「出戻る、か」
説明を終えて、ツバキちゃんと遊び人のお姉さんに聞いたところ、二人はイシスにいったん戻る方が良いと主張した。
「はいっ、隊長達も心配しているでしょうし、遭遇した魔物の構成などについても連絡しておいた方が襲撃された場合の迎撃がしやすくなると思いますからっ」
とはツバキちゃん。
「って言うかスー様、ここで帰らないとか言っちゃうとあたしちゃんもお尻ペンペンされちゃうし、闘技場の一件まだ未解決でしょ?」
遊び人のお姉さんも自己保身めいたことを最初に口にしつつも思いきりまともなことを口にする。レベル20を越えて賢者への転職資格を得たからだろうか。ともあれ、この二人が相談すればイシスへ帰る方に票を投じることは少し考えれば解ることだったかもしれない。
「確かにそうだが……」
かといって先程二人を放置していた上にここで意見まで求めず行動していたなら、ツバキちゃんのOHANASIでまだ俺は説明すらさせて貰えてなかっただろう。結局の所、このままバラモスの城に向かうという選択肢なんて、砂漠で見るオアシスの蜃気楼のようなものだったのだ。
「スー様、諦めたら?」
「あ、諦めるとは何だ? べ、別に戻りたくないと言ってる訳ではないぞ?」
絶妙のタイミングで投げかけられた言葉に動揺を隠せず、悪戯っぽさゼロな瞳から俺は思わず目を逸らす。遊び人のお姉さんは、ひょっとしたら俺の本心を見透かしてるのかもしれない。
「一時の感情によって選択を誤るとそれこそ後々まで後悔することになるよ、スー様? そのとき、あたしちゃんは何もしてあげられないかも知れない。スー様にはこれでも感謝してるつもりだから、後悔はして欲しくない。隊長と上手くいかなくなるのも駄目。そもそもクシナタ隊はスー様のサポートが存在理由なのだからその隊長と人間関係の面でぎくしゃくしたり片方が片方を避けるようになるのは、今後を考えると極めて宜しくない。あたしちゃん的には傷が小さい内に修復しておくことを主張し」
「ちょ、ちょっと待て! は、話はわかった。わかったが、キャラ変わりすぎだろ?!」
一人称以外はもう遊び人を止めてるとしか思えない。「出張でもしたのかダーマ神殿」とでも叫びたくなるぐらいに賢者っぽかった。ひょっとして、転職したらこのお姉さんは、以後こんな感じに長い話を一気にまくし立てるようになるのだろうか。
「そう? あたしちゃんは、スー様の為に何が出来るかを考えてると時々こうなる。客観的に見ると、今の自分で出来ることに限界を感じ、焦っているのかも知れない。スー様の話にあった賢者になれれば今よりももっと力になれるのではないかという考えが先行しているようにも思われるけれど、実際のところがどうであるのかには」
「……ツバキちゃん、私はどうしたらいい?」
「え、ええっと私に言われてもっ」
救いを求めてツバキちゃんを見たが、結局対処に困った人員が二人になっただけだった。
「転職させてやれれば、解決する問題かもしれんが」
ルーラで飛べるのはバハラタまでであり、いくらバラモス城までキメラの翼一個でいけるようになったとは言え、そこからダーマ神殿へ徒歩で寄り道している時間はおそらくない。
「くっ、カンダタめ。何処までも私の邪魔をしてくれる」
正確にはあやしいかげに化けたアークマージやらキングヒドラやらがカンダタのアジトに居たことが原因だが、そもカンダタ一味が人攫いなどしなければ、洞窟をスルーしてさっさとダーマ神殿へ到達出来ていた筈なのだ。
「カンダタ?」
「あ、すまん。とある場所に魔物と協力関係を築いていた犯罪組織があってな、協力関係にある魔物が強すぎて目的地に向かえぬ事態が生じていたのだ。カンダタはその組織の頭に当たる泥棒の名だ。さて、それはさておき……皆の意見からするとイシスに戻ることになりそうだが、異存はないな?」
危うく置いてきぼりにするところだったエリザさんに頭を下げて補足説明すると、申し訳ないがそれを利用して話題を戻す。
「あるとしたら、スー様だけではありませんかっ?」
「うぐっ」
ツバキちゃんから容赦なく言葉のナイフで胸を剔られたが、まぁきっとこれは俺の自業自得なのだ。
「隊長はスー様を心配してると思われるので、可及的速やかに帰還することをあたしちゃんも推奨してみたい」
賢者モードというと色々語弊はありそうだが、賢者ってる遊び人のお姉さんからの救いもなく。
「うっ」
「く、クシナタ様でしたよね……その、隊長様。ど、どんな方なんですか?」
「おしとやかで、優しい方ですっ。怒らせると怖いですが、そこは本人の前ではくれぐれも言わないようにっ」
俺がお姉さんからの進言に怯んでいる脇でエリザさんはツバキちゃんに質問をしていて、返答にある怒らせると怖いと言う部分に関してはイシスへ帰ればすぐにでも知ることになると思う。主に俺が断罪されることで。
「ハッハッハッハッハ、何ヲ言ウンダツバキ。クシナタニ怖イトコロ何テアル訳無イジャナイカ」
とか、思わずキャラもわきまえず言ってしまいたくなる衝動に駆られるのは何故だろ
う。
「と、とにかく……方針が決まった以上、長居は無用だ。行くぞ」
流石にこの位置からルーラで帰ると魔物に感づかれる恐れもある、今の俺にとって「イシス=刑の執行場所」の認識だったが、立ち止まることは許されない。時間は貴重であるという言い訳で自分を誤魔化しながら仲間達を促し、隠れ場所の入り口から俺は砂漠に出た。
「ゴォォォ」
「オ゛ァァァァァッ」
よたよたと砂漠をこっちに進んでくるミイラ達がいた。
「っ、しょうこりもなく……」
ねぇ、このミイラ男達になら少しぐらい八つ当たりしても良いよね。俺は誰に向けてでもなく、心の中で問いかけると、拳を握り込む。答えなんて期待していないし、聞いても居ない、そしてNOと言われてもとまる気はなかった。
「いいだろう、私へ害を為そうというその愚行が間違いであることを存分に思い知らせてやる」
呟いた次の瞬間には砂を蹴っていた。
「はあっ」
風にアークマージのローブもどきをはためかせながら、距離を詰め固めた拳を顔面に打ち込む。
「ゴベッ」
「っ、エァァァッ」
衝撃に浮かんだ身体を捕まえてコマの様に回転しながら「装備:ミイラ男」で俺はミイラ達の群れに突っ込んだ。
「らあっ」
「オ゛」
「ゴ」
「ゴァ」
纏めて三体を鞭か何かを振るう時のように薙ぎ払う。
「っ」
武器のミイラ男の上半身が三体目に当たった瞬間折れて、上半身を持って行かれる。脆い。
「ならばっ」
ただ、幸いにも次の武器は目の前に三つあった。両手で一体ずつ抱えれば二体流まではやれるか。
「うおおっ」
魔物に察されると拙いので、雄叫びは控えめに。呪文は自重するが、手加減はしない。
「ふははははは、脆い、脆いぞ」
俺による蹂躙は続く。
「あ、あの……スーさん」
「ん?」
「す、スー様。流石にそれは、ちょっとっ」
とりあえず、ツバキちゃん達にドン引きされていることへ気づくまで。
とりあえず、本編を先に。
OHANASI部分は余裕があったら前書きの方に後で掲載するかも。
次回、第百七十四話「処刑用BGMを各自ご用意下さい」
ほら、戻ることになったら、ねぇ?