女王の部屋に祈りの指輪があったっけ)
かわりに填めて祈ることで精神力を回復するアイテムを女王様が所持していたことを思い出した俺は、寄り道を決意する。お姉さん達は疲れているから早めに寝たが、呪いのせいで自室に缶詰になっていた女王様ならまだ起きているだろう。
(問題は、そうするとこの部屋には後で来た方が良かったってことだよなぁ)
後悔先に立たずだった。まぁ、ともあれ、部屋に居たお姉さんの半分は既に顔を確認してしまった。一度、寝ぼけたお姉さんに手を囓られて悲鳴をあげかけ、右手には歯形がついたままになっているが、これは無意識の抗議だったのかも知れない。
(ごめん、みんな)
今夜、俺はこのイシスを抜け出す。バラモスのし向けた魔物達との戦い参加することも無いだろう。
「ん。スー様、あれほど駄目と申し上げまするに……」
「クシナタ、さん」
ただ、何度も聞いたその人の寝言が飛び込んできた時、思わず名を口にしていて。
「っ」
俺は一瞬、確実に躊躇った。
「スー……さま?」
「な」
悪かったのは、躊躇いかそれとも名を呼んだことか。声に振り返った時、一番見つかりたくない女性が目を開けてこちらを見ていた。
「くっ、ラリホーっ」
「あぅ」
咄嗟に唱えた呪文でクシナタさんの目が閉じる。
「んー、何、もうあ」
「ラリホー、ラリホー」
そこからは無様だった。目を覚ましたお姉さんを呪文で眠らせ。
「ん゛ーっ」
この手の呪文が効きにくい遊び人のお姉さんに関してはロープで縛ると持ってきた布で目隠しと猿ぐつわをした。もう完全に変態の所業である。去り際ぐらいセンチメンタルに浸らせろ、何て言う資格はなかった。
「はぁはぁはぁ……たださ、これはあんまりだよね」
ようやく部屋を制圧し、荷物を担いで外に出た俺の口から愚痴が漏れた。
「さてと」
自分に割り当てられた部屋まで足を運んで、担いでいた荷物を一旦隠し、その足で女王の部屋に向かい、祈りの指輪を手に入れて再び自室に戻る。それをクシナタ隊のお姉さん達に悟られずに完遂せねばならない。最後は力業だったからラリホーで眠らせたお姉さん達が起きれば、気づくだろう。侵入した俺が残してきたモノに。
「だからさ、急がないといけないと思ったんだけどね……」
何故、こういう時に限って上手くいかないのか。
「一つ、質問に答えて」
荷物を部屋に運び込む所までは上手くいったのだ。だが、部屋から出てくると行く手を塞ぐように立つ人影があった。
「……カナメ、さん」
部屋は制圧したと思ったが、きっと寝たふりか何かでやり過ごしたのだろう。夜中寝ているところに侵入したというのに盗賊のお姉さんの瞳には俺を軽蔑するような色はなく。
「バラモスの所へ向かうつもり……よね? みんなを置いて、そうでしょ?」
ただ、いつもならこのお姉さんは出さない必死さを顔に浮かべて発した問いへ俺は首を横に振る。
「違うよ。流石に死にたくはないからね。逃げ出すかな、ってさ」
出来るだけ軽薄そうな声を作って、答えもした、ただ。
「そう言う訳で、お休み。ラリホー」
「あ、待っ」
とてもじゃないが、誤魔化せない気がした俺は、再び力業に出た。
「行か、ない……おね……」
「……結局こんな形で去ることしか出来ないなんてなぁ」
眠りに落ちたカナメさんを抱き上げた俺は、出てきたばかりの自室に戻ってベッドに寝かせると、改めて女王の部屋へと向かい――。
「さようなら、クシナタさん……ごめん」
全てを終えて、大きな荷物を背負いながらイシスの城を背に呟く。もう、後戻りする気はなかった、もし戻れるとしても。
結局のところ、どんな理由があろうと逃げ出して来たならそれは逃亡者。
イシスを後にした主人公はどこに向かうと言うのか。
次回、第百六十三話「強くて逃亡者」
いやー、ようやく逃亡できまつた。
前ふり長かったぁ。