強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百六十五話「エロジジイの初陣」

 

「ヒャダイン、ヒャダインじゃ、エロジジイ!」

 

 爆発に巻き込まれつつも無事だった魔物達に放つのは、氷で出来たイガの様な物体が二つ。

 

「ギャアッ」

 

「ひぎゃぁぁぁっ」

 

 イガは回転しながら周囲に氷の棘を射出して、身体の何処かを撃ち抜かれた魔物達が悲鳴をあげて次々に落ちて行く。

 

「うーむ、威力がいまいちじゃなエロジジイ」

 

 即死に至らない魔物が見受けられたのは、最上位の呪文であるマヒャドでは無かったからだろう。むろん、わざわざ一つグレードを下げて呪文を使ったのにも理由はある。ゲームで言うところのマヒャドは敵グループを攻撃する呪文であって、一塊になった特定種の魔物しか狙えないからだ。

 

「ま、効果範囲を考えると選択の余地は無かった訳じゃがな、エロジジイ」

 

 イオナズンとヒャダインはどちらも敵全体に効果を及ぼす広範囲呪文。威力の不足が手数で補えるなら、大群を相手にする以上、優先すべきは呪文の効果範囲である。

 

「さてと、挨拶にしては上出来じゃな、エロジジイ」

 

 魔物の群れは何かに食いちぎられたかのように一部が欠け、視線を下にやれば呪文で翼をズタボロにされた魔物がよたよたと身を起こすのが見えた。

 

「させんよ、エロジジイ! マホトラ、マホトラ、エロジジイ」

 

 鮮やかな赤の体毛を持つ鳥には覚えがあったのだ、確か全体回復呪文を使う魔物だったと。

 

「クオァ?!」

 

「うむ、精神力はありがたく頂いておくエロジジイ」

 

 吸い取ってしまえば、回復呪文も使えない。おまけに消費した精神力の補充にもなるのだからまさに一石二鳥である、相手が鳥なだけに。

 

「むぅ、ヒャダインを使いすぎたのかもしれぬエロジジイ。ならば……エロジジイ」

 

 何だか急に寒くなった気もして、ポツリと呟くと俺は最寄りの隠れ場所へと走り出す。

 

「走れば身体も温かくなる、エロジジイ」

 

 そも、一カ所に留まれば全ての魔物がそこに殺到してしまうだろう。本気でやれば魔物の群れの全滅させることも可能ではあるが、流石にそこまでする気はない。バラモス城見物の前に精神力が尽きてしまっては本末転倒なのだから。

 

「幸いにも近すぎる魔物は殆ど一掃されたから隠れるなら今の内と言うのもあるがの、エロジジイ」

 

 このまま怪傑・エロジジイの一人舞台にしては何の為にアークマージローブもどきを用意してきたか解らない。

 

「見比べられたらバレるからね」

 

 色違いっぽい魔物が居るバラモス城では使えない服なのだ。そも、バラモスやバラモスに近しい魔物ならあのアークマージ自身に面識がある可能性もある。策士策に溺れる展開はご免被りたかった。

 

「モシャスの見本に出来そうな魔物の死体は確保出来たし、長居は無用だけど」

 

 用意した服には他にも使い道がある、例えば――。

 

「……立てるか?」

 

「あ、あなた様は」

 

 アークマージもどきとなった俺は、攻撃呪文の余波を受けて地面に落ちた魔物の一体に手を差し伸べていた。

 

「ピラミッドのミイラ共が急に襲いかかってきたのだ、何かあると見てこちらに来れば、案の定だ」

 

 そう、ピラミッドにもあやしいかげは出没する。そちらに所属していたアークマージのふりをして、死にかけの魔物へ接触し、情報を得る。人の言葉を話せるかが解らない鳥やドラゴン、昆虫では無理だが、魔物の群れの中には箒に跨った人型の魔物も多数居たのだ、なら利用しない手はない。

 

「こちらはどうなっている? お前とあれが全戦力なのか?」

 

「い、いえ。ワシらの他にもこのあた……うぐっ」

 

「おい、しっかりしろ!」

 

 自分でやっておいてこんな台詞を口にするとは何という茶番だろうか。アークマージが回復呪文を使えるならここでホイミでも唱えたのだが、アークマージが使えるのは蘇生呪文。クシナタ隊のお姉さん達を蘇生出来た所から察するに味方なら俺でも蘇生させられるだろうが、敵となると、どうなのか。

 

「おい! ……くっ、駄目か」

 

 考えつつも呼びかけてみるが、ボロボロの老婆はもはや反応を返さない。

 

「……どうする」

 

 次の生存者を捜すか、イオナズンをいくらか撃ち込んで離脱するか。アークマージの格好では使える呪文も限られてしまうし、ここで時間をとられすぎると、バラモスに時間を与えてしまう。

 

「やむを得ん。生存者が居る保証もない。ここは――」

 

 少し悩んで、結局イオナズンを放つべく、詠唱を始めた時だった。

 

「……ぁぁぁぁぁ、誰か止めてぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 上空から聞こえた悲鳴がもの凄い速さで突っ込んできたのは。

 

「なっ」

 

「嫌ぁぁぁぁっ」

 

「……くっ」

 

 矢と見まごうばかりの速さで突っ込んできたそれを思わず受け止めてしまったのは、優れた動体視力が箒にしがみついた少女だと知覚してしまったから。

 

「っ、ぐおおおっ、がっ」

 

 勢いのついた箒と少女を受け止めた俺は、砂という足場の悪さに押し込まれ、半ば引き摺られながら背中から砂の山に叩き付けられる。

 

「うぐっ、一体何だと言うのだ……」

 

 悲鳴がなければ、正体をこちらの見破った魔物が特攻してきたのかと思った所だ。

 

「しかし、状況を踏まえると、この娘……」

 

 とっさに助けてしまったが、箒に跨っていたと言うことは、俺が吹っ飛ばした魔物の仲間の可能性が高い。

 

「きゅう」

 

「かと言って、なぁ……」

 

 当の少女は目を回して完全に伸びてしまっているようだが、だからこそ始末が悪い。

 

「まぁ、意識を取り戻せば事情を聞くぐらいは出来るか」

 

 悩んだ末に少女の持っていた箒を回収し、少女自身も担ぎ上げた俺は隠れ場所へと引き返した。

 

 




うん、せくしーぎゃる魔女とどっちを登場させるか迷ったんだけど、あえてこっちで。



次回、第百六十六話「ツバキちゃん、空から女の子が」

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