「カナメさん……」
俺の口から出たのは、謝罪の言葉ではなく相手の名前。何を言うべきか迷ったのもある。だが、何より謝罪の言葉はカナメさんが息を吹き返した後に言うべきだと思ったのだ。
「おお、我が主よ! 全知全能の神よ! 忠実なる神の僕カナメの御霊を今此処に呼び戻したまえっ、ザオリク」
いつも以上に力を込め、カナメさんの傍らで片膝をついて詠唱から呪文名に至るまでを一気に唱えた。カナメさんを生き返らせるのは二度目であり、一度は成功していた、だから今回も生き返る。ザオリクの呪文は一ランク下の蘇生呪文であるザオラルとは違い効果があるなら100%相手を生き返らせる呪文なのだから。
「え」
そう、生き返るはずなのだ。にも関わらず、呪文は何の効果も発揮せず、カナメさんは横たわったままで。
「精神力が足りなかった? そんなことはない筈」
南で空飛ぶ魔物の群れを襲撃した時もマホトラの呪文で魔物から精神力を吸収し、補充していた。
「何で……」
わからない。ジパングの洞窟では骨の状態からでも生き返らせた呪文だというのに。
「ザオリク!」
もう一度唱えてみた。だが、やはり何も起こらない。
「そんな……」
呪文を唱えれば、生き返らせることが出来ると思っていた。ちゃんと謝って、ただいまも言えると思っていた。
「スー様、蘇生呪文は身体を復元しそこに魂を呼び戻す呪文……」
憮然とする俺の背にスミレさんの声がかかる。
「わかってる」
該当する呪文の使えないスミレさんよりもこの呪文については理解してるつもりだ。だから、何を言おうとしているかもわかってしまっていた。
「頼むから、その先は言わないでくれ……」
魂自体に戻ってくる気がなければ、呪文は効果を発揮しない。カナメさんが自責の念から命を絶ったとしたなら。
「っ、あああぁぁぁぁ! ザオリク、ザオリク、ザオリク、ザオリクっ!」
認めない、そんな結末は絶対に認めない。俺はひたすら呪文を唱えた。
「……ザオリクっ! ザオリクっ!」
滲む視界の中、祈り呪文を唱え続け、どれ程時間が過ぎ去っただろうか。時折後ろから呼ぶ声が聞こえては居たが、構ってなど居られなかった。
「くっ、呪文が駄目なら心臓マッサージと人工呼吸で」
ザオリクが効かないのに今更そんなことをしても無駄だと心の冷静な部分は理解して居たけれど、もうこれは理屈じゃなかった。立ち上がるなり手袋を脱ぎ。
「す、スー様?!」
「な、何をされる気でありまする?」
心肺蘇生法がこの世界にあるかはわからないが、少なくともジパング出身のクシナタさん達は知らなかったのだろう。こちらが何をしようとしているか理解出来ない様子であったが、納得させることの出来る説明をする自信もなければ余裕もない。無視して、カナメさんの胸に手を置き――。
「んっ」
「へ」
その口から声が漏れて、俺は固まった。何というか服という布越しではあるがカナメさんの胸も死人とは思えない暖かさで。
「お帰りなさい、スー様」
胸に当てていた俺の手を引っぺがしたカナメさんは笑った。
「ふふっ、その様子からすると気づいてなかったみたいね、死んだフリに」
「カナメさんの胸に触れた時はお解りになってなさってるのかとも思いましたるが」
呆然とした俺の後ろから聞こえるクシナタさんの声は先程までとトーンが完全に違っている。俺は忘れていたのだ。クシナタさんがもの凄く演技の上手い人であると言うことを。
「もうお気づきかも知れませぬが、カナメさんの自死は狂言でありまする」
なんですか、それ。と言うか、俺の後悔と苦悩とその他諸々はいったい。
「スー様、真っ白になってるよ? あたしちゃん、これはちょっとやりすぎだと思うけど」
「そうは言いまするけれど、自死は狂言なれどカナメさんがスー様を止められなかったことを気にして自分を責めていたところまでは事実でありまする」
スミレさんとクシナタさんが何か言ってる。けど、どうでもいいや。うん。うふふ、あははははは。
「くくくくく……」
「隊長、スーさん変な笑い方で笑い出してるけど」
これが笑わずにいられますか。はっはっはっはっは。まさか、ドッキリしかけられるとは、普通思わない。けど、嘘であってくれて良かった。このまま馬鹿笑いしてしまえば、泣いてしまったことだって誤魔化せるだろう。
「ふふふ、ふはははははははっ、あーっはっはっはっはっは」
良かった、本当に良かった。
実は、ドッキリだったというオチ。
主人公は忘れていた、クシナタさんの演技上手い設定を
次回、第百七十七話「それはそれとして」