強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百六十四話「空を飛ぶ者達の災難」

「これは何というか、周辺の飛べる魔物をかき集めてきたって感じだなぁ」

 

 不自然に小さな雲が所々を隠す中、群れの中心になっているのは、胴体の膨れたシルエットの蝶に箒に乗った人影、それから羽根の色が違う二種の猛禽らしき影。所々には水色をした東洋風のドラゴンも見受けられた。

 

「さてと、なら気づかれていない今の内に……」

 

「スー様、何してんのー?」

 

「いや、ここでちょっとはしゃいじゃうと素の格好を脅威と認識されちゃうかも知れないから変装をね?」

 

 遊び人のお姉さんに答えつつ、支援物資と一緒に買い込んでおいた紫風味のローブと覆面を俺は荷物から引っ張り出して着込む。更に砂が谷になっている部分に近寄ると、周囲の砂の色に合わせた布を取り出して広げ即席の隠れ場所を作成。

 

「あのアークマージ、何て名前だったかな? ま、良いか」

 

 まずは以前変装したアークマージに扮して挨拶代わりにイオナズンを二発ほどぶちかます。爆発系統の呪文が効かない魔物も居るかも知れないが、その時は隠れ場所に引っ込んで着替え、別人として再登場、別系統をプレゼントする予定だ。

 

「『こんなこともあろうかと』をやれるぐらいゲリラ戦の用意はしてきてるからね」

 

 その代わり、背負ったリュックの重さとでかさがとんでもないことになったが。

 

「スー様……」

 

「いや、そんな目で見られると照れるんだけど」

 

「賞賛の視線じゃありませんっ!」

 

 何か言いたげな僧侶少女ことツバキちゃんの視線につぃと顔を逸らしたら、怒られた。理不尽だと思う。

 

「もっとも、照れ隠しは気づかないでおいてあげるのが紳士だよね」

 

「な」

 

「スー様、声に出てる」

 

「おっとゴメン。何処まで話したっけ? えーと、とりあえずこの布で出来た隠れ場所

を幾つか設置して、二人にはそこから俺を支援して貰おうと思う。うろ覚えで悪いんだけど、敵は広範囲の相手を一掃出来るような冷たい息や範囲攻撃呪文を使ってくる魔物がそれなりにいるようだからね」

 

 俺はともかく、お姉さん達の一網打尽は避けたい。まほうのたては持ってきていると思うが、あれで軽減出来るのは攻撃呪文だけなのだから。

 

「むうぅっ……わかりました。色々言いたいことはありますけど後にしますっ」

 

「えっと、小言とかお仕置きはもうクシナタさんから頂く予定なので、許容量オーバーになりそうな気がするのですがね、ツバキちゃん?」

 

 と言うか、後と言うのは止めてくれ。死亡フラグになったらどうするんですか。

 

「ねー、スー様、じゃああたしちゃんはー?」

 

「ツバキちゃんが暴走しないか見ていて貰えると助かるかな?」

 

 うん、まさか遊び人に他の人の抑えを頼む何て展開が待ってるとは俺も思わなかったけど、単独ならともかく今の二人に前方の魔物は危険すぎる。

 

「力量的にあの中で弱い方の魔物との一対一なら二人でも勝てるかも知れないけど、数が数だからね。念のためにキメラの翼はいつでも投げられるようにしておくこと」

 

 釘を刺しつつ、荷物から布を取り出して広げ、避難場所二つ目はあっさり完成した。

 

「これで良し、次に行こう」

 

 再び布を出してはしかける、こうして繰り返すこと数回。

 

「ふぅ、だいたいこんなものかなぁ」

 

 ちょっとしたゲリラ戦の舞台は調った。

 

「後は二人にも念のため変装して貰おうかな」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 ただ、続けて口にした言葉に驚かれた俺が驚いた。

 

「これから色々やらかすんだから、顔が解らない格好しないといけないと思うんだけど」

 

「そ、それは……ここで隠れていれば」

 

 尚もツバキちゃんは渋るが、理由が分からない。

 

「それでも万が一とかあるかもしれないからさぁ。だいたい、そんなに変なカッコさせる気はないよ?」

 

 そも、特定の服装を強要した覚えは無かった筈である。シャルロット達とサマンオサに行った時だって、変装は当人達のセンスに任せたから変態集団になったのだ。

 

「えっ」

 

「……まさか、俺が変な服を着せるとでも思った?」

 

 心外だったが、こちらの言葉に対するリアクションを見ると、正解っぽくて少しショックだった。

 

「おかしいな、そんなにセンスは悪くないつもりなんだけど」

 

 マシュ・ガイアーにしてもこっちの世界のセンスに合わせただけだし、ただ、顔を隠すだけの時はミスリルヘルムに目元のみを隠す様にしただけだった。スレッジの変装だって付けひげにフード付きローブとおかしな所は見あたらないと思うのだが。

 

「これは、今回初お目見えの新コスチュームを前倒し公開して汚名返上しておくべきか……」

 

「あ、あのスー様、そこまでして頂かなくてもっ」

 

「いや」

 

 ツバキちゃんは何やらフォローしてくれたが、城に乗り込んだ後はその格好で動くつもりなのだ。些少お披露目が早くなるだけ、何の不安もない。

 

「なぁに、ベースはスレッジじゃからな。それ程変わらんよ」

 

 呟きながら覆面をとると付けひげをつけ、スレッジの時のローブとは若干色合いの違うそれをアークマージ風ローブの上から重ね着る。

 

「ほらの、完成じゃわい」

 

「あ、本当ですね。済みませんっ、スー様……私」

 

 老爺に扮した俺を見て頭を下げてきたツバキちゃんに笑顔を返した。

 

「何、謝罪には及ばんよ……エロジジイ」

 

「え?」

 

 そう、謝罪には及ばないのだ。

 

「満を持して、『怪傑・エロジジイ』今ここに見参ッ、エロジジイ!」

 

 説明しよう、怪傑・エロジジイとは通りすがりのベビーサタンに語尾をエロジジイにされるという呪いを受け、復讐の為に今日もバラモス及びその一党と戦う正体不明なフードの老魔法使いなのだっ。

 

「その正体は誰も知らないのじゃエロジジイ」

 

「え、えーと……」

 

 以前のエロジジイ演技を見破られて以来、俺は考えていた。どうすれば誰が見てもこいつはエロジジイだと思われるのかを。

 

「背中にでかでかと入れた『エロジジイ』の五文字、エロジジイ! そしてこの語尾、エロジジイ!」

 

 これだけ全力で訴えておけば、よもや誰も疑うまい。マシュ・ガイアーで学習したのだ。人は割と勢いで押せば何とかなると。

 

「何よりこのインパクトじゃ、エロジジイ。これだけ強烈なキャラにしておけば、お前さん達にまで注目は行かんじゃろ、エロジジイ」

 

 そして、何よりこちらがエロジジイを主張すれば空を箒に跨って飛翔している魔女達はどう出るか。

 

「戦わずして敵を退ける、まさに完璧な戦術じゃエロジジイ」

 

 全くもって一分の隙もない、そう思ったのだが。

 

「ごめんなさいスー様、服を見せて下さいっ。自分で選びます」

 

「なん……じゃと?」

 

 驚き故に思わず語尾を忘れていた。何故だ、何が悪かったというのだ。

 

「くっ……エロジジイ」

 

 ツバキちゃんが着替えるというので、隠れ場所を出た俺はとぼとぼと砂漠を歩くと。

 

「……イオナズン、イオナズンじゃ、エロジジイ!」

 

 気づけば俺は、鬱屈した気持ちを我が物顔で飛び交う魔物達に解きはなっていた。

 

「ギャァァァ」

 

「シュゴオオオッ」

 

 断末魔をあげて魔物の残骸が砂漠に降り注ぎ、俺は口の端をつり上げる。

 

「己の不幸を呪うと良い、エロジジイ」

 

 今、この瞬間怪傑・エロジジイは空を飛ぶ者達の災厄となろう。け、決して八つ当たりとかじゃないんだからねっ。

 




エロジジイの一件、まだ気にしてたんかい……主人公ェ。

と言うか、こういうキャラにしたのはバラモス城まで行くには結構な距離を変身して飛ぶ必要があるので、マシュ・ガイアーみたくハイテンションモードになっておく必要があるからなのです、とネタバレ。

け、決して両手に花で羨ましいから主人公をアホにしようなんて意図はありませんからね?

次回、第百六十五話「エロジジイの初陣」

蹂躙せよ、エロジジイ!

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