「……一歩一歩が重い」
まるで減速呪文のボミオスをかけられたみたいでござるとか急にござる口調になってしまっても不思議がないぐらいにイシスに戻る右足と左足は重かった。
「「スー様?」」
「わかっている、わかってはいる」
何も声を揃えて言うことはないんじゃないかとか心の中で続けて愚痴ってしまう程度に気も重い。
「スー様、隊長は怒ってると思うけどそれ以上に心配してるとあたしちゃんは考える。口笛要員として荷造りした上でお持ち帰りされてしまったから同行することになったけど、あたしちゃんも遊び人でなければイシスでお留守番組だったはず。自分が置いて行かれたらどう思うかと仮定することでみんなの気持ちをくみ取ることは出来る」
「とりあえず、お持ち帰りは止めてくれ」
クシナタさんの耳に入ろうものならOSIOKIの時間延長が確定しそうで怖い。
「スミレの言う通りだとは思う。だがな、以前の班決めでも私と誰が町を回るかで揉めただろう?」
遊び人のお姉さんことスミレさんの視線を受け止めながら、俺が掘り返したのはアッサラームの町を幾つかの班に分かれて回ろうとした時のこと。
「正直に全てを打ち明ければ、何人かは私を止めようとしただろう」
実際、カナメさんにイシスを抜け出そうとしたところで制止の声をかけられた。
「それでもこちらが折れないと見ればついて来ようとしたはずだ」
だが、人員は既に決まっていた。重量と役割の面で同行者は必要最小限の二名でも内心は少し不安だったのだ。
「そして、ネクロゴンドに行く手段も限られていた」
連れて行けない理由を説明しての離別は残酷で、それぐらいなら気づかないうちに立ち去った方がまだマシだとも思った。
「結局の所脱走は露呈し、誤魔化すのにもほぼ失敗して呪文頼みの力業で脱出することになったがな」
本当に何をやってるんだろうか、俺は。
「何を言っても言い訳にしかならん」
男ならやらかした以上、きっちり罰を受けるべきである。
「……スー様、覚えてますかっ? 三分の一なら、引き受けますから」
ましてや、ツバキちゃんにそんな男前発言をされてしまった日には、尚のこと逃げられない。と言うか、年少の少女にここまで言わせてる時点でもう男としてアウト何じゃないかとも思う訳で。
「今更格好をつけるのもアレだが、三分の一を引き受けると言った件、ツバキの気持ちだけ貰っておこう」
どうか皆様、それって格好つけてるのとは言わないで下さい。
「何というか、一人でバラモスを倒す方が余程簡単に思えてしまう辺り、私も大概アレなのだろうな」
うん、お尻ペンペンが嫌なのだ。そも、いったい誰得なのだ。あの腐った僧侶少女か、そうなのか。
「はぁ」
いかん、覚悟を決めたつもりだったのに逃げたくなってきた。
「スー様?」
「いや、何でもない。そも、時間的な余裕はなかったな? 急ごう」
人は弱いモノなのだとつくづく思う。だから、言葉で自分を縛って歩みを早める。敢えて自分から処刑台目掛けてダッシュするように見えるかも知れないが、避けられないのだから、これで良いのだ。うん、何だか悟った気がする。悟り開いちゃったかも知れない。この身体、とっくに賢者は経験積みだけどそんなことはどうでも良い。
「戻ったらやることが山積みだからな」
決してそっちの方で忙しくなって有耶無耶になる可能性に気づいて気を持ち直した訳ではない。ないったら、ない。
「魔物の軍勢の規模と構成の報告、迎撃するにあたってのアドバイス。闘技場の一件の調査まで出来るかは微妙だが」
OSIOKIの執行より優先すべきモノ何じゃないかなとか俺は思ったりする。
「罪の精算をしている間に魔物達が動き出したら元も子もない」
「安心して、スー様。それはあたしちゃんがみんなと済ませておく」
「え?」
「安心して、スー様。それはあたしちゃんがみんなと済ませておく」
大切なことだから二度言ったんですね、わかります。
「不正解、スー様が聞き直したから」
「いや、確かに聞き直しはしたが……」
何でこっちの考えてること的確に見抜いてるんですか、スミレさん。
「はぁ……ん?」
確実に賢者へ近づいているというか新能力に目覚めつつあるようにも思える遊び人のお姉さんに頭痛にも似たないかを感じつつ砂漠を歩いた俺達は気づけばイシスのオアシスと城下町や城の入り口がはっきり確認出来るところまで来ていて。
「あれは」
入り口に人影を認め、声を上げた直後だった。
「多分隊長」
「ですねっ、格好も昨日、合流した時のものみたいですし」
スミレさんの推測とツバキちゃんの同意に俺の中で処刑用BGM的なモノが流れ始めた。
「あ、あれが隊長さんですか?」
「おそらくは。あたしちゃんは目が良いから見間違えようもない」
「あっ、こっちに気づいているみたいですっ。歩いてきますよ」
避けては通れないと思っていた。だが、このタイミングで会うとも思っていなかった。迂闊と言えば迂闊だ、魔物が攻めてくる可能性がある以上、誰かが見張りはしていてもおかしくなかったというのに。
「さ、スー様」
「スー様、こういうのは最初が肝心だとあたしちゃんは思う。しっかり『ごめんなさい』出来たらOSIOKIを手加減してくれるかも知れない」
「い、いや言ってることはわかるが、その、減刑目当てで誤るのは……その、だな」
謝らなければいけないとは勿論思うのだ。ただ、何かが違うというか、上手く言葉が出てこないというか。
「スー様……」
結局の所、まごついた俺の初動は遅れた。お互いの顔がはっきり確認出来るところまで近づいて、最初に口を開いたのはクシナタさんだったのだ。
「っ」
だが、こちらが無言ではいけない。俺は意を決して口を開くと――。
うん、OSIOKIまで行けなかったよ、すみません。
次回、第百七十五話「ただいま」