強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百七十話「精算と書いておとしまえと読む」

 

「とりあえず、先にこっちと説明させてくれ」

 

 ツバキちゃん達に弁解するにも、こちらが人間であることを明かしておかないと少女を置いてきぼりにしてしまう。

 

「んー、あたしちゃんは構わないけどー」

 

「……後でお話ししてくれるなら構いません」

 

 ツバキちゃん、そのお話しってOHANASIとかお話し(物理)とかじゃないよね、などと問い返してしまいたくなるほど約一名の眼光が鋭かったが、順番を逆に出来ないのはさっき胸中で呟いた通りだ。

 

「うむ。ならば『後で』と言うことで」

 

 こういう時、引きつった顔を隠してくれるという意味でも覆面は便利だと思う。

 

「すまん、待たせたな」

 

「いいえ。あの、説明とは?」

 

「ふむ、何から話すべきか……まず、あの魔女がお前をどう見ていたかについては、あれが勝手に話していた通りなのだろうが、故に確認しておきたいことがある」

 詫びて見せた俺に頭を振った少女が訊ねてきて、一つ唸ると一つの質問を発す。

 

「お前は、先方があれでも魔物達と一緒に暮らすつもりか?」

 

「えっ、そ、それはどういう」

 

「今のお前は私預かりと言うことになっている。つまり、このまま帰らずに人間共の国に行けば、人間として平和に暮らすことも出来るという訳だ」

 

 この少女が同行してくれれば、バラモス城までひとっ飛びと非常に助かるが、それはあくまでこちらの都合。

 

「私についてくるなら戦いは避けられない。傷つくこともあるだろうし、最悪命を落とすことさえ覚悟せねばならん。一緒に行くというのが小間使いか何かのことだと勘違いしているようなら、ここで正しておかねば禍根となろう。故に確認している」

 

「っ」

 

「もう一度問おう。お前には三つの選択肢がある。あの魔女の所に戻ると言うのが一つ目、人間の所に去って人として平和に暮らすと言うのが二つ目、私について戦いに赴くと言うのが三つ目だ」

 

 一つ目は論外だし、個人的には三つ目であると助かるが、無理強いもしたくない。バラモス城へのルーラについては「自分もバラモス様に報告することがある」とか何とか言って今席を外してる魔女を言いくるめることが出来ればショートカットについては問題ないのだ。

 

「あ、あたしは……あなたについて行きます」

 

「それで良いのか?」

 

「はい、知ってしまった以上戻れませんし……き、記憶のないあたしには行くところもありませんから」

 

「わかった。まずは礼を言わせて貰おう、その選択に感謝する」

 

 とりあえず、これで第一段階クリアだ。

 

「れ、礼だ何て……」

 

「そして……一つ謝らなければならんことがある」

 

「えっ」

 

 驚きを隠せぬ少女を放置し、俺は隠れ場所の入り口に歩み寄ると、布をめくった。

 

「「あ」」

 

 声をハモらせたのは、すぐ外にいた老婆と背後の少女。やはり盗み聞きをしていたか。

 

「終わるまで向こうに居るのではなかったのか?」

 

「そっ、それは……ですが、なりませぬ! この小娘を人間共の元にやるなど――」

 

 この魔女の立場としては、一見正論にも聞こえる意見ではあるが。

 

「本当にそう思うなら、中まで入ってきて何故諫言もせずここで立ち聞きしていた?」

 

「ひょ? そ、それは」

 

「大方、後で見聞したことを利用しようとしていたのだろう。『ワシの力になってくれなければ、人間を見逃そうとしていたことを恐れながら大魔王様に訴えさせて頂きますじゃ』とでも言うつもりでな」

 

「うぐっ」

 

 狼狽えていた醜悪な顔が思い切り引きつったところを見ると、おそらく図星なのだろう。何にしても、これでこいつを処分する大義名分が出来た。

 

「何処までも底の浅い愚か者よ。貴様が立ち聞きしている可能性にこの私が気づかぬとでも思ったか!」

 

「ひ、ひぃぃ、も、申し訳ありませぬぅ」

 

「キメラの翼で帰してやろうと思った私も愚かよ。もはや貴様のような奴にかける慈悲はない、この砂漠を彷徨うミイラ共にでもくびり殺されるのだな」

 

 直接手を下す形にしなかったのは、利用するつもりでとは言えこれまで面倒を見てくれていた形になる少女への配慮ともう一つ。

 

「あ、あぁ……な、なにとぞ御慈悲をっ」

 

「何故私がそんなことをせねばならぬ? 貴様は私の足をすくおうとしたのだぞ」

 

「も、もう二度とあのようなことはしませぬじゃ、ですから」

 

「くどい……と言いたいところだが、チャンスをやろう。この小娘が記憶を失うことになった経緯を思いつく限り詳しく話せ、嘘偽りなくな」

 

 すぐに処断せず、窮地に追い込むことで、得たい情報を吐き出させる為だ。

 

「な、何故その様なことを」

 

 当然の疑問ではある。一応、少女に恩を着せる為とか言った理由は用意してあるが、当人の前で説明したら台無しである。

 

「説明する価値があるか? 貴様は既に私の信用を裏切っているのだ、懇切丁寧に説明したところで馬鹿をやらかしたり裏切られてはかなわん」

 

 だいたい、立場的にも説明を要求出来る位置にいないですよね。

 

「もういい。従わぬと言うのであれば、このキメラの翼は……」

 

 更に一押しすべきかなと思った俺は、キメラの翼を取り出すと羽根の先端と石のはまった金属パーツをそれぞれ摘んで引っ張り始める。従わないならこいつ引きちぎっちゃうよ、と言うポーズだ。

 

「お、お待ち下され。わかりました、話します、話しますじゃ」

 

 まさに計画通り、と言うかこの外道魔女、本当に踊らせ易い。この説明強要は盗み聞きの罰であり、それ以外の罪の精算ではないのだが、勿論そんなこと明かすつもりもない。

 

「それでいい。では話して貰おうか。お前もここに来ると良い」

 

 老婆に促すと、俺は少女を手招きする。流石にツバキちゃん達を見られるわけにはいかなかったのだ。

 

 

 




くっ、なかなか断罪までいかない。おのれ、魔女め。

次回、第百七十一話「悲劇の理由」

少女の過去が、今明かされる?


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