強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百六十六話「ツバキちゃん、空から女の子が」

「……と言う訳で連れてきてしまったのだが」

 

 担いでいた少女が目を覚ますと面倒なのでアークマージもどきのままで隠れ場所に戻ると、ツバキちゃんと遊び人のお姉さん当然の如く少女のことを訊ねられ、こうして説明するに至る訳だが。

 

「事情は分かりましたっ、けどこの子……」

 

「目ぇ、覚まさないねー」

 

 そう、少女はまだ目を覚ましていないのだ。

 

「うむ、あまりのんびりしても居られないと言うのにな」

 

 上空では襲撃された魔物の群れが襲撃された混乱から回復し、加害者を捜して動き出している頃なのではないかと思う。

 

「まぁ、この箒と格好からするとあの軍勢に居たことは間違いない。となれば、置いていっても魔物に襲撃される可能性は低いかろう」

 

 ただし、それはあくまで上空の魔物。イシス城の地下であった幽霊との会話が俺の妄想で無ければ、砂漠を彷徨っているミイラ男達が倒れている少女を見つけてトドメを刺そうとすることも考えられるのだ。

 

「ここまでの情報を踏まえれば、こちらにとれる選択肢は三つ。置いて行くか、連れて行くか、誰か一人がキメラの翼を使って送るか、だ」

 

 この内最初の選択肢以外では、バラモス城に乗り込んで嫌がらせじゃなかったレベル上げする作戦が破綻するとまでは行かずとも大きく変更を余儀なくされるだろう。

 

「じゃあ、スー様この子置いてくー?」

 

「……出来る訳ないだろ。万が一ミイラ男にでも襲われたらどうする? 流石に寝覚めが悪い」

 

 その少女が居た魔物の群れを攻撃呪文で吹っ飛ばした人間の言としては噴飯ものかもしれないが、呪文を唱えた時はこんなイレギュラーの存在など知らなかったのだ。

 

「それに、事情を聞かんと空の連中についてどう対処するかも決まらん」

 

 もし、あの中に他にも目の前で横たわってる女の子の様な少女が居るとしたら、攻撃呪文をぶっ放せる自信はない。かと言って、このままスルーしてバラモス城に向かうと、そんな少女とクシナタさん達が殺し合う展開に至るかも知れず。

 

「何より、俺の把握していることとのズレについて確認しておかんことにはな」

 

 今までさんざんお世話になった原作知識であるが、矛盾を解消する為かこの世界では時折原作との乖離が見られる。

 

「足をすくわれるのは、ごめんだ」

 

 少女のことも本来老婆しか居ないはずの魔女というモンスターに「魔女が老女のみというのはおかしい」と言う矛盾を解消する為の変化が起きていたとしたら、これからも眼前の少女のような敵と戦う可能性が出てくるのだ。

 

「どちらにしても、目を覚まさんことにはどうにもならんか、ザメハ」

 

「えっ」

 

 精神力は温存したかったし、方針が決まってないのに呪文で無理矢理起こすのはどうかとも思ったが、情報が足りなすぎる。

 

「んぅ……ここは? あたし……死んだの?」

 

 少女が死後の世界と誤解したのは、地面に激突寸前だったことと布に遮られた薄暗い空間だったからだと思う。

 

「いや、勝手に死んで貰っては困るのだが」

 

 口をついて出たのは、弱めのツッコミ。いっそのこと「ザオリクで蘇生させたよー。アークマージだよー」とでも言ってやるべきかと迷ったのだが、きっと場を和ませるようにツバキちゃんの刺すような視線が襲ってきそうだと、危機察知能力が働いたのだ。

 

「え、あ、きゃぁぁんぐ」

 

 うん、結果的に叫ばれて口を押さえましたけどね。

 

「まったく……助けてやったというのに、叫ばれては私の立つ瀬がなかろう。お前は箒に跨って砂漠に突っ込んできていた。で、止めろと叫んでいたから受け止めて、ここまで運んでやったのだぞ?」

 

 実際には悲鳴が漏れて外の魔物に気づかれたらやばいからだが、叫ばれたことが不本意だという様に取り繕いつつ俺は端的にこれまでの経緯を説明してやった。

 

「じゃあ、あたしったら恩人の顔を見て悲鳴を……も、申し訳ありませんでした。それから、助けて頂きありがとうございました」

 

「そのことについては、もういい。さっき口を塞いだことでおあいことしておこう。ただ、ついでに言うなら、今この砂漠では彷徨っているミイラおとこが人だろうと魔物だろうといっさい構わず襲いかかると言う異変が起きている。知らなかったかもしれんが、大声を出せばミイラどもにも気づかれかねん。以後は慎め」

 

 謝罪も謝礼も必要ないとしつつも、とりあえず叫ばないようにと言うことだけは釘を刺し。

 

「さてと、注意はこれぐらいで良かろう。それよりも、何があった?」

 

 俺は少女に問うた。

 

「え、えっと……あたしにもよく解らないんです。あたしは……個人的な話になるんですけど、昔のことを良く覚えて無くて……」

 

「記憶喪失? まさか、受け止めた衝撃で?」

 

 まさか、今まさに此処は何処私は誰状態ですか、ひょっとして。

 

「あ、いえ、違うんです。その、記憶喪失ってのになったのはもっと前です。自分が誰かも解らないところを一緒に箒で飛んでいた人達に拾われて……『人間にしては才能がある』って。そこで、色々教えて貰って、『今回の戦いは後詰めじゃしな、相手も大したことはないからお前の初陣にはちょうどいいわ』と……それで、戦場に向かう途中、急に前ので凄い爆発が起きて、びっくりしたらこの子――箒の制御が出来なくなっちゃって」

 

「なるほどな」

 

 どこからツッコめばいいのか解らないが、この少女が人間で魔物に拾われたイレギュラーっぽいところまでは把握した。

 

「それでは、何が起こったかははっきり把握していない訳だな」

 

「そ、そうです。すみません」

 

「責める気はない。他に解っていることは? お前の様に拾われた人間……というか他に新兵は?」

 

「いません」

 

「そうか」

 

 とりあえず、直接的な意味で戦いにくそうな相手が頭上の連中に残っていないのは幸いだろう。

 

(しかし、そうなってくるとこの子の扱い厄介だなぁ)

 

 上手いことこの少女を味方に引き込めれば、ラーミア以外の飛行手段を獲得出来るというメリットがあると思っていたのだが、記憶喪失になったところを拾われて思い切り敵側に刷り込みされちゃっている。

 

「爆発については私も見た。あの規模の攻撃呪文を放つ者が相手であれば新兵には荷が重い。……ん? くっ」

 

「きゃあっ」

 

 とりあえずは少女にとっての味方なふりをしつつ、少女自身の処遇を考えようとした俺は、それに気づくと慌てて少女の腕を捕まえ、抱き寄せた。

 

「オォォォォ」

 

「な」

 

 砂を突き破って飛び出してきたのは、包帯の巻かれた腕。

 

「っ、さっきの悲鳴を完全に防げなかったのが失敗だったか」

 

「す、すみません。あたしの……せいで」

 

 ミイラおとこなどぶっちゃけ同行してるお姉さん達にとっても容易に倒せる敵でしかないが、今は魔物の群れから隠れてる最中であり、砂の山と山の間にある谷部分をに布を被せただけの隠れ場所は狭くて周囲の砂も崩れやすい。

 

「攻撃呪文は使うな、生き埋めになりたく無ければな」

 

 そも、外に気づかれるような派手な攻撃は御法度だ。こちらが偽物と気づかれない様にするにはこっちも素手で戦わなくてはいけないだろう。

 

「私の力を呪文だけと思うな」

 

 両拳を握りしめると、俺は拳を握りしめ、ミイラ男に殴りかかった。

 




空から降ってきた少女は記憶喪失だった。

何というテンプレ。

だが、事情を聞けば扱いにくいことこの上なし。

次回、第百六十七話「ある意味での平等」

え、新キャラがミイラ男の包帯で縛られる展開?

ありませんよそんなの。

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